第14話 誰為世界

「……まっ……て……?」


手を伸ばした先は、知っている天井。

以前もここで眠っていた気がする。


「……ここ……ルミノーソ……?」


前にもお世話になったルミノーソ、ひいては命香ちゃんの寝室だ。

だが隣には命香ちゃんはおらず、私1人だった。


「……体……痛くない……」


あの時、あのマンションの屋上で感じた痛みはない。

強いていえば心臓がちょっと痛むが気にする程度ですらない。

あれから何があったのだろう。ルミちゃんは?バーク・ディレントスは? そして今は一体いつなのか?

そう思っていると部屋の扉からコンコン、と聞こえてくる。


「美咲……? 起きたの……?」

「め、命香ちゃん」


私が応えると命香ちゃんはゆっくり扉を開いた。

なんだか疲れ切っている顔だ。

正直、今会いたくなかった。

あんな無茶苦茶をして命香ちゃんが黙っているわけがない。

また彼女に心配をかけてしまった私は見限られてもおかしくないと思っていた。

だがそう思っていた矢先、私に駆け寄り抱きしめてきた。


「えっ……ええっ……!? め、命香ちゃん……?」

「よかった……本当に……死んじゃうんじゃないかって……」

「う、うん……私も死んじゃうかと思った……」


泣いてる、どうして?

何度も心配かけるような人間をどうしてこの子はこんなに優しくしてくれるのだろう。

わからない、けどこうして一緒にいると心が休まる。

命香ちゃん、なんだか体がちょっと冷たい気がするけどこうして抱き合ってると心は暖かい。


「……美咲、私……貴女に謝らないといけないことがある」

「命香ちゃん……?」

「……助けにいけずにごめんなさい、貴女を守ることが……出来なくて……」

「……謝らないで、元々は私の独断行動が原因……私が勝手なことをしたから……」

「それでも! 貴女を助けにいけなかった言い訳には……!」


それ以上の言葉を紡ごうとした命香ちゃんの口を私は人差し指で優しく抑えた。


「自分を卑下しないで。こうして私を看病してくれた事はなにより嬉しいよ、ありがとう」

「美咲……」

「私の方こそ勝手に巻き込まれに行ってごめんなさい。私、自惚れてた……」

「……貴女こそ、自分を卑下しないでよ」

「ううん、神機を使いこなせるって思ってたから……あんな事になっちゃったわけだし……」

「あの時の事……教えてもらえる?」

「……うん」


あの時、バーク・ディレントスとの邂逅までを話した。

彼と戦っていた時の事は覚えていない、だから話せる事は多くなかったが最後、足を切り落とされたバークを目の前にして体の異常現象を感じた事、そしてあの精神世界のようなもので聞いた話を命香ちゃんに全て話した。


「……そう、だったのね」

「あの時……ルミちゃんがいなければ……ルミちゃんは……?」

「今は学校よ、大学で情報を探っているわ」


そういえばルミちゃんは大学目的と言っていたが本当に通っていたのか。

だが無事で何よりだ。


「バーク・ディレントスはジョーさんが西京に連れて行って処罰を決めているわ。軽い罪にはならないでしょうね」

「……そっか」


なんとなく周りの状況はわかった。

あとは―――


「……命香ちゃん、私……どうなっちゃうのかな」

「それは……」

「私は西京の……ブルーミングβっていう人の鏡合わせ……なんで私なんだろうね」

「……西京にとってブルーミングβは守り神のような存在……彼女の存在によって西京は成り立つ、貴女がその鏡合わせの存在であるなら……貴女に何かがあった時、少なからずこの世界にも影響は出るでしょう」

「私が眠ってる間に何かあった……?」

「正直何も無い……と言いたいけど、お客さんが言うには何やら東京で事故とか強盗とかの事件が増えたらしいわ」


まだあの精神世界で見たような状態では無い。だがその兆候は出ているというのか?


「ちなみに私、どれくらい寝てたの……?」

「……1週間ほどね、ルミナリアがここに運んできた時は何事かと思ってたけど……」


1週間も眠っていたのか、ちょっと体がだるいのはそのせいかもしれない。


「美咲、調べた限りで私達が知っている貴女の事を教えるわ」

「わ、私の事?」

「そう、貴女が最初に使った神機……それは神球儀ヘブンリーミラー、通称オーブと呼ばれているものよ」

「オーブ……で、でも私、神裁剣ジャッチソードを最初に使った気がするんだけど……」

「それは恐らくその力が半覚醒だからでしょうね。何らかの原因でもう1人の貴女が現れ使える神機が増える……そういうことだと思うの」


なるほど、だから神裁剣ジャッチソードを使った事しか覚えていないんだ。


「覚醒と半覚醒って何が違うの?」

「覚醒はその神機のポテンシャルを100%以上引き出せる場合、半覚醒は神機を出す事が出来てもその特殊能力は使えない……簡単に言えば私は神裁剣ジャッチソードを顕現はできるけど出す事しか出来ないわね」

「そっか……」


一つ一つに潜在能力、そういえば命香ちゃんも雷翔靴シャインブーツで何個かそれっぽいのを使ってたっけ。


「……話を戻すわ。オーブは覚醒する人は多少いるけど、最初に覚醒する事は基本ない」

「基本……ない……?」

「そうよ。その力を初めて使った者……それがブルーミングβと呼ばれる」

「それって、複数人現れるようなものなの?」

「いいえ、ブルーミングβは血統によって受け継がれ、1人に託される。そしてその1人がオーブの力で民を癒し、守り、受け継いでいく」


まさか私はそんな存在になってしまったのか。

それが向こうで伝統としたら私はタブーな存在だ。

もし存在がバレてしまったら私はどうなるのだろう。


「貴女が黒き衝動やそれのなりかけによく出くわしていたのは、逆に貴女が引き寄せてた……そういう事だったみたいね」

「……私、西京の人に見つかったらどうなっちゃうのかな……」

「ど、どうって……?」

「だ、だってもしその話が本当なら私って西京の人からしたら異端……というよりも存在自体がマズイんじゃないの……?」

「……」

「もし仮に命香ちゃんみたいに西京から調査として人が来たら私って……」

「……気づいちゃったのね」


私の中にもしかしてという嫌な考えが流れてきた。

元々警察のお世話になりたくないからこうしてルミノーソで働いている。

だがこのままの道筋を辿れば―――


「……落ち着いて聞いて、今西京の方でもその件が問題視され始めたの」

「じゃ、じゃあ……」

「……こういうことは前代未聞で起きたことがないから上層部全員で話し合ったの、結果……」

「け、結果は……」

「神聖なる守り神ブルーミングβが二つある事は許されない、故に暗殺しなければならない、と」

「っ……! そ、そんな……」


どうしてだ。

どこから道を踏み外してしまったのだ。

私が何をした、私はただおばあちゃんと一緒に暮らしていただけなのに。

どうして、こんな目に遭わないといけないのだ。


「……いや、いやだ……なんでよ……なんで……こんな……!」


これまで、私は黒き衝動に襲われて何度か死にかけた。

だが今度は人に殺されそうになるなんて受け入れられない、受け入れたくない。


「……じゃあ命香ちゃんにとって……私は殺さないといけない人間……?」

「ち、ちがっ……!」

「私知ってるよ……命香ちゃんは西京の中でもとっても優秀なんだって……どういう事をメインにしてるかは知らないけど……それなら私は……貴女に……」

「違うっ! そうじゃない!」

「でもっ! 命香ちゃんは西京の人間でしょ!? だったらその命令に従わないと……命香ちゃんは……」


聞いた限り、命香ちゃんやルミちゃんは凶魔獣という驚異と戦っていると聞いている。

つまり軍人とほぼ同義だ、だったら命令遂行は絶対のはず。

なら私は命香ちゃんに命令放棄によって罰を負わせたくはない。


「私を西京に連れて行って、向こうの人に私の処遇を直接与えるのだって……」

「美咲っ!」


命香ちゃんは声を荒らげ、両手で私の両頬を掴んだ。

その時の顔はとても近く、おでことおでこがぶつかっていた。


「んむ!? め、命香ちゃん……?」

「……私は、貴女を西京に連れて行くつもりも処分するつもりもないの……ただ貴女を……守りたい……」

「そ、そんな……なんでよ! それじゃ命香ちゃんが罰を……」

「最初なら言ってるでしょ……貴女を守るって」

「それだけじゃ理由にならないよ! 私命香ちゃんに罰を受けて欲しくなんか……」

「……あぁもう! 私は! 貴女の温もりに惹かれちゃったのよ!」


えっ

どういう事だ、私の温もりとはなんの事だ?

命香ちゃんはハッとした表情をしていたが、私は続けて聞いた。


「ど、どういう……こと……?」

「……初めて会った時……手を握ったでしょ……その時の温もりが……忘れられなくて……」

「それは……」

「貴女がぎゅってしてくれたり……撫でてくれたりすると……心が暖かくなる……いつも冷たい私には……この温もりは希望になっちゃったのよ……」


両手を離した命香ちゃんは若干下がる。

命香ちゃんはいつも触れると冷たい、それはたまに思っていた。

だがこの現象は水に触れた直後だからだろうとかタイミングの問題だろうと思っていたが、実は常時だったようだ。


「第2のブルーミングβ発生は確かに向こうは気づいてる。けど誰がなのかは気づいていないの。知っているのは私とジョーさんとルミナリアの3人だけ……」

「じゃ、じゃあ……」

「……私達はこの情報は隠し通すと決めたの、貴女を守る為に」

「その理由が……温もり……?」

「何度も言わせないで……そうよ」


恥ずかしそうな顔をしており顔は真っ赤、まるでさくらんぼのようだ。

そんな顔をしていた命香ちゃんの頭を私はいつの間にか撫でていた。

これは私の意思ではなく、無意識でだ。


「美咲……」

「……こ、こう……かな……何度かやってるけどなでなでするのって難しいね……」

「……うん、ありがとう」

「……可愛い」

「う、うるさいわよ……と、とにかく……私は貴女を黒き衝動からも、西京からの使者からも守る……約束するわ」

「……本当にご迷惑をおかけします」

「いいのよ、むしろ更に巻き込んだのはこっちが原因なんだから……こちらこそ迷惑かけちゃうわね」


なんだかお互いに見つめ合うとクスクスと笑ってしまい、ちょっと悲しげな雰囲気は吹っ飛んで行った。


「で、でも私も行動は慎重にしないとね……帰る時も寄り道せず……」

「……それなのだけれど」


撫でられていた命香ちゃんは私の手から離れ、後ろを振り向きながら口を開いた。


「ひ、一つ私に提案があるの」

「提案……うん! 命香ちゃんの提案、聞いてみたい!」

「……そう、な、なら……言わせてもらうわね」


しかしなぜ後ろを向いている?

そんなに言うのが恥ずかしい提案なのだろうか?


「み、美咲」

「うん!」

「……ここで私と、暮らしてみない……?」











「えっ?」

快原美咲、19歳。

1つ下の女の子と、ひとつ屋根の下で暮らすことになりました。

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