Ep 10.5 Vows

「―――ここは……喫茶店?」

「そうそう! アタシもここのオーナーとは仲良くしてるんだけど、シャーリーはここのコーヒーが偉くお気に入りだったの!」


師匠が好きだった場所、そんな場所を聞かされた私はこの喫茶店の前立っていた。

喫茶【ランティス】

とても歴史を感じる場所だ。

勿論私は任務に赴き続けていたため喫茶店になど来たことはない。

だが改めて見るといい雰囲気を醸し出していた。

ジョーさんはウキウキで入口に近づき、私はそれについていった。

カランカラン、という音と共にコーヒーの香りが体に届く、非常に良い香りだ。

比較的スペースがあり奥にもカウンター席が5席分用意されている。

いい場所だ、マスターが気に入っていたのも何となくわかる気がする。


「いらっしゃい……おや……?」

「っ〜! 牧子おばあちゃ〜ん!」

「もしかして……ジョーちゃんなのかい!?」

「お久しぶりぃ〜! 元気にしてたぁ〜?」

「まぁなんと久しいか……! 10数年ぶりじゃねぇ!」


感動の再会のようでお互いに抱き合っていた。この方とはどういう関係なのだろうか?


「そちらのお嬢さんは?」

「ああ、私の連れの子よ」

「め、命香と申します」

「そうかい! アタシの孫と同じくらいじゃないか!」

「お孫さんはお元気?」

「ああ勿論! アタシの手伝いしてくれて大助かりさ! さぁ座って座って!」


かなりのご長寿に見えるがとてもお元気そうだ。私とジョーさんは席につき、ブレンドコーヒーを2つ頂いた。


「お孫さんはそろそろ高校卒業だっけ? あんなにちっちゃかったのにねぇ」

「そうだねぇ……あんな事あったのによくあそこまで育ってくれたよ」

「ここはね、この牧子お婆ちゃんが長きに渡って営業してる歴史あるお店なのよぉ」

「な〜に、60年くらいだよ」

「ろ、60年!? そんなに長く……」


確かにこのお店、何度か補強したような形跡が見られるが歴史を感じられる。

大切にされていたのだろう、機材も、お店も、お客様も。


「おばあちゃん、命香ちゃんはシャーリーの一番弟子で、マスターの後継者なの!」

「おやおや! あのお嬢さんの! いい師匠を持ったみたいだねぇ!」

「えっちょっと閣下!?」

「いいのよ、おばあちゃんは西京出身じゃないけど関係者なの」


ついつい閣下と呼んでしまったが、そう言われて納得する。

だが関係者というのは・・・


「あの、親族に西京の方がいらっしゃるのですか・・・?」

「そうさ、アタシの息子の妻が西京出身でね・・・初めて会った時は驚いたよ、別の世界から来ただなんて」

「シェリアったらあの時心配だからアタシとシャーリーに来てって頼んできたからねぇ! どれだけ心配なのよって笑っちゃったわ!」

「そうだったんかい! はっはっは! あんなにしっかりと息子をくれって言ってたのにそんな裏があるとはね!」


西京の人間とこの世界の人間が結婚するなんてレア中のレアケースだ、聞いた事がない。

そもそもそんな事ブルーミングβが許すのか?

そんな疑問もあったがとりあえず話を聞き続けた。


「まぁでも……心配だったねぇ……掟で西京側に移住しなきゃいけないなんて言われちゃ……」

「……ごめんなさいね、大体の権利を持ってたアタシでも、シェリアの立場的に……」

「いいんさ! あの子が決めた事! 天国のじい様も許してくれる!」


そうか、もうこの人は旦那さんを……


「けれども……息子が亡くなったって聞いた時は流石に堪えたさ……」

「……」

「……それでも喫茶店は続けたのですよね?」

「ああそうさ! アタシには悲しんでる暇なんてなかったからね!」


なんて強い人だ、そんな悲しい事があれば閉店してもおかしくないはず。

60年、この人はずつとこの喫茶店を守ってきた。

だが逆に考えればそんな長くの間、この地に縛られていた事になる。それは苦痛だったりしなかったのだろうか。


「ひとつ、伺っていいですか?」

「あぁ、なんだい?」

「……ずっと喫茶店で働く事で苦痛を感じたりしなかったのですか?」

「ちょっと命香ちゃんったら……」

「はっはっは! いいさね、子供の頃は色んな事を知りたいもんさ……」


確かに失礼だったと思う。

だが本当に知りたいのは苦痛に感じたではなく、続けているうちに得られるものはなんだったのか、それが知りたかった。

ここで何かをしなければならないなら、続けていく為のコツが欲しいのだ。


「そうだねぇ……2回、だったか」

「……2回?」

「それはぁ……何の数字なの?」

「……本当に辛くなった事のある回数さ。1回目は始めたての頃、2回目は息子が亡くなった頃……つまりは19年前くらいさ」

「……でも、それだけ……? 60年やっていてそれだけなのですか……?」


2回もそんなこと思う事があれば心が弱いとかそう思われてもおかしくないだろう。

正直私は10歳の頃にマスターの任命を受け、そこから8年間凶魔獣と戦ってきた。

だが何度も心が折れかけた事もある、今はもうそんな事はないが10回はこの使命に苦痛を感じている。

だがこの方はどうだ。60年もここで働き続け、しかも2回しか折れるような事がなかった。強き心を持つ、偉大な人だ。


「何故、そこまで……」

「……命香ちゃんと言ったかい、喫茶店に来た事は?」

「い、いえ……」

「喫茶店はね、ただコーヒーを出す仕事じゃないんだ」

「……そう、なんですか?」

「ここはね、幸せを感じてもらう場所……憩いの地なのさ」

「憩いの地……」


そうして全体を見渡すと、なんとなくここの過去の風景が見えた気がした。

男性が1人、コーヒーでくつろぎ幸せを感じる時間。男女カップルが2人でコーヒーとデザートを頂き、幸せを感じる時間。

家族4人が笑いながら美味しそうに食事をし、幸せを感じる時間。

様々な時間がこの喫茶店を包んでいる。

暖かく、恐怖を感じられないこの熱……とても気持ちいい……


「……美味しい」

「……そうかい」


私はこの空気に流され気づいてなかったが、いつの間にかコーヒーを頂いていた。

初めて飲むブラックコーヒー、だがその苦みはこの空気と共に、幸せという気持ちに変換しお届けしてくれていた。


「んふ〜、気にいっちゃった?」

「……はい……とっても……」

「はっはっは! アタシの孫もこの喫茶店をえらく気に入っててね! いづれはこの店も継がせるつもりさ!」

「も〜まだまだ元気じゃな〜い」

「いやいや……そうも言ってれんのよ」

「……どういうことですか?」


なにか、察してしまったが理解を拒んだ私がいる。

悲しそうな顔をする牧子さんはゆっくりと席に座った。


「……もうアタシは長くはない、そろそろ寿命も迫っているのさ」

「……そんな……」

「……それは確かなの?」

「あぁ、体も最近言う事を聞かんくなってしもうた……孫がいなけりゃ出来ることはコーヒーを淹れることくらいさね」


60年ここを切り盛りしてるという事は、最低でも70後半、80代も全然有り得るレベルだ。

そんな歳まで続けていたら、本当は辛いはずだ。辛いはずなのに続けられる、憩いの地を保つ為に。


「孫にはまだ未来がある。だがもし上手くいかなかった時、この道を残して未来を繋げさせてあげたいのさ……それまでは生きたいもんだね」

「おばあちゃん……」

「……」


もし、そこまで長く生きられなければ、この憩いの地は無くなってしまう。

この幸せは、どこかに消えてしまうのだ。

……それなら、私は―――


「……牧子さん」

「……なんだい」

「……お客さんが幸せになれる場所、憩いの地は私も作ります」

「命香ちゃん!?」

「必ず、この地のような素晴らしい場所を作ると、約束しましょう」

「……そうかい、待ってるよ」

「貴女が生きているうちにご招待します、必ず!」


私はメイティ、アルティマス・メイティは使命を貫く義務がある。

それがマスターを託された私に課せられた、呪縛だ。


「ハッハッハッ! あの嬢ちゃんと違って、この子はとっても礼儀正しい子じゃないか!」

「いい子でしょ〜! 私とシャーリーが育てたからねぇ!」

「……そんな、閣下もやめてくださいよ」


流石にそこまで言われると恥ずかしい。

だが確かにこの育成は2人あっての賜物、感謝しかない。


「……嬢ちゃん、さっきの名前は偽名なんだろう? 本当の名を教えてもらえんかね」

「……メイティ、アルティマス・メイティと申します」

「そうかメイティちゃん……メイティちゃんや! どんな時でも笑顔は大事!」

「え、笑顔ですか」

「そうさ! 作り笑顔でもいい! それを続けりゃ長く続けられる! アタシだってそうだったさ! やってればその作り笑顔は本物になれる!」

「笑顔……はい! 笑顔……それでやってみます!」

「……それじゃ、アタシ達は行くわね」


コーヒーを頂き、私達は席から立ち上がる。

名残惜しいが、ゆったりするには時間が足りなかったようだ。


「それじゃ牧子おばあちゃん、元気でね」

「あぁ、アンタもね……メイティちゃん、頑張るんじゃよ!」

「はいっ……! 牧子さんもお元気で……!」


私とジョーさんはランティスを後にする。

遠のいていくランティスはなんだか心残りではないが寂しさを感じてしまう。

私達は約束をした。新たな憩いの場を作ると。

そしてその地に牧子さんをお連れすると。

つまり、ここで私がやる事は決めた。


「ジョーさん、私……」

「わかってるわよぉん、やってみたいならどんとやってみましょうよ!」

「……はい、でも目的が逆にならないか心配です」

「大丈夫よぉ、そっちは私もサポートするから!」

「……喫茶店は?」

「……んふふふ」

「なんですかその笑いは……まあいいですけど」


ここから私は変われるのだろうか。

変われたとして、私は一体どんな変化をするのか。

それは不安でもあり、期待でもあった。





「……ふぅ、懐かしい顔だったねぇ……」

「おばーちゃん! ただいま!」

「おお! 帰ったかい! カフェラテ淹れてやるよ!」

「やった! おばあちゃんありがと〜!」

「おやつにしようか、美咲」

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