第7話 疑念
「ハッ」
知らない天井だ。
あ、嘘ですしってrいや知らない!? ここ自宅じゃない!? ここはどこ!?
「……ここって……」
ゆっくりとベッドから体を起こすと、周りを見渡した。
1人用の個人部屋、和室でありなんとなく自宅とは似ているがやはり違う。
たが自宅と同じコーヒーの香りが仄かに漂っている、まさかここは―――
「……ん……んん……」
「へ?」
隣から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
隣を見るとそこには綺麗な赤髪、可愛らしい寝間着帽子を着用している命香ちゃんが眠っていた。
「なななななっ!?」
「……」
ぐっすり眠っている、ということはここは命香ちゃんの自宅!?
そんな馬鹿な。私の意識が無くなって何があったというの!?
そんな風に思考を回転していると、奥の扉がガチャ、と音を立てて開く。
「あら美咲ちゃん! 起きたのねぇ!」
「ジョーさん……?」
何故命香ちゃんの自宅にジョーさんがいるのかと思ったがそんなことを気にする余裕もなくジョーさんは話してきた。
「んも〜よかったぁ、1日経っても起きないから心配したのよぉ?」
「はぁ〜1日……1日!?」
「そう、1日」
1日目を覚まさない事も驚いたが正直それ以上にここで1日命香ちゃんと同じベッドで寝てしまったという事実に驚愕してしまった。
寝てしまったのか、私と……
「とりあえず、朝食にしましょ!」
「は、はい……」
そうして私は着替えると、食事を頂く為に下へと降りた。
だがその1階は見覚えのある場所になっている。
「あれ、ここ……」
階段降りて左手にトイレ、先の右手に更衣室、そしてその先の左手に使われていない冷えきったキッチン。
間違いない、ここは―――
「ここ、ルミノーソ……?」
「せいっかい、ここは貴女の勤務先ルミノーソで、実は命香ちゃんのご自宅なのよぉ?」
1番先を抜けるとそこは見慣れたカウンター、コーヒー豆の棚、そしてカウンター席とテーブル。
正しくルミノーソだ。
だからいつも命香ちゃんは私が帰る頃でもゆったりとしていたのかと納得していると、ジョーさんはフライパンで料理をしていた。
「聞きたいこともあるでしょうけど、まずはゆっくり食事しましょ」
「は、はい……」
本日の朝食はフレンチトースト。コーヒーにもピッタリな食事だ。
フレンチトーストを作っている間に私もコーヒーを作り、ジョーさんと共に頂いた。
「い、頂きます」
「は〜い、召し上がれ」
なんだか久しぶりだ、誰かと朝食を取るなんて。
おばあちゃんが亡くなってからは独りだったから、それ以来だろう。
「あら美咲ちゃん! やっぱりコーヒー淹れるの上手ねぇ!」
「そうですかね? 命香ちゃん程じゃないですけど……」
「ん〜ん! そんな事ないわよ! 命香ちゃんともタメを張れるわ!」
「そう……ですかね……」
嬉しい気持ちもあるが、正直今は命香ちゃんの話題を出すと気持ちが沈んでしまう。
当たり前だが嫌だからとかそういうのではない、申し訳なく思うからだ。
「……命香ちゃんと、何かあったの?」
「……私、命香ちゃんとの約束を破って……」
命香ちゃんとの約束。無理をしないこと、怪我しないこと、そして先走らないこと。
私は先走り、私どころか命香ちゃんにも怪我をさせてしまった。
私は最低だ。命香ちゃんに合わせる顔がない。
「……私……命香ちゃんに今は会えない……絶対に嫌われてる……」
「……まだ命香ちゃんも貴女と同じで一回も目を覚ましてないの。回復はしてるからそろそろ起きると思うけど」
「……ジョーさん、私……ちょっとの間休みを貰ってもいいですか」
「ん〜……正直命香ちゃんはそういう事で人は嫌わないと思うけど……ま、気持ちの整理は大事よね」
命香ちゃんがいない中でこんな話をするのも正直酷い行動だとは思うが、今顔を合わせればどんな状態になるかわかったものじゃない。
会いたいのに会いたくない、今の気持ちは多分こういう感じたど思う。
「わかった、一応ここのSNSで1週間おやすみするって呟きはしたから、ここらで英気を養ってきなさい」
「はい……ってここSNSアカウントあったんですか!?」
「えぇ、アタシと命香ちゃんでメニューとか上げてるわよ?」
「き、聞いてないです〜!」
2人で面白そうな事をしていたとは、私だけ蚊帳の外でちょっと寂しい気はしたが仕方ない、つぶやき系のSNSはやった事がない為知る由もない。
それは兎に角、朝食を済ませた私たちはお皿までしっかり洗い再びテーブルに掛けた。
「あの、ジョーさん……一昨日はあの後、どうなったんですか?」
「……あ〜、凶魔被害ね……被害者自身はみたと思うけど爆発四散して勿論死亡。死体がないからただの爆発事故で片付けられたみたい、表向きはね」
「じゃあ……稲田さん……でしたっけ、あの人達は凶魔コアの事件として裏で進めてるんですか?」
「えぇ、昨日もここに来たわねぇ……追い返してやったけど」
なんか、想像出来る気がする。
あの時、西京から来たとされるバーク・ディレントスは既に姿をくらましており捜索中、あと気を失った私達はジョーさんが現場で私達を見つけ、ここまで連れ帰ったらしい。何より感謝しなければ。
「じゃ、私からも質問させてもらうわよ」
「はい……?」
「美咲ちゃん、貴女神機使ったでしょ」
「え゙」
まさか、見られていたとは。
「……はい、なんでかわからないんですけど、使えました……」
「は〜っはぁ〜、まさか貴女西京出身じゃないの〜?」
「ち、違いますよ! 私は生まれも育ちもココです!」
「ま、そうよねぇ……」
多分、そうだと思うんだけど……
「あの……正直まだ神機ってよくわからないんですけど、どういう物なんですか……?」
「あら? 神からのお告げとして色々聞いたんじゃないの?」
「なんとなく聞いたと思うんですけど……実は思い出せなくて……」
「ふ〜ん、やっぱりレアケースだから色々特殊ね」
まぁ西京の人間が使えるもののはずだから、特殊なのも仕方ないか。
正直、一瞬気を失ったあの時の事も気になってはいたが相談しにくい、この事は暫く心の底に閉まっておくことにしよう……
「神機は神から賜る裁きの武器……とされてるわね」
「裁きの武器……ですか」
「9種類の武具から連なっているの」
ジョーさんの説明ではこうだった。
1に
2に
3の
4は
5に
6の
7の
8の
そして9番目、覚醒者が少ないとされる神機、
この9種類の神機で構成されているとの事だった。
「それで〜、神機はこの中から基本的には2種類だけ使えるのぉ、人によってはもう少し使えたりするんだけどねぇ」
「それは知ってます、命香ちゃんから聞きました」
「あらそう、じゃああの子が全ての神機を使えることも?」
「はい、それも……」
確か5つ覚醒、4つ半覚醒と言っていた。
2つが平均値でここまで使えるのは才能なのだろうか?
「美咲ちゃんは何が使えるのかしら〜?」
「えっと確か剣みたいなの……
「……それだけ?」
「う〜ん、覚えてるのはそれくらいですかね……」
なんかもう1つ使った気がするが思い出せない、あれはなんだっただろうか?
「そう……それと、あんまり神機は出さない方がいいわねぇ」
「はい……正直出し方もわかってませんが……」
「命香ちゃんにも暫くは言わない方がいいと思うわよ〜」
「……命香ちゃんにもですか?」
「こんな時だと、混乱しかねないからねぇ」
「……わかりました」
この行為はまた命香ちゃんを裏切ってしまう行為ではないのか、そう思いもしたが了承してしまう。
これ以上命香ちゃんの負担にはなりたくない。
「……じゃあ私、帰りますね」
「あらそう……ゆっくり休んで気持ちを落ち着かせるのよ〜」
「はい、また何かあったらご連絡頂ければ……」
「はーい、またねぇ」
そうして私は荷物を取ると、お店を出ていった。
この心の奥がザワザワしてしまう気持ち、なんなのだろう。
「……まさかあの子がここで覚醒するなんて……それで、い〜つから聞いてたのよ〜」
「……美咲が私と会えないって時から……」
「何よ随分前じゃない、出てくればよかったのにぃ」
「……出れるわけないじゃない……うっ……うぅ……」
「……悪気があるわけじゃないし、貴女を嫌いになった訳じゃないのよ? ほら泣かないで」
「うぅ……でも……だって……!」
「大丈夫よ、すぐ戻ってきてくれる」
「……はい……信じてみます……閣下……」
また戻った感覚だ。
ルミノーソに来る前、私にとって憩いの場となる喫茶店を探していた頃の感覚。
ポッカリと穴が空き、何のために生きればいいのかわからず迷走していた頃の感覚。
「……」
帰宅した私は自分のベッドに横たわり、何度も見ている天井を見つめていた。
何時間見つめてたかすらわからない、既に日は傾いていた。
私はこのままでいいのか? このままルミノーソで働き続けてもいいのか?
私は命香ちゃんを傷つけ、約束も守らなかった。
そんな私が命香ちゃんの隣に立つ資格なんて、あるのか?
「……ごめんなさい……命香ちゃん……」
命香ちゃんがとっても優しいことは知ってる。でもだからこそそんな優しいあの子にあんな事をしてしまったのが何よりも許されない。
優しさに甘えた私の業だ。
あぁ、そういえば……命香ちゃんにあのお守りも返さないと……でも今は……会えないよ。
「……私は……どうすれば……」
「命香ちゃん、また被害者よ」
「……早すぎる」
「あの密売人……確かバーク・ディレントスだったかしらぁ……一体幾つ持ち合わせてるのかしらねぇ?」
「……ねぇジョーさん、どうして美咲は神機が使えたの」
「……まだわからないわねぇ、でもあの子が最初に使っていた神機、あのオーブだったようね」
「オーブ……オーブ!?
まさか
「えぇ、だから爆発に巻き込まれた貴女も無傷だった。あの急速治療の力でしょう」
「じゃあ美咲があの時黒き衝動に襲われてた理由って……!」
「ま、そういう事よねぇ」
「っ! 美咲……!」
あの時の再現のようだ。
なんとなく、気分転換になればと思い外に散歩しに行った。
前回とは違い、ルミノーソがある駅から更に遠くに散歩……いや、これは徘徊だろうか。
この地は全く知らない、知らない地を何となく歩きたくなったのだ。
やはり腐っても東京、相変わらず駅前は騒がしい。
「いやぁうめぇ!」
「このあとカラオケいこーぜ!」
「はい、明日はそのように……」
19時、もう日は落ち夕食時だ。私は勿論まだ食べていない、なんだったら今日の食事は朝のアレだけだ。
都内は全体でうるさい訳では無い、駅から離れれば結構静かなところは多々にある。
私は駅から離れると、静かな住宅街を見つけ歩みを進めた。
木々もなく、風に揺られて聞こえるのは風がなびく音だけ。
「……なんにも無い、私みたいだ」
私はお父さんもお母さんも知らない。
この都内で育ったと言っても、正直思い入れはない。
何故ならお父さんとお母さんの育ったのもここなのかすらわからないからだ。
おばあちゃんは2人の事を教えてくれなかった。
私は2人の名前すら知らない。出身地も、どこで最期暮らしていたのかも。
だから何も無いのだ、空っぽなのだ。
あったのはおばあちゃんに貰った愛情だけ、私はおばあちゃんを愛していた。
だがこの愛情は一体どこに向かえばいい、どこに注げばいいのだ。
「……あ」
デジャブ、だろうか。
歩いていたT字路の左手に見覚えのあるオーラが見える。
そう、30代ほどだろうか。立っているのか浮いているのかわからない、女性が1人佇んでいた。いや、女性だった黒き衝動だろう。
あのオーラが見えるという事は手遅れだ。こちらを視認した瞬間、腕がボトッという音と共に落下し付け根からはこの世ならざる触手がウネウネと生えてくる。
だが何故だろう、前回よりも不快度は低いような気がする。そんなどうでもいい思考をしていると、私は長い触手に足を取られ、引きずられる。
「うわっ」
黒き衝動の目の前まで近づくと逆さまにされ、まるでこのまま食されるんじゃないかと思うような構図にされてしまう。
だが何故だろうか、今私はすごく落ち着いている。死亡数秒前だというのに、恐怖を覚えない。
折角素敵な人に会え、共に行動できたというのに、私はここまでのようだ。
黒き衝動は掴む触手とは反対の手をまるでドリルのような物に変形させ、それを近づける。それは回転し私を確実に殺せる物となった。
「……いいよ、もういいよ」
殺すならご勝手に、今までの私では考えないような思考が回ってしまっている。
私はゆっくりと、その瞳を閉じその時を待った。
「美咲ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「えっ」
その声が聞こえた瞬間、私は目を開くとそれと同時に腕が切り落とされる。
そしてまたもデジャブだろうか、切り落とされた腕から私は宙に放り出された。
「わっ!」
だが全てが全て、同じじゃない。
「美咲!」
「……ぇ……」
私は命香ちゃんに抱かれ、そのまま落下することなくちゃんとした体勢で降りることに成功した。
「バカ! なんで逃げないの!」
「だ、だって……」
「命を粗末しないでよ! 貴女まで死んでしまったら私……私……!」
「命香ちゃん……!」
その時の命香ちゃんの顔は、涙でぐしゃぐしゃとなっていた。
泣き崩れ私の肩に顔が倒れ込み、泣きついてきた。
「私、美咲に色々言うかもしれない。でも嫌うことなんてこれまで1度もなかった……これからだってそうよ……!」
「め、命香ちゃん……」
「だからお願い……変に距離をとらないで……一緒に……いて……」
私はこの時、ハッとした。
1度距離を取り、気持ちを整理すればいつもの日常になると思っていた。
だがそれは間違いだった。それは私と命香ちゃんの心の溝を広げてしまい、更にお互いを疑いあう関係になるかもしれなかったのだ。
この子が欲しいものは、恐らく人の温もり。
強い力は人を孤独にする、もしかするとこの子も独りだったのかもしれない。
だから私が入りたての時、独りで全てをこなそうとしていたのかもしれない。
「……ごめん、ごめんね……うぅ……私……勝手に思い込んで……」
「……私は貴女の安全を保証する、そう約束したわ。だから……だ、だから……」
彼女の顔は真っ赤になっていた。
こんな状況だがまた戦いは終わっていない。
黒き衝動は健在なのだ。
「下がって美咲、私がこの黒き衝動を……」
「……待って」
「美咲……?」
「命香ちゃんは私を守ってくれる……なら私は……私は命香ちゃんを守る!」
「っ!?」
なんだろうこの気持ち。暖かくて、離したくないこの気持ち。
この気持ちが私に、力をくれる。
それが私の、神機を使う条件。
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「これは……!」
私の手は光り輝き、神機を手に宿す。
2番目の神機、
「命香ちゃん、任せて」
「美咲……貴女……」
少し不安そうな顔をしていたが問題ない。
隣には命香ちゃんがいる、それだけで私は勇気を貰える。
「すぅ〜………………はぁぁぁぁ!」
力の集約がされる一瞬を見切り、私は一気に黒き衝動の懐に入り込む。
そしてその剣は、黒き衝動の体を下から斬り裂いた。
「……天国に行ってください……」
斬撃の音はなかった。正確にはあったがスッパリと斬れ、音は置き去りなっていた。
この人も無関係だっただろう、だからその心は天国に行く事を心から願った。
それに呼応するかのように黒き衝動は最期、仄かにだが光を放ち粒子となっていった。
「これが……美咲の……」
「……命香ちゃん」
「……な、なに……?」
神機を消した私は後ろを向き、命香ちゃんと正面から話をする。
「一昨日はごめんなさい、命香ちゃんの言うこと聞かずに、突っ走ってしまって……」
「……いいの、貴女が無事なら私は大丈夫だから」
「……ありがとう。私、今度の約束は果たしたいと思ってます」
「約束……?」
私は命香ちゃんの手を優しく握り、誓った。
「命香ちゃんが私を守るなら、私が命香ちゃんを守る」
「っ! それはダメ! 貴女に……こんな事させる訳には……」
「言ったはずだよ、私は命香ちゃんの力になりたいって」
「っ」
お店の事でも、凶魔コアの事でも、黒き衝動の事でも、私は命香ちゃんの力になりたい、以前そう言った。
もしこの力が命香ちゃんの大きな力になるなら、惜しまず使おう。
「私、命香ちゃんの力になりたい……だから……受け入れて欲しいな……」
「っ〜〜! バカ……危険だって言ってるのに……なんで……」
「だって、私一応お姉ちゃんだからね……年下の可愛い子に守られっぱなしは駄目だと思うんだ」
そう言いながら優しく頭を撫でると、命香ちゃんは顔がさらに赤くなり動かなくなってしまった。
「〜〜〜! ……も、もう……わかったわよ……!」
「っ! 命香ちゃん……!」
「こ、これからも……よろしく……」
「うん!」
月夜に照らされる私達は2人で手を繋ぎ、帰路へと向かって行った。
だがまだ始まりに過ぎない。
これから起こるのは人を救う話。
誰かに憧れ、誰かを目指す。
そんな物語に動いていく。
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