第5話 目覚め

月が出ています。

この東京を照らす、綺麗な月が出ています。


「……」


私達はこれから凶魔獣の心臓、凶魔コアを触れてしまった人の捜索を行います。


「お待たせ」

「わっ……すっごい……」


この子、命香ちゃんと共に。


「……なに?」

「い、いや……凄くカッコイイって思って……」


命香ちゃんは着替え、専用の服に着替えていた。前回私を助けてくれた時の服と同様のようだがあの時は暗くてよく見えなかった為、ようやく全体がお目見えできたわけだ。

白のセーター、黒のタイトジャケット、ここの制服より少し短めなスカートを着用し、スラッとした足はタイツに隠される。

タイトジャケットなどの着用していると多少はブカブカになるが、今の命香ちゃんは全身ピッタリでカッコ良さが引き立っていた。

何よりも最後に被った軍帽のような帽子、これがかっこよさを引き立たせる。


「そうかしら……いつもの戦闘用礼装なんだけど……」

「ん〜……」

「……どうしたの?」

「ねぇ命香ちゃん……」

「な、なによ」


私は命香ちゃんの戦闘用礼装と呼ばれるものをじっくりと見つめる。

確かにカッコイイ、この服で戦う姿も正直見てみたい。

だが私はどうしても気になってしまうのだ。


「この服はダメー!」

「はぁ!?」

「確かにカッコイイけど……! それは大人っぽすぎるよぉ! 色気がありすぎ!」

「な、何言ってるのよ!」

「命香ちゃんは私の子です! 許しません!」

「違います……! バカ言ってないで、行くわよ!」

「にゃ〜ん……」


多分動きやすい服ではあるのだと思うが、スタイルがいいこの子が着るには目への刺激が強すぎる。

あまり気にしないようにしていたが、彼女は中々の物を持っていた。

巨とは言わないが貧とも言えない、絶妙なサイズだ。

ナニとは言わないが、それは制服の時もこの服の時もいい味を出しており、外に出すには惜しい存在になる。

現在20時半、私と命香ちゃんはルミノーソの外で月の光に照らされていた。


「そもそも私、この礼装つけてる時は見えないわよ」

「えっそうなの!?」

「詳しく言うと長いから省くけど、凶魔コアの力に強く干渉するとここの人達には見えないようになるのよ。黒き衝動がここの人達に見えないのと同じ原理ね」

「そ、そうなんだ……」

「これを一応持ってて、凶魔コアを埋め込んだ……言わばお守りね、貴女も隠密出来るわ」


念には念を入れよ、とはよく言われる。

小さな袋の中に何かが入っているように感じるが、パッと見ただけでは本当に神社に置いていてもおかしく無さそうだ。


「このコアは触れても大丈夫なの……?」

「大丈夫、加工もしてあるから最悪直接触れちゃっても黒き衝動になったりはしないわ、そもそも貴女は大丈夫……ぽいけど」


まだ確定では無いが、確かに黒き衝動に直接触れられていた経験もある。だが出来る限りコアに直接触れることのないように心掛ける事とした。


「よーっし! じゃあさっそ……うひゃあ!?」

「な、何!?」

「い、今なんかポケットで何かが動いた気が……」


虫だったら大問題、私は虫は無視出来ないほど苦手だ。

さっき貰ったお守りを入れている上着のポケットを確認するが何もない。


「お、思い違いかなぁ……?」

「全くもう……騒々しいわね……」

「じゃ、じゃあ改めて早速駅に……」

「待って、その必要はないわ」

「え?」


そういうと命香ちゃんは私に手を差し出すと、何やら優しく微笑んだ。


「そんな乗り物よりも、快適な旅を約束しますよ、お嬢様」

「!?」


な、なんだ。急にキャラが変わった!?

だが私はその魅惑な姿に心を惹かれ、その手を取った。

ほんのり冷たく、綺麗な手に引かれた私はいつの間にかお姫様抱っこされていた。


「――ってうぇぇ!? めめめ命香ちゃん!?」

「大丈夫、信じて」


その言葉を聞き入れると、命香ちゃんは「あの時」と同じような言葉を呟いた。


「――神羅廻門」

「あっ……」


その言葉は命香ちゃんを包み込み、新たなる姿を表す。

あの時、私を助けてくれた時と同じブーツの武器……神機であった。


「こ、これが……」

「えぇ、私の神機」


近くで見るとさらに迫力が増す。

ブーツの後ろにはスラスター、しかも浮いていると来た。

近未来の技術によって作られた産物にしか見えない。

だが命香ちゃんに突きつけられたあの武器とはまた違うものになっていた。


「さぁ、行くわよ!」

「えっ!? ええええ!!?」


その瞬間、私と命香ちゃんは空に飛び上がっていた。

地を蹴り高さは50m以上ということはわかる。

だが何よりわかるのはその辺りの建物より遥かに高い場所にいる事ははっきりした。


「はわわ……」

「舌噛まないように! 行くわよ!」

「きゃああああ!」


まるで一種の絶叫アトラクション。

上下の激しいジェットコースターのようだった。

だがビルからビルを飛び移るというのは誰しもが憧れるロマン、私は今それを体感出来ている。


「……!」

「大丈夫、怖くはないわよ」

「命香ちゃん……」


その時の顔はとても優しく、安心させてくれるような微笑み。

最初にあった時は笑顔が苦手なのかと思ったが、やっぱり素の笑顔はまた私の心をドキドキさせてくれる。

そしてものの数分、ルミノーソからこの隣駅まで歩きと電車で10分はかかるが3分足らずで目的地である隣駅前に到着してしまった。


「はい、到着」

「……ふえ〜……た、高かった……」

「ごめんなさい、でもやっぱり今は時間が惜しいから……」

「う、ううん! 私がついていくって言ったんだもん! これくらいなんとも!」


まぁ、ちょっと恐怖心があったので足がちょっとプルプルしてますが。


「さて、やっぱり帰宅の時間帯だけあるわね」

「結構人が……」


学生、サラリーマン、OL、様々な人物が帰路へと向かっていた。

空から降ってきた私達だが勿論見えていない。

そして中から該当人物……凶魔コアの所有者を見つけないといけなかった。

それは中々厳しいが、やるしかない。


「命香ちゃん! コアを持ってる人の特徴って何かないのかな!?」


黒き衝動の周りにはオーラが出ていた。

炎がメラメラと燃えるような黒いオーラが。

ならばなりかけの状態でそれがあってもおかしくはない。


「……一応オーラがあるわ、ただ黒き衝動と比べてオーラが小さいからそれを探すのは……」

「そっか……ならどうすれば……」

「大丈夫、足取りを掴む方法はある」


そういうと命香ちゃんは私には慣れるよう手を出し、私は命香ちゃんから少し離れた。

何をするのかと気になりはしたが少し離れると……


「すぅぅ……はぁぁぁぁ!!」

「えっ!?」


一呼吸を置いたと思ったその時、命香ちゃんは地を蹴った。

そして高く舞い上がった彼女は、武器であるブーツの神機で地面を叩きつける。


神道覇紋しんどうはもん!」

「うぅ……!」


その蹴りはサマーソルトキック、格闘技で使われるような技だ。

月夜に照らされる彼女は美しく、可憐。私はその姿に一瞬魅了される。

だが地は揺れクレーターも出来上がってしまった。


「なんだなんだ!?」

「えっなに!?」

「じ、地震!?」


当たり前だが姿が見えないだけなので事象は消えない。

駅前は一気にパニックに陥った。


「はわ……はわわわ」

「ふぅ、こんなものね」

「ちょっと命香ちゃんマズイよ!」

「マズイ……? 見えてないから大丈夫よ」

「そういうことじゃなくて……!」

「そんな事より、見て」


命香ちゃんが指を指すとその先にはクレーターから伸びる数本の線のようなものが見えた。少し薄いがそれは明らかに仄かな光を灯していた。


「あれは……?」

「凶魔コアの元は血で染められた力なの。あの線はそれを辿ってくれている」

「ってことは……」

「薄いけど伸びてはいるから、周辺に居るわね。ついてきて」

「う、うん!」


駅前の騒ぎは少し気になるが命香ちゃんについていく。

その線はちょっと触れただけで切れてしまいそうな細い糸だが命香ちゃんがその上を歩いても何も起こらない。

地面に向けてプロジェクター映像を流しているようなものだろうか?


「ね、ねぇ命香ちゃん」

「なに?」


線は真っ直ぐ伸び時間がありそうだったので気になったことを聞いてみた。


「その神機、前に使ってたのとはちょっと違うみたいだけど……」

「あぁその事ね。神機って物自体、9種類あるの。そして使える神機の数は最初の神からの恩恵で決まるけど、大体2種類の力が覚醒するわ」

「じゃあ命香ちゃんはあの銃剣とそのブーツが……」

「いいえ、私は全部使える」

「えっ?」

「一部の人間は複数種類使える場合があるの。その中で私は5つ覚醒、4つ半覚醒してる」

「す、凄い……!」


平均がどうなのかはわからないが、以前ジョーさんが言っていた神機の使いこなしが西京内でトップというのもそこから来ているのかもしれない。


「命香ちゃん、とっても優秀なんだね!」

「……そんなにいい力では無いわよ。場合によってこれは……」

「命香ちゃん……?」

「……いいえ、なんでもないわ」


その時命香ちゃんは軽く首を左右に振り、考えを絶っていたように見えた。

少しそれは気になったがその瞬間、異変が起こる。


「うっ……!?」

「美咲?」


頭痛、それも並のものではなく尋常ではないほどの痛み。


「う、うぅ……!」

「美咲!? どうしたの美咲!」


その言葉だけは聞こえた。

だが私はその声を聞いた途端、明らかに意識が遠のいていく感覚に襲われてしまい、目の前が真っ暗になった。





「……あれ」


気がつくと、そこは真っ白な空間。

何も無く、白が広がる不思議な空間。

暖かいのにどこか不気味、そんな空間。


「さっきまで私……」


私は先程まで、凶魔コアを辿る線を命香ちゃんと追っていたはず。

これは夢の中……だろうか。


「やっと来た」

「え?」


聞いたことがない声、その声は後ろから聞こえてきた。

後ろを振り向くと同い年くらいの白い服に身を包んだ少女が立っている。

そしてその顔は、見覚えがあった。


「あ……れ……?」

「この日をどれだけ待ち望んだか」


その顔は毎日見ている、忘れるわけがない。

どうしてその顔を忘れることができようか。

だってその顔は――


「私……?」

「私は、西京の心臓……ブルーミングβ」

「ブルーミングβ……?」

「この地、東京と西京は鏡写しの世界……それは土地構成だけでなく、人ですら」

「人ですら……えっ……まさか……」


状況が理解出来ない。出来ないはずなのに理解している。なんだこの感覚は、この子は本当に……


「貴女が……私……?」

「私は貴女――」

「えっ」


最後に雑音のようなものが邪魔をする。

だが明らかに私は貴女と言った、つまりこの子は西京の私なのだ。


「まだ時期は早い。力をさらにつけ、ここに来る事を楽しみにしているよ。私――」

「待って! ここは――」


全てを言い切ることは出来なかった。

また意識が遠のき、目の前のあの子は霧のように消える。

彼女の最後の言葉もしっかりとは聞き取れなかったが、その声だって私の声だった。

ここに来る事を楽しみにしているとは、どういう事なのか、わからない。

わからないが、遠のく意識と共にまた視界が明るくなる。


「――美咲! 美咲!!」

「……あれ、命香ちゃん……?」


私はその場で倒れていたようだ、命香ちゃんはちょっと泣きそうな顔をしていた。


「だ、大丈夫!?」

「う、うん……どれくらい経った……?」

「えっ? まだ数秒だけど……」

「す、数秒?」


まさか、短くても数分くらい経っているかと思っていたが数秒?

そんな一瞬の出来事のようには思えなかったが……


「心配かけてごめんね……私は大丈夫」

「無理しないでって言ったはずよ、もし体調が悪いのなら……」

「ホントに大丈夫! 一瞬頭が痛かっただけで今はなんともないよ!」

「……なら、いいけど……」


少し疑いの目を向けられた気がするがその目には心配の意もあったと思う。

場合によっては……いや、ほとんどの場合で私は足手まといになってしまう。

そんな私を心配してくれると思うと嬉しい気持ちより、申し訳ない気持ちの方が勝ってしまった。

ゆっくり立ち上がると再び歩を進める。

持っていたお守りの中の凶魔コアが無くなっていることに気づかずに。


「……ねぇ命香ちゃん」

「なに?」

「め、命香ちゃんのいる西京って……どんなところ?」

「あぁ……地形は同じだけど、建っている建物は全然違うわね。こっちで言うヨーロッパの建築が多いわ……どうして急に?」

「……あのさ……西京にはこっちと同じ顔をした人って……いるの?」

「!? なんでそれを……!」


その時の顔は驚きと警戒、2回目のルミノーソ来店時と同じような驚き顔だった。

だがその顔に驚く前に、私の脳裏に謎の映像がフラッシュバックした。


「えっ?」


その映像がなんなのかはわからない。だが私の第六感が告げてくる。


極限の危険信号を。


「危ない!」

「えっ!?」


いつの間にか私は命香ちゃんを押し倒していた。

そして私達がさっき居た地点には、この世のものとは思えない黒い腕が、何本も襲いかかっていた。


「はぁ〜……みぃぃつけたぁぁぁ! 偽善者ァァァ!」

「こ、この人が……!」

「凶魔コアの所有者!」






「さぁさぁさぁ争ってくれよ〜、神機使い共」

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