第4話 祈祷

「――お待たせしました! こちらご注文のサンドイッチでございます!」

「あぁ、ありがとなぁ美咲ちゃん」


どうも、美咲です。

ルミノーソで働き始めて2週間が経過しました。


「――これ、3番テーブル様に」

「は〜い! ナポリタンクリームソーダオムライス! お持ちします!」


まだまだ未熟な私ですが、あの日からここで働くのが楽しくなってきました。

メニューは無事覚え、お客さんも中々いらっしゃるようになったので色々とお話もするようになりましたし、おばあちゃんの喫茶店で働いていた時の経験が活かされてる……のかな?


「――オーダー入ります! 1の3番と2の7番! 私3番やるね!」

「えぇ、お願い」


一応これは隠語で、メニューは飲み物とお料理でページ分けしており、1は飲み物、そして3番はメニュー順の3番目である飲み物のカフェラテ。

2は料理、7番目のカツレツを意味している。

最初は困惑したが、慣れると結構多用するのが楽しくなってくる。


「お待たせしました! こちらご注文のカレーライスです!」


近辺に高校があり、平日の昼間は社会人の方が少々。夕方になると学生さんが結構やってくる。

だがそれも2人でこなし、本日営業も無事終了した。


「ふぅ〜終わったぁ〜」

「お疲れ様、美咲」

「命香ちゃんもお疲れ様ぁ〜」


慣れたといってもやはり客数はそこそこいる。やはり最後はクタクタだ。


「ずっと料理して疲れたでしょ命香ちゃ〜ん、やっぱり凄いなぁ〜」

「美咲だって、ずっと店内グルグルして大変だったでしょ、コーヒー淹れるわ」

「やった! 命香ちゃんのブレンドコーヒー!」


業務が終わると基本、命香ちゃんがコーヒーを淹れてくれる。

このコーヒーは格別なのだ。


「ところで前に言っていた改善案、なにか思いついた?」

「う〜んそれなんだけど、まだちょっと思いつかなくて……」

「そう、まだ焦って出して欲しいわけじゃないから、ゆっくりね」


改善案、とは1週間前のこと。


「――何かが足りない?」

「えぇ、メニューなのか店内の空気なのか……それはわからないけど、何かが足りない気がするのよ」

「それを私に……?」

「そう、私ではそういう案は思いつきにくいから、貴女にも意見を募ろうと思ったの。頼んでもいいかしら……?」

「うん! わかった! 考えてみるよ――」


と言ってみたものの、やはり難しい。

この喫茶店はもう完成されたようないいお店だ。何かを変えようとすると大きく変わってしまうかもしれない。そんな事を考えながら命香ちゃんのブレンドコーヒーを待った。

だがコーヒーを待っていると、看板をCLOSEしたはずの扉がカランカランと音を鳴らして開く。


「えっ?」

「ん……?」


そこには1人の男性。40代……いや、50代だろうか? オレンジのロングコートを羽織り、パナマハットを着用していた。


「ひっひ、従業員が増えてるなんてな」

「すみません、本日はもう閉店しておりまして……」

「美咲、下がって」

「えっ? め、命香ちゃん?」


そういうと命香ちゃんはカウンターから入口に近づき、いきなり男性の胸ぐらを掴んだ。


「ちょちょちょちょっと命香ちゃん!?」

「……ぶっそうだねぇお嬢ちゃん、別にこっちは喧嘩売りに来たんじゃないんだぜ?」

「ここに来ることこそ、喧嘩を売られてる気分なのこっちは……!」


流石に穏やかではないようだった為、私は命香ちゃんをなだめた。


「命香ちゃん! ダメだよそんなことしたら!」

「美咲は下がってて、この男は……いえ、コイツら警察は……!」

「えっ警察!?」


この男性、明らかに一般の人とは違ったが警察と言われるとなんだかしっくりくる。

男性は掴まれた部分を正すと、胸ポケットから警察手帳を取り出した。


「申し遅れた、俺は警視庁特別捜査本部の監査を務めている、稲田だ。階級は警部、よろしくな、快原の嬢ちゃん」

「えっ……!? 私の事……」

「……まさか、もう情報出てるなんてね」

「あまり俺達の情報網は舐めんほうがいいぞ、命香の嬢ちゃん」

「その情報網で私達のことを調べられなかったのはどこの誰かな……」

「言ってくれるな、まあいい」


そういうと稲田警部は角のカウンターに座り、帽子を置いた。


「命香の嬢ちゃん、ブレンドくれ」

「……さっき閉店って言ったと思うが?」

「まぁそういうな、お代は出すし、情報もやるからよ」

「……チッ」


先程から命香ちゃんの雰囲気が変わっている。口調がまるで男性、それも威圧的な態度であり、いつもの命香ちゃんとは全く違う。


「……」

「命香ちゃん……」

「ところで快原の嬢ちゃん、アンタ確か黒き衝動……亡神……だったか、あれに襲われたんだって?」

「えっ? あ、はい……」

「ソイツは災難だったなぁ、どうだい、ウチでその時の話を聞かせてはくれないか?」

「え、えっと……」


命香ちゃんとジョーさんの話によれば、恐らく連れていかれると最悪情報漏えい対策に消されるか、最低でも捕らわれて自由を失うらしい。

もちろん断るつもりだったが言葉が詰まる。

だがその横を命香ちゃんが入ってきた。


「悪いけど、この子は私達の監視下だから渡さない」

「おっと、ソイツは残念……ブレンド、頂くぜ」


出来上がったブレンドを頂いていた稲田警部だが、少し飲み再び口を開く。


「さぁて本題だ。また凶魔被害が出た」

「っ!」

「凶魔被害ってもしかして……」

「快原の嬢ちゃんも聞いたし見ただろう、凶魔コアとやらに触れた人間の末路を」


人ならざるものとなり、最期は死を迎えるらしい。

伝染している訳では無いが、まるでゾンビのようだ。


「今まで被害者の死体を確認したところ、大体の奴がロクでもねぇ奴らだ」

「ろ、ロクでもない……?」

「聞いた話だと、殆ど麻薬みたいな違法薬物の使用者らしいの」

「ま、麻薬!?」


つまり、凶魔コアに触れると……


「多分だが、凶魔コアに触れる事で麻薬と同様の快感を得られるって触れ込みでもされたんだろ」

「で、でも私を襲った黒き衝動は小さい女の子でしたよ……!?」

「前も言ったけど、サイズ的に小さい物もあるの。恐らく光ってるからって理由で拾ってしまったのでしょう」

「そんな……」

「……話を戻すぜ、今回確認された被害者はモロにヤベェやつ……ヤクザだ」

「やややヤクザ!?」

「……最終発見位置は?」

「隣駅の路地裏……らしいがそれは昨日の真夜中、明日の夜にでもなったらあの化け物にでもなっちまうだろうな」


少し前、命香ちゃんが言っていた。


「――猶予がある?」

「えぇ、黒き衝動は一般の人には見えないのだけど、最初から見えなくなるわけじゃないの」

「というと……」

「レベル、と言った方がわかりやすいかしら。レベル1はコアに触れて大体1日足らず、レベル2は1日と半日ちょっと、レベル3は2日程で訪れて黒き衝動化、もう手遅れ、って感じよ」

「それで、姿がギリギリ見えるのはレベル2の値まで……と」

「そう、レベル3になるとこの世の者ではなくなるから、見えなくなるのよ――」


つまり、明日になるとレベル2になり、これ以降は救う事は出来なくなる……というよりもそもそも触れた時点で救う事は出来るのだろうか……?


「そう、ならこれから捜索する」

「命香ちゃん!?」

「……嬢ちゃん、アンタの身の上話は聞いてはいる、それなりの腕が立つって事もな。だがこの時間から捜索ってのは中々厳しい、見つけるのは困難だ」

「……だからなに?」

「アンタにこの話を聞かせたのはコアの持ち主が黒き衝動になった時、処理をして欲しいってお願いしに来たんだ」

「……」

「アンタの実力は知ってる、だが地の利は俺達警察の方が優れている。捜索に関しては俺達に任せて……」

「ふざけるな!」


その瞬間、命香ちゃんは机に手を叩きつけていた。

驚きすぎて体が宙を舞い、命香ちゃんの顔は今まで見た事のない怒りの表情を見せていた。


「要するに私の役目は後味の悪い事後処理でしょ!? 前回と同じように!」

「ま、そういう事だな」

「私達はコアの回収を目的にしてるけど救える命も救う! アンタ達は捜索するとか言ってるけどその気がないのも知っている!」

「命香ちゃん……」

「だが効率を考えた結果だ、これが1番効率がいい」


結果主義の警察と人想いの命香ちゃん、この思想がぶつかってしまった時の結果は残酷でしかない。


「……帰れ、お代はいらないからとっとと消えろ」

「……そうかい」


そういうと稲田警部は懐から1000円札を取り出しカウンター席に置くと、帽子を取り退店してしまった。


「……」

「……はぁ」


ため息1つ、彼女から出てきた。

ため息は幸せが逃げていくというが、彼女にため息は似合わない。


「洗い物、私がするから休んで」

「美咲……でも」

「そんなに疲れてると可愛い顔が台無しになっちゃうよ? いいからいいから!」

「……もう」


少し微笑んだ命香ちゃんはカウンターに突っ伏した。1日の疲れだけならいざ知らず、さっきの出来事があっては精神もすり減るだろう。

私は飲み干されたコーヒーカップをカウンターで洗い始めた。

この時の水はなんだかいつもより冷たく感じる。


「……ねぇ、美咲」

「……な〜に?」

「……人の命より、事件解決優先が正解なのかな」

「それは……」


さっきの事があってちょっとナイーブになってしまっている。

手早く洗い物を済ませた私は、すぐに命香ちゃんの隣に座った。


「私、既に何回か黒き衝動と対峙してるの。だけど一回も被害者の命を救えていない……」

「……そう、だったんだ」

「私は凶魔獣の脅威から守る使命がある。今回の被害が凶魔獣の副産物だとしても、それが害になってしまうのならここの人達でも救う義務がある」

「……とっても偉いね、命香ちゃん」


何故かはわからない。だがこの時命香ちゃんの頭を優しく撫でていた。

その時の眼が、辛い眼をしていたからかもしれない。

顔に出なくてもわかる、辛い眼。


「美咲……わ、私もう子供じゃない……」

「私、自分の事はまだまだ子供だと思ってますから、命香ちゃんもまだ子供です」

「なにそれ……ふふっ」


悲しそうな顔が少しは和らぎ、ひと時の笑顔を届ける。

恥ずかしそうなちょっと赤い顔、いつもなら心がまたドキドキしてしまうが、今のドキドキは落ち着いたドキドキだった。

前も思っていたが、命香ちゃんの髪は凄くサラサラで綺麗……いつまでも触れていたい触り心地をしていた。

っと、そんな下心を出している場合ではない。そう思った矢先に命香ちゃんは立ち上がる。


「ありがとう、お陰で元気出た」

「も、もしかして本当に今から……」

「うん、事態は一刻を争うわ」


そういうとカウンターの奥へと向かい。

更衣室で着替え始める。


「そういえばもうあがっていい時間だったわね。今日はありがとう、お疲れ様」

「命香ちゃん……」


あがる? 帰る……?

バカな、そんな事が許される?

何度も凶魔コアとか、黒き衝動についての話を聞いて、なおかつさっきの話まで聞いたのに帰る?

許されない、私の中の心がそれを許しはしない。

私は命香ちゃんの役に立ちたい、それとは別の理由もある気がするけど、関係ない。


「命香ちゃん」

「……美咲?」

「私もついてく」

「……は……?」


その顔は困惑していた。あの時、命香ちゃんに武器を向けられた時のようなあの困惑顔。

また向けられるとは思ってもいなかった。


「さっきの話聞いてたんじゃないの……?」

「聞いた」

「だったら危険なのわかるでしょ!? 貴女自身の状態が分からない今、連れて行けるわけないじゃないっ!」

「め、命香ちゃん……」


また声を荒らげていた。さっきの稲田警部と話している時みたいに。


「それに今回の被害者はヤクザ……仮に黒き衝動になっていなかったとしても危険な人物なの! 一般人が関わるには……」

「それでもっ!」


命香ちゃんの言葉を遮り、私は叫ぶ。

確かに彼女は強いと思う。あの化け物から私を救ってくれたのだから。

だけどだからと言って絶対安全じゃない。命香ちゃんにもしもの事があったら、私は……


「力がないのはわかってる、足手まといになることだってわかってる。けど命香ちゃんが1人になるは……私……私っ……!」

「美咲、貴女……」

「この辺りの地理、私結構詳しいつもりだよ。特に隣駅は細かい路地とかも殆ど把握してる、道案内で力になれるはず」

「で、でも……」

「視力もいい! 多少は動ける! 言われたらなんだってするから! だから……お願い」


命香ちゃんの眼をしっかりと見つめ、私が本気だと説得した。

何が私をここまで動かすのか、今の私ではわからない、わからなくてもいい。

その方が多分、幸せだと思う。


「……約束して」

「う、うん」

「無理をしないこと、怪我しないこと、あと……先走らないこと。これを守ってくれるなら、ついてきてもいい」

「っ……うん!」


そうして私は今回の捜索に同行できるようになった。

もしこの世に神様と呼ばれるものがいるのなら、この祈りを聞き届けて欲しい。

私達に幸あれ、と。




「……おや警部! お疲れ様です!」

「おうご苦労さん、まだ仕事片付いとらんのか」

「警部こそ、この時間なんて珍しい」

「ああ、あの喫茶に一応釘を刺しに行ったんだが……」

「聞きそうにありませんか……前回も結局動いてましたもんね」

「そうだな、だが今回は新しい亡神関係者の快原って嬢ちゃんがついてるみたいだからなんとか抑えてほしいもんだが……」

「……何か腑に落ちないんですか?」

「いやあの快原の嬢ちゃん、出生まで調べたんだが何も不自然なところはない、あのピエルサんとこの婆さんが育ててたって話だが……」

「あの喫茶店ですか、確か最近亡くなられた……」

「そうだ、生まれも育ちも東京内でも辺鄙なところ。だがあの嬢ちゃん……」




「母親と父親の情報がなんにも無いんだ」

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