第3話 表裏
「はっ」
知らない天井だ。
嘘ですいつもの自宅の天井です。
「……ふぁぁ、なんだ夢か」
なんか化け物に襲われて、いきなり武器突きつけられて、しかも気に入った喫茶店で働いて欲しいなんて言われる夢なんて。
現実にあったら困っちゃうレベルだ。
「んん〜……よっし、今日もいつも通り……あれ」
ベッドから起き上がり、隣の勉強机だったものに目を向けると見覚えのある紙が置いてあった。
「……雇用契約書」
うん、夢なわけなかったよね。
昨日、喫茶ルミノーソのスタッフになることを承諾した私はこの紙を1度持ち帰った。
雇用の為、給与は勿論発生するみたいだが正直警察さんに連行されるのが何より怖いので隠れ蓑にさせてもらえる方が嬉しい。
高校時代はおばあちゃんの手伝いをしていた為アルバイトの経験はなかったが、おばあちゃんの喫茶店でのお手伝いで接客等は一応経験している。
それでもやっぱり不安だった、迷惑かけないかどうかが。
「はぁ〜、やるって言ったけど、やっぱり不安だぁ〜……」
不安を感じながらも着替え、昨日と同じようなラインナップの朝食を頂いた。
唯一のスタッフでありオーナーであり店長、命香さん。
正直とても可愛いし礼儀正しい、接客も非常に手馴れていたけどまた一つわかった事がある。
「……なんか、ちょっと気が強そうだよねぇ」
ワンミスでもしたら怒られそう、そんな雰囲気が昨日話を改めてして思った。
特に武器を突きつけられた時は正直印象が大きく変わり、どんな人間か尚のこと見えなくなってしまった。
だからこそ怖い。
「……だ、大丈夫! き、ききききっと命香さんは優しい! うん!」
そうマインドをコントロールし、再び自宅を後にした。
現在11時。12時に来て欲しいとの事だったので、平日の学生社会人が多い中で私も出勤……でいいのだろうか? とりあえずルミノーソへと向かう。
緊張は取れないままだが無事、
「……すぅぅぅぅはぁぁぁぁ」
私は覚悟を決め、CLOSEと書かれた看板の扉をコンコン、と叩いた。
「……」
「はぁ〜い、まだ開店前……あら美咲ちゃんじゃないのぉ〜」
「えっジョーさん?」
出てきたのはまさかのジョーさん。この人関係者って言ってたけど開店前なのにいるんだ……
「ほらほら入って入って! 命香ちゃんも待ってるわぁ」
「は、はい、失礼します」
なんだが日に日にこのお店に入る時の覚悟の度合いが強くなっている気がする、なんだろうこの気持ち。
「おはようございます美咲さん、早いですね」
「は、はい! その、昨日渡された契約書を……」
「あーっとその前に、命香ちゃんが美咲ちゃんに言いたいことがあるんだって」
「え言いたいこと……?」
来て早々!? ななななんか私いきなりやらかした!? なんだったら昨日なんかやらかした!?
そんな事を思いアワアワしてたが、命香さんはカウンターからこちらに近づくと、急に頭を下げてきた。
「えっ……命香さん……?」
「昨日は急に神機を突きつけてごめんなさい。あれは罪の無い人間に突きつけるなんて言語道断の代物……非礼をお詫びします」
「えっ、えっ?」
「昨日ここでこわ〜い思いしたでしょ? 命香ちゃんそれ気にしちゃってたのよ」
確かにあれは怖かった。だけど謝られるような事でもない、寧ろ私の責任だ。
勝手に助けてくれた人を断定して勝手にお礼参りにしにきて、勝手に機密案件に突っ込んだ自分勝手な行動ゆえのあれなのだから、彼女に非はない。
「あ、頭を上げてください命香さん!」
「……私は西京で凶魔獣から守らないといけない使命がある、そんな立場の人間が被害者に謝罪すら出来ないなんて、許されない」
「命香ちゃん……貴女って子は……」
「お願いですから私なんかに謝らないで下さい……どんな立場かわからないですけど、元の原因は私です……寧ろ私の方こそごめんなさい、昨日は勝手に詮索してしまって……」
「美咲さん……」
まさか最初の話がこんな謝りあいだとは思わなかったがまた1つ、この人のことがわかった。
結構この人義理堅いのだろう、そう感じた。
「はいはいそこまで! 命香ちゃんも美咲ちゃんがこう言ってるんだから、もういいんじゃないかしらん?」
「ジョーさん……」
「美咲ちゃんも、自分から詮索しに行ったこと、気にしてたみたいだけどこれで五分五分って事でいいわよね?」
「は、はい……」
「それじゃこの話はおしまい! 貴女達は今日から仲良く協力して、この店を盛り上げてちょーだい!」
そうして命香さんも私も顔を上げ、お互いに目が合う。
やっぱりこの人、綺麗な目をしている……
「……美咲ちゃん? どしたのん?」
「あっ、す、すみません……命香さん、よろしくお願いします!」
「えっ、ああはい、こちらこそよろしくお願いします」
そうして私の、新たな生活が始まった。
そしてさっそく想定外な事が2つ起こる。
それは、服装であった。
カウンターの更に奥、更衣室らしき場所で洋服を渡された。
「ここの制服ですが、これを着てください」
「えっ、これって……」
まさかの命香さんと同じ制服、私には到底似合わない可愛すぎる制服だった。
「ムムムム無理です!」
「えっ?」
「こ、こんな可愛い制服私には……」
「何変なこと言ってるんですか……似合うと思いますし、流石にその服装のままは頂けません」
「そ、そんなぁ……」
抗うことは許されず、仕方なく命香さんと同じ制服を着る。
黒と白、主に黒を基調とした和風メイド姿。
靴下は自由だったが、なんだか足元がスースーするのが気になるため命香さんと同じタイツを着用。
私自身髪はショートで前髪も気にして短めにしているが、やっぱりこの服は元が可愛すぎる。
オドオドしながらカウンターの厨房に姿を現した。
「お、お待たせしました……」
「着替えました……か」
「んん〜美咲ちゃんとぉぉても似合ってるじゃなぁぁい!」
「そ、そんな、これ制服が可愛すぎて私には到底……」
「そぉぉんなことないわよぉ! ね命香ちゃん!」
「……はい、似合ってると思いますよ」
なんかそう言ってる割にはこっち向いてない! やっぱり似合ってないでしょ合わないでしょぉぉ!
そして制服に着替えた後に命香さんからまた想定外だった事を伝えられる。
「それと美咲さん、敬語は付けなくていいですよ」
「えっ?」
「さっき契約書読みましたけど、美咲さん私より年上みたいですから」
「え゙」
衝撃すぎる事実だった。
私は今19、この人明らかに私より大人力高そうだったが、まさかの年下?
良くて同い年、普通に考えても年上にしか見えない。
「いやぁ〜意外だったわぁ、1個違いなのにどうして敬語使ってるのかずっと気になってたのよぉ」
「つ、つまり命香……さんは」
「はい、18です」
この時より私は命香さんと呼ぶ事が許されなくなった。しかも何故かそれがジョーさんからの申告、命香ちゃんと呼ぶことした。
朝の緊張感は無事和らいでいたが油断せずに業務を始める。
大体は接客、メニューの記憶、そしてコーヒーの作成が本日のメインだった。
コーヒー豆はカウンターの後ろに沢山あり、ラベルは貼っていなかったがなんとなく理解し、お客さんがいない時はメニューとにらめっこ。
「むむむ〜……」
「そんな渋い顔しないでください、お客さん来たらその顔のままになっちゃいますよ」
「だ、だってぇ〜」
「だってもお控えなすってもありません、コーヒー豆覚えたらこっちは簡単ですよ」
そうは言っても覚えられるかやっぱり不安になる。
待て、今この子だってもなんて言った?
そう思いながらも、本日の業務は終了した。
「ふぁぁ〜……お、終わったぁ……」
「レジ誤差無し、本日の業務終了です」
「お、お疲れ様でした……」
緊張が解れ溶けてしまった。
時刻は20時。この喫茶店は12時から20時の時間で営業している。
一応純喫茶なのでこの時間までのようだ。
これ以上長くなる場合は喫茶店の部類になるがお酒提供が出来ないのでこれでいいのだろう。
「初日にしては結構出来てたじゃないですか。コーヒー豆の知識が整ってるのが大きいですね」
「そ、そうかな……緊張表に出てた気がするけど……」
「それはどうしようもないと思いますよ、慣れです」
そう言いながら最後の食器洗い進める。
しかし私とお話している間、中々別の表情が見れていない……もっと、見てみたかったがこれから見れるだろうか。
「あとは私だけで片付けられるので、上がってもいいですよ」
「そ、そっか……」
そうは言ったが正直こう言われると寂しい。
やっぱりあまり力になれてないんじゃないかと気持ちがナイーブになってしまいそうになる。
だから気持ちを切替えるためだったのかは覚えていない。何故か私は、命香ちゃんにまた向き直して口を開いた。
「命香ちゃん!」
「っ、なんですか……?」
ちょっと気持ちが入りすぎて声が大きくなってしまった。その所為か命香ちゃんもビックリして少し縮こまっている。
「あ、ごめんなさい……そ、その……お願いしたい事があるの……」
「……お願い?」
「うん、あのね……私、まだ頼りないかもしれないけど、私で力になれる事があれば頼ってほしいの」
「そ、それは……」
「このお店の事でもいい、凶魔コアの事でも、黒き衝動の事でも、力になれるならなんでも協力する!」
今日1日、命香ちゃんと一緒にいてわかった事がある。
それは彼女が義理堅い故に1人で全て行おうとしている事。まだ初日だからという点もあるかもしれないが、殆ど1人でこなしていた。
「私も精一杯頑張るから! い、一応お姉ちゃんだからね!」
「……まぁ、確かに」
「私は命香ちゃんに命を救われた……同等の恩返しが出来るかわからないけど、もし命香ちゃんが助けてほしい時は、絶対に言って!」
「……」
命香ちゃんは少し視線を落とす。
戸惑っているような、なんと言えばいいかわからない。そんな表情をしていた。
「……わかりました」
「っ……!」
「で、ですけど、凶魔コアや黒き衝動に関しては慎重に……」
「命香ちゃぁぁん!」
「えぇっ!?」
なんだか心が空を舞うかのようだった。
頼ってくれる、その言葉を聞いただけで私はこの子、命香ちゃんに抱きついてしまった。
「ちょちょちょっと、み、美咲さん……!?」
「うぅ……嬉しい……なんでかわからないけど、頼ってくれると思ったら、すっごい嬉しくて……!」
「な、なんですかそれ……もう、貴女子供じゃないんですから」
「えへへ……」
この時、命香ちゃんは微笑んでいた。
作り笑いではない、それは純粋な笑顔だった。今だったらそう思う。
「あ、それともう1つお願い」
「……なんですか?」
「私の事、美咲って呼んでほしいの。あと出来れば敬語も外してほしいな」
「えっ? で、でも……」
「年上だから〜とか関係な〜いよ。なんか、タメ口で話してほしい!」
「……」
何故か私がそう言うと後ろを向いてしまう。
あまり無理強いはしたくなかったので、ちょっとお願いし過ぎただろうか……
「あ、ご、ごめん……ちょっと図々しすぎたかな……」
「……美咲」
「えっ……」
「……これから、よろしく……」
「っ……!!」
ゆっくりとこちらを向いた命香ちゃんの顔は、まるでリンゴのように赤かった。
なんだこの照れ顔は、可愛すぎる!
これは……これは……!
「命香ちゃぁぁぁん!」
「うわっ! ちょ、ちょっと美咲……そんなに抱きつかないで! な、撫でるのもダメー!」
この日、私達はちょっとだけどお互いを信じ合い始めた気がする。
見た事ない一面を見て、信頼し始めるキッカケ。
あの夜の出会いがなければ、こんな状況にはならなかった。
だから今は感謝します! ありがとう! 神様!
「やぁ、待ってたよ」
「ほ、ホントに例のブツが……」
「あぁ勿論、あんな薬物なんかよりももっと気持ちよく……なれるよ」
「そうかぁこれが! これはまたいいも……の……」
「……ふっ」
「な、なんだこりゃ……か、体がぁ……う、うわぁぁぁ!?」
「……全く、東京とかいう場所の人間は馬鹿ばかり……だね」
その日の夜、また嘘という憎しみに囚われた人がまた、1人。
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