第2話 使者か、死者か
不思議な出来事に巻き込まれてしまいました。
「……ふぁぁ……あぁ……」
あの出来事から1日、眠りから覚めた私はベッドから起き上がる。
ここは元々喫茶店だった、だからコーヒー豆の匂いが香っている。
私はゆっくりと首元に触れ、昨日の出来事を思い出す。
昔ながらの純喫茶、美味しいコーヒー、とっても素敵な店員さんとの出会い。
そして昨日の夜、私は殺されかけた。
「……でも生きてるね」
私は、ありえないような現象に巻き込まれてしまった。
浮いた少女、落ちる首、そしてこの世のものとは思えないあの異形な怪物。
そしてそんなものに首を絞められ、死にかけた。
「でも生きてる……」
あんな事があっても私は生きていた。
彼女が、SF世界から飛び出してきたかのような、まるで戦闘服に身を包んだ女性……それが年上か、同年代なのかはわからないけど、彼女に救われた。
「……だから、生きてる……」
少し古臭い自部屋で着替えを済ませ、洗面所にて顔を洗う。
そしてあの時の彼女が誰なのか、実はなんとなく検討がついていた。
だがなぜあの人なのか、そしてあんな化け物となぜ戦えていたのか、全く理由がわからない。
「……どーいうことなんだろぉ〜……」
そう言いつつパンとサラダ、ベーコンエッグにコーヒーを朝食として美味しく召し上がった。
そして本日も予定はない……と言いたいところだったが、昨日助けてくれた彼女に会いに行くことにした。
「ホ、ホントにあの人かわからないけど、確かめないと」
服装は昨日と同じ、この組み合わせがしっくりくる。
私に可愛い服は合わないのだ、うん。
スカートなんか履こうものなら恥ずかしさで顔が焙煎されたコーヒー豆みたいになってしまう。フレンチロースト位でお願いします。
「……行ってくるね、おばあちゃん」
そうして自宅、元喫茶店の扉を閉めた。
この喫茶店はおばあちゃんが1人で切り盛りをしていた。
私が産まれる前から経営しており、おばあちゃんは利益的にはあまり良くないと言っていたが落ちる事がなく、私も全く不自由ない暮らしをさせてもらっていた。
おばあちゃんが頑張る分、私は学業と家事をしっかりこなしておばあちゃんを安心させていた。
「美味しかったなぁ、おばあちゃんが作ってくれたカフェオレ……」
だがそのおばあちゃんは亡くなった。
寿命だった、避けようの無い死だったのだ。
それから私は空っぽになった。
何のために生き、何をして生きればいいのかと。
だから私は喫茶店を巡った。私のこの空っぽな心を癒してくれる、憩いの場を。
「……着いた」
そうして見つけたのだ。最寄り駅から4駅離れたこの場所。小さな場だが東京なだけはある。駅は学生、社会人、一般人まみれで騒がしかった。
それを乗り越えここに来た。
「よ、よし」
丁度13時、昨日に続いて再びこの扉を開いた。
カランカランという音と、香るコーヒーの香り。
そしてカウンターには、彼女がいた。
「……こんにちは」
「いらっしゃいませ、また来てくださったのですね」
可愛い制服に包まれた命香さんを前に、色んな意味で心臓がドキドキしていた。
このドキドキ、まさしく愛なのか?
いや違うそうじゃない、今日はそういう日じゃない。
「あ、あの……」
「? どうされましたか?」
恐らく私は緊張していた。だからちょっとオドオドしていたと思う。
だがそれでも、私は彼女と面となり、しっかり頭を下げた。
「昨日は助けてくれて、ありがとうございました!」
「……え?」
昨日、あの化け物から救ってくれた人。その人はこの人、命香さんである可能性が極めて高い。
そう言い切れる位の理由が私にはあった。
「あ、あの……なんの話をされて……」
「昨日、公園で化け物に襲われていたところを助けて下さりましたよね!?」
「え、えーっと……」
「命を助けてくれた貴女に、どうしてもお礼をしたかったんです!」
「う、うーん……」
少し困惑していたが命香さんはカウンターから出ると、ゆっくりと入口の方まで向かってしまった。
「……どうして、私がその助けた人だと思ったんですか?」
「……あの時、仄かに香ってたんです」
「えっ?」
少し驚いた表情をしながらこちらを向いたが、私は続けた。
「甘くて、酸味があって、ちょっと苦味があるような、そんなコーヒーの香り」
「たまたまその人も直前にコーヒーを飲んでいたのでは?」
「……コロンビアとロブスタ」
「ッ!?」
彼女は先程以上に驚いていた。
昨日、ここで頼んだのはブレンドコーヒー。
私はおばあちゃんの喫茶店のお手伝いを何度もしている、だから香りだけで何の豆かなんてすぐにわかる。
ブレンドコーヒーは様々なコーヒー豆を一定の割合で混ぜ合わせた物であり、コロンビアとロブスタはコーヒー豆の名前。
あと2つ程混ぜ合わせてあるがこの2つが合わさっていたらあとはこの2つの合計4つの組み合わせだろう。
「あとはモカとブラジルを含めた4つのブレンド……昨日頂いたブレンドコーヒーと同じ香りがあったんです」
「……」
「確かにコーヒーを飲んでいた可能性はありますが、コーヒー豆の配合まで一緒なのは考えにくいです……命香さん、昨日のあれは貴女なんですよね?」
命香さんは少し黙りながらも何故かOPENの看板をCLOSEにしていた。
「あ、あれ……命香さん……?」
そして何故か、入口である扉の鍵をガチャっと閉める。
「……」
「……え、えーっと……」
その時の顔は非常に鮮明に覚えている。
怒らせてはいけない人を、悪い方向で怒らせてしまった時のような鬼の形相をしていた。
「ひっ……!」
「……まさか、嗅ぎつけられるとはね……神羅廻門!!」
そう叫ぶと腕が光り、どこからともなく近未来の武器……銃剣のようなものを私に突きつけた。
「……えっ……」
「声掛けちゃったとは言え軽い変性ボイスもかけていたのに見破るなんて、貴女何者?」
「そ、それは……」
「もしかして私達が追ってた密売人? 沢山人を亡きものにしてるっていう」
「みみみ密売人!? ち、違います! 私はホントに……」
話が全く読めない。この武器は? 密売人? 何の話なのか検討もつかない。
「救助した人間がまさか厄介な人間だったとは、やっぱりココの警察は信用出来ないわね」
「え、えぇ……!?」
「欲しい物を選ばせてあげるわ。銃弾か、それともこの剣か」
両手を上げて無抵抗をアピールしているがどんどん凶器が迫ってくる。
頭の中がパニックな私はついつい口走ってしまった。
「こここ、コーヒーが、ブレンドコーヒーが欲しいです!」
「あげる訳ないでしょう」
「なななならば貴女が欲しい!」
「はぁ……?」
流石に呆れと驚きが入り交じった顔をされてしまい武器を下ろしてきた。
意外と彼女は笑顔は苦手のようだか結構表情豊かなのかもしれない。
「かかか可愛い貴女が欲しい! 銃弾でも凶器でもなく!」
「何を言っているの……まさか本当に無関係……?」
呆れ顔をされながらも何かを考えているようであり、手に持っていた銃剣が粒子のようになって消えてしまった。
「じゃあなんであんなものに触れられて生きてるの……現代人が耐えられるわけが……」
「あ、あの〜……」
遂に1人の世界に入ってしまった。
ブツブツと何かを言っているようだが何がなんだかわからない。
昨日聞いた話ではこの命香さん、日本では無い遠い場所から来たとのことだが一体何者なんだろう?
「あら〜この子が昨日の子?」
「えっ?」
「ん……」
その声と共に私の後ろに1人の男性……でも女性……でもない、オカマ……と呼ばれるような人が私の後ろに立っていた。
「ヒィィィ!?」
「驚きすぎじゃないかしら〜? アタシ傷ついちゃう!」
「……どこから入ってきたんですか、かっ……んん、ジョーさん」
「そーれは秘密! 鍵閉めた程度で入れないなんてないのよぉ〜!」
びっくりしすぎて倒れてしまった私に、目の前のオカマさんが手を差し伸べてきた。
「2人で驚かして悪かったわねぇ、立てるぅ?」
「は、はい……」
「はいよく立てました! それじゃあ改めて……」
そういうとオカマさんはゆっくりと頭を下げ、まるで英国紳士のような立ち姿でお辞儀をしてきた。
「アタシの名はジョー・レブリソン、ジョーさんとでも呼んでちょうだい」
「は、はぁ……」
「昨日、あの化け物に襲われていたそうね? 貴女も無関係って感じてはなさそうだわ」
「っ!? 昨日のアレを知ってるんですか!?」
「勿論、あたし達はあれが目的でここ日本の東京に来たのよ」
「教えてください! アレはなんだったんですか!?」
色んな情報が一気に入ってきたが、あの化け物に関しては明らかにこの世のものでは無い。知っておかねばならなかった。
どうしてあんな非科学的なものが存在するのか。
「とりあえず座ってください、一から説明します」
「は、はい……」
「アタシにもブレンドちょーだい♡」
「はいはい」
カウンター席に座らされると、昨日の出来事について説明された。
「えーっと確か貴女……美咲ちゃんって言ったわね? あんな化け物に襲われるなんて災難だったわねぇ」
「あ、あの……あの化け物は一体……」
「んーっと、まずはアタシたちについて話さないといけないわね」
そういうとジョーさんは手を広げ、自分の胸に当てた。
「アタシとこの命香ちゃんはね、異世界の人間なの!」
「……はい?」
また思考が飛びかけた。
異世界? 予想以上に話がこんがらがってきた。この人は何を言っているのか。
「い、異世界? な、何を言って……」
「事実ですよ、私達は貴女達で言うところの異世界から来ました」
「えええ……」
「この日本という国と合わせ鏡の世界……アタシ達は
「はぁ……まだ実感が湧きませんが……」
見た目も言動も明らかに普通の人達と変わらない。違うとすればさっき命香さんが使ったあの不思議な力だったが、ジョーさんは話を続けた。
「んで、アタシ達の世界には凶暴な魔物がいるの、異世界らしくね」
「魔物……」
「そして私達はその魔物に対抗する力を持ち合わせるため、こちらで言う古代聖遺物の力を使って対抗しています」
「せ、聖遺物……?」
そんなものこの世界にない気がするけど……
さっきの武器はその聖遺物ってやつ?
「そーれでその魔物……アタシ達は
「そんな力が……」
「でもね、その心臓部分が最近アタシ達の世界の裏取引に回されたらしくて……」
「一部がここ、主に東京に流れてます」
「えっ!?」
そんな物が流れてるとはにわかに信じ難いが、2人は話を続ける。
「凶魔獣の心臓……通称凶魔コアは、ここの人達が触れると人間の負の感情……主に憎しみや恨みを増大させ、数日経つと暴走し始める……端的に言えば、死にます」
「しかも凶魔コアはただのアクセサリーみたいな形だから、なーんにも気付かずに触れやすいのよねぇ〜」
「もしかしてそれが……」
「そう、昨日の美咲ちゃんも見たアレ……アタシ達はアレを
だからあんなに黒いオーラのようなものを放ってたんだ……話がどんどん現実味を帯びてきた。
「そーしてアタシ達はあの黒き衝動……ひいては凶魔コアの事前回収を目的とした、異世界からの使者なのよぉ〜!」
「へ、へぇ〜……」
「この喫茶店はその活動を隠す為の隠れ蓑です、はいどうぞブレンド2つ」
「あ、ありがとう……」
「あら〜命香ちゃん仕事早〜い」
昨日と同じブレンドコーヒー、でもこの香りは……
「……これ、エメラルドマウンテンと……」
「よくわかりますね、香りだけで」
「もしかして美咲ちゃん、コーヒーマニア?」
「あぁいえ、そういう訳じゃないんですけど……祖母が喫茶店をしていたので、なんとなく」
やはり命香さんの淹れるコーヒーは美味しい。淹れ方が上手なのもあるけど、それ以上に何かある気がする……言葉には出来ないが。
「と、ところでさっき命香さんが使ってたのって……」
「えぇ、さっき言った聖遺物……
「神機……」
「西京の人間が使うことが許された、神が作ったとされる武具……それが神機」
「特に命香ちゃんは神機の使いこなし、戦闘技術も西京内トップの実力なの!」
「そ、そんなにですか」
意外だ。こんなに可愛い女の子の戦闘技術が高いなんて。
確かにさっき武器を構えられた時、凄い威圧感を感じたけど、多分それだけではないのだろう。
「さて、色々説明したけど、美咲ちゃんもこのままじゃ大変ね」
「へ?」
「本来この件は、西京の人間と一部の日本の人しか関わってはいけない機密案件なんです」
「えっ、もしかして私……」
本来一般人として生きていけるはずが、機密情報を聞いてしまった。
想像したくなかったが、嫌な予感が私の頭をよぎる。
「場合によっては……」
「情報隠蔽の為に殺されるか、最低でも重要参考人として捕らわれちゃうわね☆」
「ええええええ!?」
なんてこったテラコッタ!
昨日命救われたはずなのに最悪の場合殺されないといけない!?
そんなの認められないよぉぉぉ!
「貴女が昨日の事を詮索しなければただのお客さんでいられたんですが、こうなってしまったらそうもいきません」
「うぅ……そんなぁ……」
「まぁそれはこのままだったら、の話だけどねぇ」
「……どういうことですか……?」
意味深な事をジョーさんが呟くと、命香さんもゆっくりと口を開いた。
「貴女がもしまだ生きていたいのであれば、一つだけ方法があります」
「そ、それって……」
「本来、黒き衝動は人を襲わないし、一般の人には見えないんです」
「えっ? でも私あの時……」
昨日、あの時私は謎の触手に締め付けられ、死にかけた。
「そう、昨日は黒き衝動の方から襲ってきました……本来襲ってくるケースは、こちらから手を出した場合だけ、これは普通じゃありません」
「さらに言うとねぇ、黒き衝動に触られた人は灰になっちゃうの☆」
「灰!?」
私、ガッツリ触られてた気がする!
これ後々で私も灰になって消えないよね!?
「じゃあどうして私は……」
「それはまぁだわからないわねぇ、データもないし、調べない事には……」
「だからこそ、貴女を調べさせてほしい」
そういうと命香さんは後ろを向き、1枚の紙を取り出しカウンター席に置く。
「これは……?」
「貴女は重要な参考人になる。ですが参考人として警察に貴女を引き渡せばどういう仕打ちを受けるかわからない。だから私達に協力して欲しいんです」
「きょ、協力って言っても……」
「安全は保証します、黒き衝動からもお守ります。ですがその為には、1つお願いをしなくてはいけません」
「このお店のスタッフになってくれませんか」
「ゑ」
それは、突然だった。
まるで告白されたかのような、そんな気分。
「えっ、スタッフ?」
「はい、その方が貴女と関わりやすいですから」
「じゃ、じゃあこの紙って……」
「うん♡ 雇用契約書♡」
私の名前は
何故かここ、喫茶【ルミノーソ】のスタッフとして働くことになりました。
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