心と、嘘と、純喫茶と

岸儀藍山

第1話 ルクス

諸君、私は喫茶店が好きだ。





長いので以下略としますよ。


「……はぇ~」


前述のとおり、私の最近できた趣味は喫茶店、ひいては純喫茶を巡るのがとっても好きなのです。

そんな私の名前は「快原美咲かいはらみさき

つい一か月前に高校を卒業しました。

何の変哲もない白いスウェットに黒のカーゴパンツ、今の私にはこの服装がお似合いです。


「こんなおしゃれすぎる純喫茶、見逃してたんだ……」


そんな私は今、都内の線路沿いにある住宅の並びに立っています。

大学? 専門? 会社? そんなものは知りません。

行く理由がわからないから、最近はこうやって純喫茶を巡ってるんです。


「……よし」


そんなことはどうでもよかった。私は今とっても心が躍っている。

何故ならこの喫茶店は雰囲気が違う。

ザ・純喫茶と言っても過言ではないような昔ながらの雰囲気。

住宅街の中に目立つはずなのに潜んでいるようなレンガ式の建物。

新たな出会いとか、何かが始まってもおかしくない雰囲気が漂っているのです。

現在時刻は13時頃。

喫茶店【ルミノーソ】ここは私のお気に入りとなるのでしょうか。


「いざ鎌倉! ……ここ東京だけど」


期待に胸を膨らませ、私はこの扉を開いた。

カランカランという入口の音が店内に響く。

開いた瞬間に見えた風景は私の理想的な喫茶店。

複数人用のテーブルが3つ。四人は座れるカウンター席。そして喫茶店の醍醐味、コーヒーの苦みが伝わってくる心地よい香り。


「……凄い……まるで……」


そう思いながら余韻に浸っていると、小さそうなキッチンの奥から足音が聞こえてくる。

純喫茶は個人経営で一人というのも珍しくない。それに加えてこの広さ、恐らく一人で切り盛りをしているのだろう。だがそこまで予想出来てもまさかこれは予想できないだろう。


「いらっしゃいませ、おひとり様ですね?」

「えっ」


まさか一人の店員さんが、同い歳くらいの女の子だなんて。


「空いてる席、どこでも大丈夫ですよ」

「あ、はい……」


案内されるまま、私はカウンター席に座った。

ロングの赤い髪、赤青のオッドアイ、そしてまるでメイドさんのような服装、和服メイドというべきだろうか?

黒と白、主に黒色メインの服装であり、浴衣で見るような袖丈がまたいい味を出す。

なにより、スタイルがいい。そして可愛い!


「こちらメニューです、どうぞ」

「ありがとうございます……」


驚きがまだ頭を渦巻くがチラッと全身が見えた時、足のスタイルがとても良く黒タイツを履いていたがあれは間違いない。

渋谷とかあの辺りに出てしまったら絶対ナンパされる。そう思えてしまう程スタイルと顔がいい。

彼女の可愛さ力は化け物か!?


「えーっと……」


あまりの衝撃にメニューを見ていなかったが改めてメニューを拝見する。

メニューは種類豊富な豆の中から選べるコーヒー、そしてランチにも対応出来る料理が揃っていた。だが私が頂くのはまずこれ。


「ブ、ブレンド一つでお願いします」

「はい、かしこまりました」


注文を承った目の前の店員さんは、少し固いが笑顔を向け用意を始める。

慣れた手つきで豆を挽き、コーヒーを抽出し始めた。


「あの、聞いてもいいですか?」

「はい、なんでしょう?」


流石に気になりすぎて聞いてしまった。あまりマナーとしてはどうだろうかと思ったがこのままでは夜も眠れなくなってしまう。


「もしかして……貴女がオーナーさん?」

「オーナー……あぁ、はい、ここは私ほぼ一人でやってますよ」

「へぇ~! 凄い! 私と同い年くらいなのに……!」


私がこれまで見てきた喫茶といえば、夜も営業している関係上50代位か60代のおじさまが一人でやっている店も多い

中々珍しいお店を見つけ、私もこのお店にかなり興味を惹かれていた。


「ふふっ、ありがとうございます」

「私、都内の色々な純喫茶をメインに巡っていたんだけど……オーナーさんがこんなに若いのは初めてだよ、気に入った!」

「そうですか……気に入って頂けたのでしたら光栄です」


色々な話を聞けそうだったので聞いてみた。私自身こんな穴場を知らなかったのがとっても屈辱であり、出来る事ならここには行きつけにしてみたいとも思えた。

また、あそこみたいに。


そうして話を聞いているうちにコーヒーが仕上がってたようだ。


「どうぞ、ブレンドです」

「あ、ありがとう……」


この深い香りはコーヒーならでは。

味は一緒だと思っていると衝撃を受けるのが喫茶店巡り。


「頂きます!」

「どうぞ、ご賞味あれ」


作り笑顔のではあるがそんな顔でもすっごい可愛い。

出来ることならなでなでさせてほしいが目の前に出されたコーヒーは幸せの香りを漂わせ、私の口へと運ばれる。

私くらいの女の子は基本、飲んでも一般的なミルクとシュガーを加えたコーヒーを飲むが、私は断然ブラックを好む。

だって大人っぽいs元からこういうのが好みだからだ。


「……美味しい」


独特の酸味、甘みとコクを持ったこの一杯はまた私に幸せを届けてくれた。


「私、美咲って言うの! 快原美咲! またここに来ます!」

「……ありがとうございます、気に入って頂けて幸いです」


ゆっくり飲んでいたつもりが既に飲み終わってしまった。

彼女の作るコーヒーは何か特別な……そう、言葉にできない魔性の魅力を感じた。

これまでとは違う満足感、これはまた来るしかない。

たとえ自宅最寄り駅から4駅という中途半端な距離でも行こうと思えた。


「私は命香と申します、以後お見知りおきを」

「命香さん……! はい! またよろしくお願いします!」


そうして私は無意識に握手を求めていた。

少し彼女は困惑しながらも握手を交わしてくれた。


「お代はここに! また来ますね!」

「ありがとうございました、またお待ちしてます」


最後も作り笑顔ではあったがまた可愛かった。愛でたい! すっごく愛でたい!


そうして私はルンルンになりながらも駅へ歩いていった。後ろにルミノーソへと入店する男性がいる事に気づかないまま。


「お邪魔するわよ〜」

「邪魔するなら帰ってくださいよ、今接客終わった所です」

「あら珍しい、この時間にお客さんが来るなんて」

「そうですね……不思議な人でした」

「あらそう、不審者じゃないわよね?」

「不思議な人ですよ、なんで不審者レベルなんですか」

「あらぁ〜これは失礼、でもお疲れのところ申し訳ないけどぉ」

「っ……来ましたか」

「ええ、来たわよ、亡霊被害」





時に私は両親がいません。

私が生まれて間もない頃に亡くなりました。

親代わりをしていたのは私の祖母でしたが、祖母も1ヶ月前に亡くなりました。

そして私は両親と祖母の持っていた財産でなんとか繋いでいるのです。

その財産のひとつがこの家、元は喫茶店の自宅なのです。


「……はぁ〜、あそこ良かったなぁ」


名残惜しいようにずーっとこんな調子です。

14時に帰宅して18時までこの独り言を繰り返しています。


「……お腹空かない、ちょっと歩こうかな」


既に日は落ち、外は暗い。

でもたまに夜の空気を吸いたい時が私にはある。


「……はぁ〜、あそこ良かったなぁ」


また同じ事を言ってしまう。何回目かすらわからない。

近所は住宅街だが近くに比較的範囲がある公園があった。私はそこへ歩を進めていた。


「……はぁ〜、あそこよかっ……ん?」


公園の入口、また同じ事を言おうとした瞬間、私の目に何かが映り込む。

ちょうど正面、色々な遊具の中心地に小学生くらいの女の子が立っていた。


「……あれ、立ってるのかな……?」


立っているという表現では違和感がある。

それは立っているというには姿勢がおかしかったのだ。


「浮いてる……?」


浮いているというべきか、それとも何かに吊るされているというべきか。

そんな姿勢だった。

だがそんなことを考えているうちに、私の目の前でまたありえない現象が発生する。

それは、グチャというグロテスクな音から始まった。


「……え……?」


目の前にいた少女の首がもげ、地面に落下、砕け散ってしまう。


「は……え……?」


そして根元部分からは人間ではない触手のような物がいくつも生え、異形の姿へと変貌した。


「何……あれ……」


グチュグチュグチュ、などという嫌な音を辺りに響かせる。

しかも、そのバケモノは私の方向を向き、恐ろしい速さで近づいてくる。


「ひっ……!」


近づくまで出来たことはこんなリアクションだけ。

私は不気味な触手に首を縛られ、宙に浮かされた。


「がっ……! や、やめ……!」


恐ろしい力。このまま数十秒も絞められてしまっては窒息死、というよりもこのまま首を折られてもおかしくない。

足をジタジタと暴れるが健闘むなしく、何も起こらない。

どんどん意識が遠のいていく。


「だ、だめ……だれ……か……」


叫ぶことなんて出来ない。こんな状況では誰も来ない。

私は心の中で覚悟を決め、最後に走馬灯に映ったあの人に一言送った。


ごめんなさい……おばあちゃん……


「斬豪裂破」


その一言かま聞こえた瞬間、グシャとドカンという音が混ざったようなグシャアという音が耳に届いた。

そして首を絞められていた私は空中から落下する。


「……カハッ、ゲホッゲホッ!」


無事空気が入ったおかげで呼吸ができるようになる。そして目の前には、月夜に照らされた1人の女性が私の目に入る。

完全に全体が見える訳では無いが、まるでSF作品で出てくるような特殊部隊の制服、スカートの姿という所まではわかった。

そして特徴的なのは、足に装着されたブーツのような物。

なんか浮いてるし、しかもジェット噴射のような物も見えた。


「あ……え……?」


言葉も見つからず、絞められていた影響で声も出しにくい。

だが何かを言おうとした瞬間、先に目の前の女性が口を開く。


「大丈夫かしら、まさか亡神にああいう殺され方をされそうになるなんて……だからこそ助けられたんだけど」

「あ、あの……」

「今すぐ自宅に帰りなさい、ここは危ないわ」

「は、はい……」

「それじゃ、私はこれで」


そう言うと女性は思いっきり地を蹴り、その場を去っていた。


「……一体……何がどうなって……」


これは始まり。

憩いの場所を見つけた私が、ありえない出来事に巻き込まれ、変化していく物語。

だが最後にわかった事がある。


あの女性からは嗅いだことのあるコーヒー豆の匂いが、ついていた。


「目標達成しました、帰還します」

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