4 欲を欠く
しくじった。まさか警察に見つかるとは。あの後しっかり保護されて近くの小学校へ誘導された。避難所になってるらしい。さっきは逃げ遅れた人がいないかの確認の最中だったとのこと。幸いにも羽は閉じていたのでギリセーフか。
避難所には多くの人が逃げてきており、各自家から運んできたと思われる物資を広げたり、整理したりしている。
その中でもテレビの前には大量の人だかりができており、現在の街の様子をメディアが大々的に取り上げていた。
「ご覧ください!空に亀裂のようなものができています。そこから、無数の生物が出てきており、今もなお多くの市民が襲われているとの情報が入っています。さらには...」
人が多すぎて全然見えない。今どきスマホがあるのになんでまたテレビなんか...そうだ。いま回線パンクしてるのか。魔力で繋いでて何も気づかなかった。危ない危ない。うっかりバレるところだった。
「あ!!さっきのお兄ちゃんだ!!」
大きな声に反応し後ろを振り迎えると先ほど助けた親子がいた。少女は大事そうにクマのぬいぐるみを抱き抱えており、小走りでこちらにやってきた。
「お兄ちゃん!!助けてくれてありがとう!!」
「先ほどはありがとうございました!目を離した時にこの子がいなくてどうなるかと...。これ、よかったらもらってください」
母親から缶詰を渡された。[新鮮!蟹のほぐし身]とラベルに書かれている。蟹...いやまぁ貰いますけど。
「気にしないでください。困った時はお互い様ですから。」
この親子は保護するに値するんじゃないか?いや別に蟹が好きだからとかいうわけじゃないけど。違うけど。うん。
「お兄ちゃんどうやってお空から来たのー?あのおっきいお犬さんも倒してたし!」
まずい。今はまだバレる時じゃない。周囲の視線がこちらに向くのを感じる。子供だから仕方がないけど今だけは!
「あ、あぁ~。たまたま近くの屋根で昼寝してたんだよ。そしたら、君が襲われそうになってたからね!どう?ヒーローみたいだった?」
「うん!お兄ちゃんカッコよかったよ!!」
少女はそういうと足にぎゅっと抱きつき、すぐに母親の後ろに隠れてしまう。
「すみません、この子、どうしてもお礼がしたいって気かなくて...。重ねて伝えてしまうんですが、本当にありがとうございました。」
母親が深々とお辞儀すると、少女を連れて自分の場所に戻る。少女はこちらが見えなくなる最後まで手を振っていたため、こちらも振り返しておく。人間とは情が大切だと教わったからな。
さて、早々にこの場を立ち去るのが吉だろう。ちょうど避難所の探索もしてみたいと思っていたところだしな。
律は出口に向かって歩を進める。だがしかし、目の前に垂らされた蜘蛛の糸を見逃すほど、人間とは愚かではない。
「そこの兄ちゃん、あの化け物を倒したんだって?」
ほら来た。だから嫌だったんだよ。周囲で様子を伺っていた避難民の一人が声をかけてくる。
「...えぇ。まぁ。」
あくまでも否定はせず、さりとて興味がないように。この場における俺の最善作は、波風立てずに向こうが僕の関心をなくす、だ。
「いやぁ~実はね。家に親の形見を忘れてきてしまってね。取りに戻りたいんだが、外にはあのモンスターがうじゃうじゃいるだろ?誰か、手伝って欲しい人を探してたんだが...。」
舐め回すように頭からつま先まで体を見られる。これはあれだ。いわゆる品定めだ。俺がビルベルを倒したという事実と、それを信じて家に帰れるのかというのを測っているんだ。つまりは舐められているということか。
随分と舐められたものだ。
「守ってくれるやつがいると心強くてね~。よかったら、一緒に行ってくれ「無理です」...理由を聞いても?」
理由?理由ねぇ...
「あのモンスターと戦うということは命を賭けるということ。生憎、僕はあなたのために命をかけたくないからです。」
おっさんの眉毛がピクピクしている。苛ついているのだろう。人間の良くないところだ。自分の思い通りにならなければすぐに機嫌を損ねる。もっと寛大な心ではいられないのだろうか。
「うーん...私はね。ここの小学校の校長なんだよ。...分かるだろ?大勢の人が困ることになるんだよ。」
なんだこいつ。別にここにいなくてもいいんだよな。それに最初親の形見とかいってただろ。何で他の人間が関係あんだよ。やばいやつだ。
「あ、じゃあ出ますね。さよなら。」
校長(笑)はまさか断られるとは思っていなかったらしく、狐にばかされたかのようにあっけらかんとした顔をする。出たらダメとか言われてないからね。
出る前に避難所を一通り回ってみてみると、少しずつ分かってくるものがある。明らかに痛ぶられたような傷を受けた者。傷口から感染し、異様な植物が生えている者。こういった状態異常の攻撃は人間には適性がないと送っていたはずなんだが...。むしろ有効的だと判断したのか?案外上も単純なものだな。
夜。バレないようにそそくさと校門に向かう。門の前には昼に保護してきた警察が警戒にあたっている。手には銃を持ち、緊張な面持ちでいる。やはり銃が効くと気付いたのか。早いな。
「すみませーん。出まーす」
「君は...確かお昼の?何を言ってるんだ。外は危険だ!それに、ここを開ければ大勢が危険に晒されるんだぞ!」
(いやそんなん秒で破られるから意味ないでしょ)
ここで言葉を飲み込むのができる大人だ。あくまでも残念な素振りを見せつつも、諦めきれない顔をしながら...
「どーしてもダメですか...?僕が出たらすぐに閉じていいんで...!」
言葉に魔力を乗せる。イメージするのは誘惑の言葉。責務、責任感を薄くさせ、一人くらいならという思考に誘導させる。
「こんな夜更けに何をしにいくつもりだ?」
...めんどくさいやつが来た。声に振り向くと、そこには昼に揉めたおっさんと取り巻きがいた。
「...いやいや。お昼に出ろって言われたので。静かなうちに出ようかなと。」
「とか言いつつ、実際は空き家に入って金目のものを盗む気だろう?そうはさせない。我々も同行しよう。」
あーーーーーーめんどくさい。ガチで。何だこいつら。ブーメランだろ。本音が出てるだろ。...いや、ちょうどいいか。
「え、一緒に来てくれるんですか!心強いです!」
校長と取り巻きは各々刺股だのナイフだの包丁だのを持っており、警察と何か喋った後すぐに門が開く。
「さぁ、お前が前を歩け。」
なんだこいつ。上から目線すぎるだろ。俺が前を歩き出すと、満足したのか金魚のフンのように後ろについてくる。
「昼の提案を断らなければお前もいい思いができたかもしれないな。残念だが、目ぼしいものは我々が貰ってやろう。あぁ、護衛料代わりに1割くらいなら上げてやってもいいがな。」
下品な笑い声が深夜の住宅街に響く。こちら側に来ている魔物達は大気中の魔力の薄さから夜は非活性化する。その事実を知れば余裕を出せるが、知らないのに声を出せるとは...。笑いが込み上げてくる。
「おい、何がおかしい。」
「いやいや、すみませんね。あまりにも馬鹿な人間共だと思って。」
あー、ほんとうに馬鹿だ。こいつらがやろうとしていることは窃盗だ。住居侵入だ。いい年してなお欲を掻くのか。そうか、そんなに満たされないならたっぷり食わせてやろう
「...校長さんに皆さん、外のモンスターが怖いから学校で篭っていたんでしょう?」
「...ハハハ!!何を言い出すかと思えば!お前、いくらあの化け物を一人で倒せるからってこの人数を相手に調子に乗るなよ。」
なんということだろう。この人間共は僕に勝てると思っているのか。やはり一度軽く見られるとその認識が変わることはないのか。いい教訓だ。
「じゃあ、この結末も予測できていましたよね。」
近くの
「...ん?ま、まさか。アイツらご近くにいるのか!や、やってくれるんだよな!そ、そうだ!!食糧を融通しよう!!それでどうだ!」
この後に及んでまだ自分は守られている立場にあると思っているらしい。
「...我が帝国では力こそが正義と謳っている一方で、助けを求める者の手を掴むのも強者の道理とされています。」
「て、帝国?な、何を言ってるんだ!」
暗闇の中から電灯に照らされた魔物が露わになる。その数は一、ニ、三...どんどん増えている。
「だが、あなた達の欲に塗れた手を取ってやるほど、帝国とは優しくないんですよ。僕からのプレゼントです。たっぷり楽しんでください。」
「や、やめろぉぉ!!!うわぁぁぁぁ!!」
肉塊が血飛沫を上げてのたうち回る。目にはめを。歯には歯を。因果とは帰ってくるものである。
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