3 帝国とは
異世界帝国ドラバレティはいわゆる軍事国家である。他者を圧倒する力を持つものこそが順位が高く、そのうち上位七名で構成されるデカキスと呼ばれる団体はその力の影響もあり、非常時であれば自らの裁量で軍を動かすことができる。ただし、力とは物理的な事を意味せず、経済力、影響力等も含まれる。
そんな力だけの世界で律ことエレセが所属するのは上位七名のうちの一人である第六位ユーサ・カルニバナルが率いる異邦界調探団。その名の通り、異世界侵略の際に真っ先に調査、探索を命じられて送り込まれるいわば先鋒隊である。安全保障無し、給料は低
いし労働時間は長い。今すぐ辞めたい。ほんとうに。
なぜここまで長々と説明していたかって?それは簡単。早速クビ案件が目の前まで来ているからだ。
魔法による羽を大きく羽ばたかせて空を掻っ切る。速度を上げ亀裂に近づくと、遠目でぼんやり見えていた光景も気づけば眼と鼻の先にまで至る。おかしいとは思っていた。事前のデータによると第一波はあくまでも相手方の戦力を炙り出すために、戦力は抑えているはずなのだ。本来ならば、そろそろ
帝国ドラバレティでは必要のない殺生をしたものには大罰がくだる。そのため、今回の侵略においても、降伏したものには必要以上の傷をつけてはならないと言うのが上からのお達しだった。それがどうだ。目の前では人間が襲われている。いくら弱い、銃で殺せるといっても、なんの力もない者にはその脅威は計り知れない。
「!!まずい...!」
少女が魔物に襲われそうになっているのに気づく。本来であれば彼女も侵略国家の人間であるため、見て見ぬふりをしなければならないだろう。しかしながら俺は帝国の生まれ。信念を曲げて作戦を優先したならば祖先に顔向けできないか。いや、祖先は全員軍人だからむしろ作戦のためとならば喜んで見守るだろう。...仕方ない。恨むならこの世界に二年半も置いていた上を恨んでください。
羽を畳んで垂直に降下する。速度を上げ、少女と魔物の間に割り込むように落ちる。魔物の名前は下種3級ビルベル。発達した四肢を持ち、肉食ながらも少食。知能がとても高く、両翼を使って滑空することができることから向こうでは移動用に重宝された。
ビルベルは僕の登場に驚いたもののすぐさま警戒しなおす。おかしい。我々帝国民には牙が向けないはずだ。ここにいすぎたせいで匂いが変わったか?
後ろの方から遅れて少女の母親がやってくる。母親は避難グッズが詰め込まれているであろう鞄と荷物を両手に持っている。なるほど。避難の途中だったか。
「早く逃げてください。あっちの方ならまだ少ないと思います。あと、なるべく一人で行動せず、避難場所や人が多いところに逃げてください。」
「は、はい!ほら、行くよ!」
親子は足早にその場を立ち去る。さて、どうしたものか。帝国法には違反したくないが、今回の作戦を失敗しても二つの意味で首が飛ぶ。正直、この光景を見られたからといって厳罰が下されるわけではないだろう。しかし、我が国は忠誠を力の次に好む。作戦違反、法違反とあれば間違いなく今よりも酷い場所に飛ばされるのが目に見える。
(ちくしょお!踏んだり蹴ったりじゃないか!!)
ビルベルがジリジリと間合いを詰めてくる。面倒なやつだ。人がせっかくどうしようか悩んでいる時に。
「グラァァァァ!!!!」
大きな口を開けて襲ってくる。本来赤いはずの目は紫色に輝き、凶暴さも幾分増しているように感じる。
「ふぅ.....。」
息を吐き、集中する。飛びつく角度、速度、力を予測して、いなすように手を出して
「あいたぁ!!!!なんでぇ!!!!」
しっかり噛みつかれる。これが平和ボケってやつなのか!?なんかカッコ悪いじゃん!せっかくの初戦でさ!!1番華があるところでしょう!!あーーなんかむかついた。もういい。知らない。
右手に粉砕するイメージ持つ。打ち砕き、破壊する。軽く握り力を込めて、当てずに振り抜く。
「...!?キャウン..!!!ゥゥゥゥ...」
拳から強力な風撃が放たれる。直撃を喰らったビルベルが衝撃で壁に叩きつけられ、壁ごと埋もれてしまう。
エレセが所属するは異邦界調探団。第六位ユーサ・カルニバナル直属部隊。その素性とは、第六位によって直々に心技体を叩き込まれたいわば少数精鋭の部隊である。
「...んー...」
倒れているビルベルを近くで見る。腹部が凹んでいるものの息絶えておらず、魔物の生命力の強さを物語っている。先ほどまで紫に光っていた目も今では赤色に落ち着き、体も一回り小さくなっている。本国が
あえて凶暴性を露わにさせていたのだろうか。それともたまたま凶暴性がましただけだった?どちらにせよ、本隊がくるまでは分からずじまいである。
ビルベルを眺めていると、音を聞き駆けつけてきた他の魔物に囲まれる。先ほどの二の舞にならないようにしっかりと全身に魔力を流し、意識を研ぎ澄ますも、魔物達は頭を下げ、微動だにしない。
「ん...あ、そっか。これが普通なのか。いいよ。行きな。」
合図と同時に魔物達はその場を去る。今回の侵略において、おおよそ成長段階にある子供を殺すことは禁じられている。ただし、その行為が有効であるならばその限りでない。原則には例外がつきものだ。しかし、先ほどの行為はやはりおかしい。まるで誰かが細工したかのような...?...いや、気のせいだ。そうだ。そうでしかない。こういうのは知らないの方が身のためなのだ。
倒れているビルベルを起こし、歯向かってこないことを確認した後、任務を遂行すべく再び羽を広げようとしたのも束の間。
「君!ここで何してるんだ!危ないから早く避難しなさい!!」
あ。お巡りさん。違うんです。
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