2 お仕事開始

「先生方は生徒を今すぐ校庭に避難させてください!!逃げ遅れた生徒がいないように最後まで確認して...」


 教職員同士が話し合っているのが聞こえる。校庭に避難してどうするんだよ。亀裂から出てるあいつらが外にいるんだから外の方が危ないだろ。


「え~あれマジでやばくない!?なんか出てきてない??」


「え~今日彼氏と遊ぶ予定だったのに行けるかな~?」


 能天気にも今後がどうなるかを楽観視しているクラスメイトの声が聞こえる。今まさに地球が侵略されているというのに...危機感なさすぎでは?いや、非現実すぎて逆に気が抜けるのかもしれない。昨日まで何も知らない人間に急に銃を持たせたところで、頭に?が浮かぶだけだ。


「おい、律!!外見たかよ!!校庭集合だって!!早く逃げよう!!」


 豪が走って教室に入ってくる。先ほどまで昼練をしていたのか、練習着で汗だくである。僕は豪に連れられて、同じく避難し始めた他の生徒にもまれながらも校庭にたどり着く。


「これからどうなるの...」「家帰りたいんだけど」「え、日本終わり?ありえるくね??え、まってトレンド一位なんだけど笑」


 校舎から逃げてきた生徒が雑多になって話し合っている。不安になっている顔や高揚している顔。今後の行く末を嬉々として気になっている顔。十人十色とはよくいったものだ。続々と人が増えていく中、メガホンを持った体育教師が声を張り上げる。


「静かに!!!今から人数を数えます!!その後、全員確認できたクラスから順次帰宅!!そのためにもクラスごとに名簿順で並んでください!!」


 帰宅という言葉に歓喜する一定層。台風とか大雨で電車や地下鉄が止まった時と同じ感覚でいるらしい。確かに午後がまるまる休みになるのはありがたい。いつもならね。


「な、なぁ、律、あれなんだと思う?」


「この後さ、見にいってみね!?」


 豪と一緒に声をかけてきたのは谷川たにかわまもる。高校2年生の時から同じクラスで、いつメンの1人だ。


「なんかネット見てるとここだけで起こってるっぽいな」


「あそこの下行けばなんか分かるかもじゃん!行ってみようぜ!!」


「馬鹿お前!こういう時は近づかないの安牌なんだよ!」


 さすがに今回は豪に賛同せざるを得ない。守...やっぱ馬鹿なのか。今まさに魔物まぶつが大量に出てきているあのエリアは地獄絵図さながらにやばいことになってるだろう。そこに自分から行きたいとは...死にたがりか。


「はいはい、とりあえず2人とも落ち着いて。今日は家帰ったら外に出なかったら大丈夫じゃない?」


 因みにこれはマジだ。今続々とこちら側に来ている魔物まぶつはあくまでも偵察兵や陽動兵。戦力に換算したら人が20人で殴り続ければギリギリ勝てるくらいには弱い。なんなら銃を使えば一瞬だ。あれは凄い。魔力を持たない人間が誰であろうと瞬時に殺傷能力を得られる。何よりデザインもシンプルで機能美に優れている。この世界は魔法より科学と呼ばれるものが発達している。おかげで本国への手土産がたくさんできた。


 それに現状、向こうから送られてきた情報では次の亀裂の拡張で先導隊が送られてくるらしい。その次に本隊がまるまる来るだろう。まぁ、それもだいぶ先になりそうだけど。


「律は本当に冷静だよなぁ。なんかこう驚かないのか?」


 そりゃあ僕が主導犯だからね。


「焦ってても仕方ないでしょ。それよりもさっさと帰りたいよ。」


 なんてそれっぽい返し方!!あくまでも興味がなさそうなフリをしつつも気怠げに家に帰りたいことを強調する!我ながらこの世界に馴染めてきたのではないだろうか。


 そんな話をしていると、人数確認を終えたのか担任が前に出てくる。


「よし、3-A全員いるな。今日は寄り道せずにすぐに帰宅!その後、家に着いたものから学校へメールか電話して報告しろ、以上。それと、あそこには絶対に近づくなよ。現状何も分からん。お前らもネットでいろいろ調べたりしてるだろうが、鵜呑みせずにしろよ。」


 担任の話が終わるとすぐに帰る人や電車や地下鉄が止まってるせいで残っている人。親に連絡するも携帯の回線がパンクして繋がらない人など様々だ。


「律ー、俺自転車だから帰るんだけどお前は?確か歩きだったよな?」


「うん、僕も帰るるよ。また明日...いや、じゃあね。」


「...律、俺らこれからどうなるか分かんねーけど、絶対生きて会おうな!」


 豪は噛み締めるように別れの言葉を言うと自転車に乗って颯爽と学校から出る。


「律も帰んのー!?俺一人ぼっちじゃんー!!」


 守が捨て猫のような目でこちらを見てくる。いや、捨て猫に失礼だ。捨て猫の方が何倍も可愛いし愛でたくなる。


「仕方ないだろ?帰れるのに残ってても怒られるだけだし。守も親と連絡つくといいな」


「へいへい。どーせ俺はぼっちですよ~!さっさと帰れ!またな!!」


 不貞腐れたのか他の友達の元へ行ってしまった。俺は守に手を振った後、帰路に着く。


 さてと、とりあえずは1人になれた。スマホを取り出すと、緊急事態を知らせるアラームがなっていた。


「これは訓練ではありません。直ちに屋内に避難し、身の安全を確保してください。繰り返します。これは...。」


 ネットを使えばいち早く情報を届けられる。これがこの世界のいいところで悪いところだ。嘘も真実もすぐに伝わってしまう。フェイクをフェイクと認識できる人がどれほどいるだろうか。

 アラームを消してファイルを開く。ネットが繋がりにくくなっているためロードまでの時間を魔力を使って加速させる。汎用性が効くのは俺の魔力の性質のためか。それともこの世界には有効的なためか。


 開かれたファイルには事細かに今後の作戦の概要や立ち回りが明記されている。ついでにお土産も。副団長よ。私利私欲に部下を使うのは如何なものかと思います。それにお土産がプロテインってなんなんですか。そんなにタンパク質欲しいんですか。とりあえず、目下の目的は優秀な人間の確保と本隊が来るまでになんかいい感じにしとけってことですか。


「うおっ、でけぇー...」

「え、ちょ、写真とろーぜ」


 道すがら、空にある亀裂をスマホで撮りながら眺めている人を大勢見た。呑気なものだ。本隊が導入されればどれほどの数が生き残れるのだろうか。遠くで建物が崩れる音が聞こえる。この国はあの数にどう対処していくのだろうか。純粋に撃ち落とす?それとも交渉を試みる?

 兎にも角にも、本国からクビにされないように仕事はしなくちゃいけない。


「...はぁぁぁ....やるか.....」


 スマホをしまい、手に魔法陣が浮かびあがせる。魔力とは血液。イメージとは体。それによって発現れた事象を魔法と呼ぶ。簡単ないえば魔法とは魔力によってイメージが具現化されたものであり、得意不得意はあれど、魔力を持つものであればイメージ次第でどんなことだって成しえる。


 いま必要なのは全体を見通す高さまで上がること。被害状況。進行具合。確認しなければならないことは山ほどにある。作戦が頓挫することは許されない。

 イメージするのは飛ぶ力。鳥のように大きな羽で力強く地面を叩き、大空へと羽ばたき滞空する能力である。思いは形に。想いは力に。

 律の背中には大空へと羽ばたく翼ができる。

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