末端による異世界侵略日記

お豆の墓場

序章 最後の高校生活

 異世界。それは現実と似て非なる場所。それとも、現実とはかけ離れ、魔法やモンスターが蠢く場所?それは人それぞれの解釈で、様々に定義することができるだろう。では、剣や魔法の世界が他の異世界を侵略するとすれば?


○○○○○○


 朝7時。スマホに設定していたアラームが鳴りだす。おぼつかない手つきでアラームを消すも、次に設定していたアラームが鳴りだす。ベッドの上から転げ落ち、計5つのアラームを止めることでようやく目が覚める。


「ん~...ねむ....」


 眠い目を擦りながらも制服に着替え、顔を洗う。洗顔、乳液、クリーム。いつものルーティンもどこか儚く感じる。朝ごはんはいつもの5枚切れパンにジャムを塗り、牛乳、それにヨーグルト。中々に地球慣れしてきた朝ごはんである。ここにカップスープでもあったら完璧ではないだろうか。


 はねている髪を寝かせて身支度を済ませ、昨日の残りで作ったお弁当をカバンに詰め込み家をでる。鍵を閉め、今までの日常をふと思い出す。長いようで短かった。それも今日まで。


 2年半通い続けた高校への道のりを一歩一歩噛み締める。地球に来た当初はあまりの空気の汚染具合に動揺したが、慣れてしまえば案外悪くはない。たまに通るバスの排気ガスや雨の後にくる下水道の匂いなんかは慣れそうにないが。


 そうこうしているうちに高校にたどり着く。いつもと変わらない日常。下駄箱でスリッパに履き替えて教室に向かう。3-A教室。それが俺の、地球での一条りつの教室だ。


「律ー!!お前いつもギリギリだなぁ!!」


 教室に入るや否や声をかけてきたのがたちばなごう。1年の時から同じクラスで最後まで遂に一緒だった。これも運命とするなら、神を恨むしかない。


「そうかな?まぁこう見えても一人暮らしなんでね!」


 たわいもない会話だが、豪には地球に来た当初とても助けられた。文化に触れ、知識を得てなければ、当初の予定も大幅に遅れを生じていたはずである。


「律ー!宿題みへてーー」


「律おはよー」


その後も数人の友人と会話をし、担任が来るのを待つ。


「席つけぇー、出席とるぞー」


 気怠げそうな態度である。本当にこれでも先生なのかと言わんばかりのオーラが全身から溢れ出ている。知識と実際のところの差が違うとはよくいったものだ。教師という仕事も大変なのであろう。

 そうこう考えていると一時間目がやってくる。科目は体育。一時間目から正気を疑う。いくら魔法で疲労を回復できるからといって、周りと同じように疲れていなければまず間違いなく疑われる。そのためにも常日頃から魔法を使うのを極力避けているのにも関わらず、一時間目に体育なんて。


「律ー、今日調子よさそうだな?」


「確かに!なんかいつも寝てるのに今日は目ぱっちり!」


 そりゃそうだろう。なんたって今日は本国からの...おっと、読者の諸君にはまだ早い。心のうちに秘めておくとしよう。


「えぇー?いつもこんなんよ?どんなイメージなんさ?」


「んー...目瞑った時はゴマフアザラシ」


「そんなかわいくねーだろ!!」


 なんの話だろうか。


「もーそんなこといいから。ほら、先生呼んでるから行くぞー!」


 相変わらず地球の人間とは何を考えているのかわからない。喜怒哀楽が激しいにも関わらず、どんな結果が来るのか分かっていることを挑戦したがる。それを勇敢と捉えるのか、蛮勇と捉えるのか...真偽は人それぞれなのだろう。

 

 1限目、2限目、3限目、4限目と授業を終え、昼食を食べる。卵焼きにウインナー。煮物にほうれん草のおひたし。色あえも栄養バランスも完璧だ。地球では栄養を気にしてる人間が多いと聞く。そんなもの、向こうに戻れば、マルコフの涙やエルキスの実を食べれば補えるというのに、なんとも手間がかかる世界だ。


 昼食を終え、窓の外の世界を見つめる。車が行き交い、あるものは仕事へ、あるものは買い物へ、あるものは歓楽街へと三者三様に移動する。この世界に来てからというもの、案外ここの人間も向こうの人と変わらないのではないかと思い始めてきた。朝起きて、ご飯を食べて、仕事をして、家族と共に過ごし、眠りにつく。...ほぼ一緒じゃないか。やはり噂というのは当てにならんな。


 椅子から立ち上がり、窓の近くによる。鳥が飛び、草木が揺れ、心地よい風が髪をなびく。さて、ここまではいつもの日常生活である。いつものように登校し、昼食を食べ、午後からまた授業を受け、家に帰って予習復習もほどほどに就寝する。

 本来ならば今日も例外なくそうなるだろう。そうなることが平和なんだろう。日常生活と言うのはあまりに儚く散っていく。家に帰れば家族がいて、あったかいご飯があるのも、ある意味、奇跡の連続で成し得ているのではないだろうか。


「おい、なんだよ...あれ...」


 周囲が騒然とし始める。時刻はちょうど13時になったところ。先ほどから見ていた外の風景は一変し、空に亀裂が入ったかのようなヒビが見える。

 そのヒビは少しずつ伝染するように伝わり、やがて小さな穴を生み出す。


(あーあーテストテスト、聞こえてますか?エレセ魔君?聞こえてたら返事をお願いします)


 ヒビが広がるとすぐに脳内に伝わる声。懐かしい声だ。おそらく副団長のミスラさんだろう。2年半という歳月が経っても声は変わらない。...成人していれば2年半ではそもそも声変わりなんてそうそうないか。


(聞こえてます。お久しぶりです。副団長。)


(お!エレセ君~!良かったですよ~!とんずらされたかと~)


 失礼にも程があるだろ。


(久しぶりの通信で開口1番それとは...)


(説教はいいんで要点だけね!とりあえず脳内回線は繋げられたけど一時的なものなのですぐに切れます。次繋がる時までにやってほしいことまとめて送ったので確認しといてね!あ、あと...)


 最後の言葉を聞く前に脳内にノイズが走る。なるほど。本当に一瞬だけだったのか。確かに空を見ればヒビの亀裂が止まり、逆に治っていっているようにも見える。しかし、それとは反対に亀裂の隙間から何かが大量に流れ込んでいるのが見える。それは羽がついていて鳥のように見えるが、明らかに発達しすぎている四肢や尻尾がついている。おそらく始まったのだろう。

 スマホを見ると、先ほど副団長が送ったと思われるデータが届いている。容量は脅威の6ギガである。文章と写真だけでそこまでいくとは...開くのが怖い。


 ため息をつきながら携帯をポッケにしまい、これからのことを考えながら鞄を背負う。最近まぶたがピクピクしているのは疲れなのか?仕方ない、仕事である以上、任務を真っ当しなければ。


 慌ただしく人が出入りする教室、声を荒げて避難誘導する教員、危険を感じたのか群れをなして飛び立つ鳥達。そんな中、エレセは1人呟く。


「...あ、ガスの元栓閉めたよね....」

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