第41話 取引

「父は佐伯君と私が良い感じになるのを望んでるって事よね?それなら、そうしましょう」

「はい?」


私はニッコリと笑うと、佐伯君の腕に自分の腕を回す。


「アナタは私の婚約者だって公表するの。私達はお互いに好意を寄せあってるって事で父には話して。そしたらアナタは婚約者だから同じ屋根の下で暮らせる。

ね?そしたら、私の事守れるでしょ?」

「それってさ、自分で他の出会いを潰してないか?俺と婚約って…他の男と交流もつ事できないだろ?恋愛したいんじゃなかったっけ?」


呆れ顔の彼。でも、私はニコリとしてしまう。


「恋愛は…したいけど、恋愛よりも普通に接する事ができれば良いんだよね。

恋愛は…蓮君が…私の事をちゃんと1人の女性として大事に扱ってくれれば…蓮君と恋愛が成り立てば、それで良いんだもん」

「俺の立場ないだろ、それ」

「あくまでも、佐伯君は婚約者候補って事で良いじゃない」

「勝手だな…」

「勝手だよ?勝手なお願いってわかってる」


それでもお願いするしかないじゃない。


「はぁ…わかった。良いよ、その勝手な申し出…受け入れてやるよ」


髪の毛をクシャリと掻き上げると、佐伯君は大きく溜息をつき私を見た。

その姿は大人びて見えて、色気を感じた。


「ありがとう」


嬉しくて、無邪気に掴まっていた腕に抱きつく。久しぶりにテンションが上がった様な気がする。


「そのかわり忘れるなよ。俺を婚約者候補として扱うという事は、俺も恋愛対象者だって事を。ないがしろにされるのはしゃくだし、世間的にも恋人のフリが必要だって事も」

「佐伯君にとって、私は恋愛対象?」

「女は全員、恋愛対象。美空に恋しないとは言い切れないだろ?その時はオマエもちゃんと向き合えよ」


そうですか…と、思わず苦笑い。


「ねぇ恋人のフリってどこまで?」

「必要あれば、キスだってする…だろ?」

「…必要…あれば…ね…」


それは仕方がない。だって…婚約者(仮)なんだものね。


「じゃあ、そういう契約で」

「おう」

「善は急げで今から、お父さん所に行くよ!」

「…ちっ…」


憂鬱ゆううつそうに項垂うなだれて渋々歩く彼を私はグイグイと引っ張る。

舌打ちだなんて…これは佐伯君の隠れ本性だね。

心の中で申し訳ないと思いながらも、これで私は踏み出せると喜びは隠せない。


「今から大地って呼ぶね?」

「はいはい」



*****


授業をそっちのけで、理事長室に向かう。


「……もう授業始まっていないか?」


呆れ顔の父。でも溜息をつく程度で怒る事はない。きっと自分もサボリ癖があったのかもしれない…と、内心思った。


「で?2人でどうした?」


持っていた資料を机に置くと、父は私達を交互に見てくる。

少しだけ…緊張してる。勢いよく来てみたものの、何て言うべきか悩んだ。


「美空が例の話、承諾しましたよ」


大地がニコリと微笑む。


(ん?例の話って何だ?)

私は引っ掛かりを感じる。


「そうか。それなら、すぐにでもコチラに移動すると良い」


父は驚きながらも、ニコニコとしていた。私だけ話が見えない。


「では、今日の放課後にでも移らせてもらいます」


そう言うと、早々と理事長室を出る。これは…。


「どういう事?実はすでに、お父さんと約束をしてたの?」

「まぁね」


(やられた…この男…)


「美空が言ってくるまでもなく、すでにキミの父親とは話がついてる。多分、キミが言わなくても今週中には同居の話は出てたと思うよ?」


(…それって…何に警戒してるんだろう。蓮君?)


「っていうかさ、キミ達は鼻が利くんだろ?ということはさ、キミの父親は知っててもおかしくないだろう。既にキミが処女じゃないって事もそうだけど…【姫】は昂ると匂いが濃くなるんだよな?つまり…頻繁な行為も知ってると思わないか?」


(…そう…だった)

純潔な吸血鬼ほどニオイに敏感で、父は半血だけど純血に近いって聞いたことがあって…つまり、ニオイにも敏感なわけで…。

私自身はあまりニオイとか意識した事なかったけど。


「キミの相手って彼しかいないだろ。屋敷内にいるのはわかってるんだ。そして頻繁に匂いを濃くすれば…気にかかるんじゃないか?恋人だと公表しているわけじゃない。強要されているんじゃないか…」

「そこまで…わかってて…何も言ってくれないんだ…お父さん」


そこまで推理してるなら…蓮君に注意してくれても良いのに。何で対応してくれないんだろう…酷くない?何か理由があるのかな?

対応策が大地なのか。


「それってさ、つまりは…元々が蓮君の監視役って事だったの?」

「まぁ、そうだね」

「そっか…」


(なるほどね)

私の知らないところで、知らない事が起こってる。父は、蓮君に何か警戒してるって事なのかな…。

(やっぱり、蓮君は次期族長を狙ってるのかな…もしかして)






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