第32話 美空

3月も残りわずかな頃、桜の花はほぼ満開に近かった。今年は少し早い開花だ。


私は大きなオナカを抱えて庭園にいた。

子供の潜在能力の影響なのか、私にやたらと負担がかかっていた。


妊娠初期、最初の1ヶ月間はとにかく眠くて仕方がなかった。防衛本能が働いているのかっていうほど、突然眠りに誘われる。

学校に行くのもままならなくて…結局、退学する事になった。どのみち、この先に復学するのも難しいってわかってるから…仕方がない。

ただ、愁先輩の計らいで勉強だけはできている。


寮を出て、私は愁先輩の部屋で一緒に暮らし始めた。入籍はまだ出来ないけど、心はもう夫婦だから。月村の屋敷で、家庭学習をさせてもらっている。凄い贅沢だって思ったけど知識は欲しい。


ツワリも出てくると激しくて、結構長かった。

子供を生むのって色々と大変だって実感する。自分だけの体じゃないんだっていうのも感じる。


胎動を感じるようになってから自分が母親なんだって改めて思った。愛しくて、ついオナカに触れて話しかける。

例え、愁先輩が忙しくてあまり交流が持てなくても…寂しいという心を和らげてくれた。


****


庭園で空を見上げて風を感じる。去年も同じ色の空をしていた。

でも…同じ空なのに、私の人生は大きく変化した。


「今頃、お父様は学校の方でお勉強中かな?」


学校の時間帯は、学校で勉強。放課後は【月村の後継者】として、これまでの歴史や知識を引き継いでいる。


一緒に過ごす時間は、夕食後から早朝まで。

でも、今までだって違う場所に住んでたのだから会っている時間は少なかった。むしろ今の方が長いハズ。そう考えれば、幸せだ。


「!!?」


私は咄嗟にオナカを押さえた。

微妙に感じる腹痛。急激な痛みじゃないけど…若干の張りを感じる。生理痛のような鈍痛。



「【姫】ちゃん…もう出て来るの?」


私は痛みが本格的になる前にと屋敷に戻る事にした。大きく息を吐き、気合を入れて歩き出す。

正直怖いのだけど…この日を迎えなければならない。


「【姫】ちゃん、スルリと出て来てね」


自分の願望をオナカの子に向かって囁く。できれば、超安産でお願いしたい。


部屋に戻るまでの間に、陣痛は確かなものに変わっていった。


「!!」


痛みがさっきよりも強い。私は時計を確認する。


「菜月さん戻ってる?」


部屋の外から葵さんの声がした。


「は…い…」


私は力なく返事した。痛みで…うまく声が出ない。


「どうかしたの?」


葵さんは部屋の扉を開けると、私の方を確認する。


「もしかして…陣痛…きてる?」

「…多分?」

「ちょ…ちょっと待っててね、主治医を呼ぶから!!」


葵さんは慌てて部屋を飛び出した。

【月村】は人間じゃないから…一族内に医師が存在する。助産師も同じ。


「っ痛…」


まだ我慢できる。

(これくらいなら…でも…やっぱり怖いな…)

正直不安でいっぱいだ。


****


時間が経つにつれて感覚が短くなる。どれくらいの時間が経過したのだろう。

陣痛が始まった時は午前中だったのに…今はもう外は暗い。

すぐに生まれる事はないからと、愁先輩には連絡してなくて…帰宅後に私が陣痛で苦しんでいたから驚いていた。そこからずっと、私の横で手を繋いでくれている。


陣痛の波は容赦なく私を襲う。

腰が痛い…オナカが締め付けられる。涙が出てくる…。余裕なんて全くない。


「ああああぁああぁっ!!!」


叫ばずにはいられない。余計な体力を使う事になるのはわかるけど、痛みを誤魔化したいのだ。

この痛みに比べれば、血を吸われた時の痛みなんて全然余裕。

早くこの痛みの元を出したい一心だった。下に下りてきているのがわかる。出てこようとしているのが、わかる。


「頭、見えてますよ!!もう少しですよ、頑張って!!」

「菜月」


愁先輩の握る手に力が入る。


「くっ!!ああぁ―――――――――っ!!!」


痛みに耐えられず、力いっぱい排出しようと息む。

(もう無理っ!!)

そう思った瞬間…スルンっとオナカが軽くなった。

呼吸が荒くて、意識が朦朧とする。

お腹の痛みが軽くなると…限界まで広げられた股関節が痛くて仕方がない。

そんな事を考える余裕が出来ると同時だった。


「おぎゃぁ――っ」

「!!!」


その声に、私の意識は戻って来た。

取り上げられ、体を拭かれた赤ん坊を助産師さんは私の胸の上に寝かせる。


「姫様ですよ」


私はシワシワの赤ん坊をそっと抱きしめた。たった今生まれてきた、その子を。


「菜月…ありがとう…」


私と赤ん坊に優しく触れる愁先輩。凄く嬉しくて感動して涙が溢れた。

世界が変わった様なそんな気がした。


「愁…外が明るいね…」


少しだけ余裕ができて、声をかける。この日の全てを憶えておく為に。

どんな日に、どんな風に生まれたのか、後々話せるように。


「今日は満月だからね。外は…キレイな夜空だよ」


22時35分…約12時間の陣痛で生まれたこの子。桜が満開の3月27日。


「月村…美空みそら

「美空…」


この子の名前は【美空】私達の宝物。


「美空…無事に生まれて来てくれて、ありがとう」


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