第30話 吸血鬼の血

「ダメだってば!殺さないで!!」


私は必死だった。愁先輩に人殺しになって欲しくない。

でも、意識が怒りに満ち溢れていて声が届いていないみたいだった。



(私の声…届かないの??)

どうしたら…と思った瞬間、下腹部がトクンとなった。


「あ…赤ちゃん…デキたの…」

「…え?」


愁先輩の動きが緩まった。私はソッと下腹部に触れる。


「赤ちゃん…デキたみたい」


もう一度、私は伝えた。

愁先輩はジッと私を見つめている。


「!?」


そして何かに気付いて驚いている様子だった。

蓮先輩は愁先輩から距離を取りながら発言する。


「彼女も長の座も愁にくれてやるよ。ただ…その子供を俺によこせ」

「…」


愁先輩は無言で蓮先輩を見た。


「この子…【姫】を俺によこすだけだ、簡単な話だろ?」


(この子も…私と同じ【姫】なの?つまり…同じ)

「それって、蓮先輩の餌になれって事ですよね?」


私は首を横に振る。そんな理由でこの子を危険に晒したくはない。


「確かに…姫の血の匂いがする。菜月から菜月の血以外に…【姫】の匂い…」

「匂い?じゃあ…やっぱり危険じゃないですか!吸血鬼達に狙われるんだ」


赤ちゃんがデキて嬉しいのに、この子には大変な思いをさせると思うと苦しい。


「いや、今まで吸血鬼の中で【姫】は誕生した事ないんだ。前例がない。

だけどその子は間違いなく吸血鬼の血を持つ子供だから…その子は…狙われない」

「え?…本当ですか?」

「ああ。同族内での吸血は出来ないんだ。同族の血は毒と同じ様なものなんだ」

「え?…毒?」


(どういう事?毒って何?)


「吸血鬼の血を摂取は出来ないのは…その血が強すぎて摂取した者の細胞を破壊してしまうからなんだ。

つまり死を招いてしまう。だから…」

「だから祖父は葵さんの血を吸わないんだ。

彼女以外の血を吸わないと心に決め、彼女と生涯を終える為…」


蓮先輩が捕捉してくる。

(それって…)


「愁も同じ道を進むんだろ。愁も彼女以外の血を吸うつもりもないだろうし…彼女を仲間に引き込むならば、彼女の血を吸う事も出来ない。

それはつまり、祖父と同じ道。

結局、愁は永く長として君臨する事はないだろうね…」


蓮先輩の言葉に私は愁先輩を確認する。何の反応もなく、ただ黙っている。


「愁は俺らの半分しか生きない。だとしたら…その先の長はどうする?後継者はどうなる?男が生まれるまで彼女に産ませ続けるか?」

「…」


(男の子が生まれるまで?)


でも…葵さんはデキにくくなったと言っていた。私だってそうかもしれない。

男の子が生まれる保証はないのに…。


「あの…蓮先輩は…何でそんな事を…。この子をどうして欲しいって思うの?」


その真意は何?どうしてそんな話を今するのだろう。


「俺は自分の伴侶は一族の者だと決めている。俺にとって人間は餌でしかないからね。

だったら、欲しいと思うだろ?【姫】の血を持ちながらも同族の娘…必ず、その子が愁の後継者になるはずだ」


まだ生まれて来ていないこの子が…そういう運命になる…。この子は進むべき道が決まっている。

(それって少し寂しい)


「私は、嫌です…」


ボソリと呟き、俯く。


「自分の子供が政略結婚させられるなんて…嫌です。私は、自分の子供にはちゃんと恋愛して結婚してほしい。

蓮先輩は…この子を愛してくれるとは思えないです!!」


言いたい事を伝えると私は急いで制服をまとい、その場から離れる。

もう、この話はしたくなかった。


(まだ生まれていないのに…決まっていく未来なんて…)

私は自由に育ってほしいと思うから耐えられない。



*****



保健室を出て、私は屋上に向かった。とにかく息苦しくて、空を見上げたかったから。


「空…気持ち良いよ…」


大きく深呼吸をして、風を感じる。


「宿命を背負ってるって…物語ではカッコいいのに…現実だと身動き出来ない感じで…息苦しいね」


私はお腹に触れ話しかける。


「宿命を背負うなら…自由に選択肢を選んでほしい。決められた道ではなくて、自分で進む道を選んでほしいんだ…」

「それは、俺も同感だな」


背後からの声に振り返ると、愁先輩が微笑みながら立っていた。


「先輩…」

「何か…不思議な感覚だよ。マジで?っていう思いと、やった!!っていう思いで落ち着かない。

でも…凄い嬉しい」


愁先輩は私を優しく抱きしめた。

だけど…私は罪悪感でいっぱいだった。


「あの…先輩…ごめんなさい…私…」

「菜月が悪いわけじゃない」

「でも、私が油断したから…」

「傷ついてるのは…菜月だろ…」



私は強く、先輩を抱きしめ返す。この温もりが愛しい。

愛しくて、愛しくて…涙が零れた。




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