第10話 思いがけない取引

「一つ、僕の願いを聞き入れてくれるかな?」

「…何ですか?」


私はビクッとした。大変な事だったらと思うと…不安だった。


「キミの血を…一滴で良いから」


理事長は真剣な表情をしていた。


「愁の口に含ませてくれないかな」

「え?それって…」

「体内に…取り込ませてほしい」


(どういう事?)


真意がわからなかった。


「全ては僕の願いが叶ったら…キミの願いを聞き入れるよ」


理事長との取引…私の血が愁先輩にどういう影響を及ぼすというのだろうか…。


正直、迷ってる。

もし私の血を体内に取り込んだとしたら…愁先輩に何か変化があるのだろうか。


変化…それって吸血鬼に目覚めるという事じゃないだろうか。他に思い当たる事ないし…。


(でも、私の血である必要あるのかなぁ…)



*****



「最近、菜月ボンヤリしてるね」

「え?」


図書館で課題をこなす私に付き合って、愁先輩が本を読んでいた。周囲には他に誰もいない。

本当にここの図書館って穴場。何かに没頭するのに最適な場所。


「あ…えっと…自分の血の事を考えていて…」

「何?」

「私の血って…他の人より美味しいだけで、特にそれ以上の特殊な事ってないんですよね?」

「うん、そう聞いてるけど?まぁ活力は養えるみたいだから…美味しい栄養ドリンクみたいな感じじゃないか?」


(栄養ドリンク…ですか…)

やっぱり、わからない。


「愁先輩は…17歳になるまでに目覚めなければ…人間として生きていけるんですか?」

「まぁね」

「どちらを望んでます?」


愁先輩がジッと私を見た。


「正直、わからない」

「わからない?」

「俺が吸血鬼になったとしても…俺は純血じゃないから、菜月を守れるわけじゃないし…。

だからといって人間でいれば…下級の吸血鬼からさえも守れない」


私の心が締め付けられる。


「愁先輩は…私を守る事だけしか考えていないんですか?自分の人生ですよ?」


私の為に犠牲になって欲しくはないのに。


「俺は…菜月に出会うために…月村の家に生まれたって思ってる。

初めて出会った時から…そう感じていたんだ。俺の気持ちは確実に日々…成長してるよ」

「先輩?」


優しい瞳に吸い寄せられる。私も同じ気持ちだって思った。


「あの日…運命を感じた。俺は必ず菜月と再会して…恋をするって。一緒にいるうちに…それは本物になったよ。菜月…好きだよ。心から…」


愁先輩からの告白に胸が跳ねる。こんな嬉しいことないよ。


「愁先輩…好きです…私も」


引き合うかのように唇を重ねる。心地の良い…満たされるキス。

感極まって涙が出そうだった。


「菜月…泣いてる?」

「…嬉しくて…」


照れ隠しにワタワタしてしまい、焦った動きにノートが逆に散らばってしまう。


「痛いっ!」


私は咄嗟に手を引っ込めた。


「どうした?」


左の人差し指から血が滲んでいた。


「ノートの角で切れちゃったみたいです…」

「あー…紙で切ると痛いよね…」


愁先輩は私の手を取ると、傷口を確認する。そして、その指にチュッと吸い付いた。


「せ…先輩!!」


私はかなり焦った。焦って腕を引っ込める。


「あ…ごめん」


愁先輩もハッとしていた。凄く緊張している。

だって…事故とはいえ理事長の要望を叶えてしまったから。


「愁先輩…何ともないですか?」

「え?特には…何で?」


混乱した。

(いつ…どこで…どうなるの?)

動悸が止まらない…。不安が…私を満たす。



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