五話:お守りをあげる

「カミサマ。カミサマは、人を消すことが出来ますか? 私が消えたいって、消してほしいと言ったら……叶えてくれますか?」

「……何か勘違いをしているようだが。俺は確かに、そういった力が……。けれど、そう簡単に他者の願いを叶えてやるつもりはないんだ。だがお前が思うならば、その通りにしてやろう。透子の願いならば、なんだって叶えてみせるとも……ああそれとも、あいつらを消す方が早いのではないか?」

「あ、ありがとうございます。消えたい気持ちはあるけれど、でも……それ以上に、モヤモヤした気持ちの正体を知りたくて」


 ある日の放課後。私はふと思いついたことを、包み隠すことなくカミサマにぶつけてみた。

 彼は少し驚いたような表情を見せた後、やれやれと言った様子で私の問いかけに答える。

 消えてしまいたい気持ちは本当だけれども、それ以上にこちらを解決したいという気持ちの方が強い。だからこの質問も、今すぐに叶えてほしいわけではなく……もしものときに備えた、保険のようなものだ。

 どうせ消えるならば、カミサマの手で消してほしいって、そう思ったからさ。


「まだ思い出してくれないものか……。もう少しヒントを与えてもいいものか? いや、けれど……」

「カミサマ?」

「はぁ……仕方ない、最終手段だ。お前にこれをやろう」


 カミサマが袖から取り出したのは、小さな球体だった。今にも折れそうなほど細い手首を握られ、向けた手のひらへと優しく丁寧に置かれる。

 ビー玉にも、ガラス玉にも似たそれは、煌々と燃えさかる炎のように赤い輝きを放っていた。

 ……少し嫌だったけれど、私の目の色に似ている気がした。けれど同時に、これはカミサマの瞳の色でもある。そう考えたら、悪くはないかな。


「これは一体……?」

「お守りのようなものだと思えばいい」

「お守り、ですか」

「肌身離さず持っていろ。必ずお前に”いいこと”をもたらしてくれる、魔法の玉だ」

「……ありがとうございます」


 ”いいこと”が一体何なのか、聞いてみたところでカミサマは教えてくれない。それはこの数日間に渡る交流の末、私が学んだことだった。きっと、自分の目で確かめろって、そういうことなんだろうな。

 カミサマからの贈り物。大事に大事に、制服の胸ポケットへとしまい込んだ。


「触れてもいいか?」

「カミサマなら、いいですよ」


 体温の低い、ひんやりとした手が私の頬を撫でる。指先が下のまぶたをゆっくりなぞって、目尻へと優しく添えられる。


「透子。お前はすごく綺麗な目をしている」


 バリトンの心地よい音色は、私のすさんだ心を癒やしてくれるかのようだった。

 同じような言葉でも、あの人に言われるより、何倍だって嬉しい。


「あぁ可哀想な透子。頼む、早く早く、俺の元へ堕ちてきてくれないか」


 カミサマが徐々に顔を近づけてくる。こつん、と音を立て額が合わさった。

 まるで恋人同士が愛情を確かめ合うようなその行為に、抱いたのは嫌悪よりも幸福だった。

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