第8話 討伐

 「あらら、かなり派手にやったのね」


森の中にかなり深手を負った狼を見てメリスが呟く。人間がここまでの力があるとは、数百年という時間は人間にこれ程の力を与えたようだ。


「でもまだ生きてる。知能か本能か探知から逃れたようね」


かなりの消耗具合だがこのまま放置しているとまた人間を襲うだろう。ならばその前に消してしまおう。


闇魔法 デビルダンス


死にかけていた狼の周辺に黒が広がりやがて狼を闇へと沈めていった。塵一つ遺さないように。


「うわぁ、何度見てもおぞましい魔法ね」


「あなた、いつまでついてくるつもり?」


私は悪魔のような所業に耐えきれず思わず飛び出してきたけど、何故かメリスまでもいつの間にかついてきてる。途中で帰るのはこれまでも他の魔女とかやってきたけど、今回は訳が違う。あいつらの楽しみを壊しに行くのだから。確実に反感を買うし、もしフラムを激怒させたらって思うと悪寒がはしる。


「わかってるの? 私は今からすることを」


メリスのことは嫌いだけど私の勝手に付き合わせるつもりはない。


「今ならまだ私一人の行動で終わる。帰って他の魔女の様子でも見てな」


「嫌です帰りません。あと分かっていますよ、これからする事が私達にどんなことを呼び寄せるのか」


「わかっているならなぜ?」


「別に...どっ、どうでもいいでしょ! 気になるなら貴方の魔法で記憶を読めばいいじゃない!」


「何怒ってるのよ」


「怒ってません!」


そんな顔を赤くしてまで怒らなくてもいいじゃん心配しただけなのに。そんなに私のことが嫌いなのね。まぁ私も嫌いだけど。


「さて、後始末も終わったし暴れるか。メリスは姿が見られないように隠れてな」


「問題ありません。空の使い魔には幻視を付与しました。今頃あの目には蹂躙されつつある王国が視えてるとこでしょう」


そうだった、この魔女はそういう魔女だった。だから平気なんだ。私の魔法とは扱いやすさが段違いだ。


「じゃあ遠慮なくいきますか」


手始めにこの大量の魔獣の処理から始めよう。


 暗い、冷たい、重い

まるで底のない湖に沈んでいくようだ。でも苦しくはない、ただ深く沈んでいく感覚だけが体を走り回る。

私、このまま死んじゃうのかな?


嫌だ、まだ死にたくない。

まだ立派な魔法使いになってない!

まだお師さまの隣にすら立ててない!

まだグレンとの約束を果たせてない!

まだアリス達と...騎士団の人と一緒にいたい!

まだ、生きていたい!


強く願った。まだ終われない、終わりたくない。

その時、沈んでいただけの体が動いた。そして暗闇しかなかった世界に小さく光が灯る。

あそこだ。私が行くべき場所はあの光の先に。

必死に進んだ、重い足を動かして、上がらない腕を上げて、破そうな胸を抑え込んで。

しかし、光に近づくことはなく。ただ私が無駄な抵抗をし続けているだけであった。

これが人間の限界、どんなに練習を積んでも消える時はあっさり消え去ってしまう。例外は無いのだ。

やがて私の体も動かなくなっていく。諦めたくないのに、体が勝手に諦めてしまう。

ふざけるな私! 動けよ! 動いてよ! なに勝手に諦めるのよ! まだ...まだ!


「何かあるだろ私ー!!」


初めこの世界で声が出た。その声に応えるように光が強さを増していく。

その光から何かが漏れ出してきている。漏れ出したものは私の方へ伸びて、私を包んでいく。


「これは花?」


周りを観察しているとふと足元に感覚が戻る。足元には花の床が出来ていてそれは光へ続いている


「これなら戻れる」


私は光へ駆け出していく。次第に光に包まれていく感覚を残して

私は目を覚ました。

グレンに下ろしてもらった場所だ。戻ってきた、帰ってこれた!

嬉しさのあまり勢いよく立ち上がってしまった。やばいと思う間もなく私は体の違和感に気づく。


「なんだか魔力がみなぎってくる」


空っぽ同然の魔力が満たされている。いいや増えている、以前よりも魔力の限界値が大幅に増えている気がする。


「行かないと」


自分の体に何が起きたのか気になるけど今はそんな場合じゃない。グレンの元へ行かないと。

私は走り出した。その足跡に咲く花に気づかないまま。


 あれからどれくらい経った? 未だに応援は来ない、2人で耐えられる時間ももう無い。


「はぁ...はぁ....うぐっ!」


「グレン、一旦下がれ。前に出すぎだ」


「ですが、このまま後手に回っては」


「他の騎士達が来るまでの辛抱だ」


グレンも限界、私も未来視に脳の処理速度が追いついてない。

限界を感じ始めた頃、後ろに異変を感じて振り返ると王国が微かに光に包まれていた。


「なんだ...あれは?」


「団長!」


よそ見していたせいで魔獣がすぐそこまで来ていた。


「しまった!」


避けれない、防御も間に合わない。これはもろに食らう。


「させるかぁ!」


聖剣技 シャイニングスター


間一髪グレンが倒してくれたが今度はグレンが危ない。かなり無理矢理放ったのだろう。着地の体勢がかなり悪い。魔獣もグレンの隙を逃すつもりはないようだ。


「グレン! クソっ、邪魔だ退け!」


グレンと分断されてしまった。これは本格的にまずい状況かもしれないな。傍から見たら完全に詰みの状況だ、でも間に合った。


氷魔法 アイスフィールド


「良かった。間に合った!」


「ありがとう。ルーシー騎士」


「助かったぜ」


まだルーシー騎士1人しか来ていないが眼が言っている。私達はやり遂げたと。


「グレン、今度こそ下がれ。もう大丈夫だ」


「分かりました。ルーシー、頼んだぞ」


「任せて」


魔法使いがいるなら殲滅力もかなり上がる。この程度の雑魚は蹴散らせる。それじゃあ次に考えるべきはボスの事だな。今まで一度も姿を見せていない魔族。奇襲には要警戒、そして森から引きずり出す。


「団長、遅くなりました」


「いや、よく来てくれた」


「ルーシー、下がれ! 魔力も残ってないだろ!」


騎士団員の全員が揃った、この戦力でケリをつける。


「今から呼ぶ者は集まれ、それ以外の者は魔獣の処理に専念せよ!」


防御力の高い数名で森へ突撃、魔族を平原に引っ張り出す。そして最大火力を叩き込む。うーんなんて素直な作戦なんだ。我ながら疲れているのをヒシヒシと感じる。

そして突撃隊が編成できた。私を先頭に3名の布陣で行く。


「道は私が拓く。続け!」


剣技 未来斬り


大きく剣を振り下ろして未来を斬り裂く。これで進める。


「突撃!」


まっすぐ魔獣の群れを突き進む。何度も噛み付こうとした魔獣が切り刻まれて私達の道をつくる。

森に入ってからは常に未来視を続けて攻撃に備える。攻撃は森に入って少ししたところできた。


「防御!」


未来視で攻撃を視て他の仲間に知らせる。全員が構えた瞬間、鋭い爪が襲ってきた。


「予知通り、このまま引きつけろ!」


慎重に後退して広いところに誘きよせる。

姿こそ見えずとも魔力で感じる。ちゃんとヤツはこちらをロックオンしている。

何度も攻撃を防いでやっと広いところまできた。

あと少しというところで眼に限界がきてしまった


「うぅ...こんな時に!」


思わず膝をついて俯いてしまった。魔族がこのタイミングを逃す訳がない。急がねば、早く他の2人を安全なところに!


「すまん! 急いで後退するんだ!」


思わず2人を外に押し出して命令を下す。

そして私が最後に背中からの激痛と宙に浮く体の感覚と一瞬だけ映る仲間の驚愕の表情を見た。


 団長が切り裂かれた。俺は後ろで回復していたからよく見えた。見えてしまった。地面に落ちた団長はピクリとも動かない。ただ地面を紅く染めているだけだ。確実に重症だ、すぐに治療しないと


「団長!」


その光景は我々の戦意を大きく削ぐには十分すぎるもので今まで優勢だった戦況が一気に劣勢にまで追い込まれた。驚きや恐怖で全員が防御に回ったせいで押し込まれる形になってしまった。

俺も充分回復した、団長を助けないと!

立ち上がって前へ行こうとすると手を掴まれた。


「お願い、行かなで。ここにいて」


よく知っている声のようで聞いた事のない声が聞こえた。


「ダメだ。団長を助けに行かないと」


「グレンも死んじゃう!」


初めてこんな声で必死にお願いされた。いつもはそんなか弱い声なんて出さないのに。


「ねぇ、逃げようよ。どこか遠くで2人で暮らそう?」


悪くない。お前と2人で暮らすのもいいと思う。ただ1つ文句があるとするなら...


「それも悪くはない、けどな俺はこの国が好きだ」


俺の手を握る力が強くなっていくのを感じる。だが気にせずに続ける


「この国でお前といたい。ずっと一緒に」


俺はちゃんと向き合って俺を引き止める犯人と顔を見合せた。


「だから行かせてくれ、ルーシー」


ルーシーは頷くと涙を流しながら俺の手を離した


「絶対に帰ってきてね」


「あぁ、帰ってるさ」


俺は前線へ戻った。それまで決して振り返ることはなかった。俺の決意が揺るがないために。


「隊長、団長が!」


「分かってる、早く助けに行くぞ。それと! 何ビビってんだ! シャキッとしろ! それでも騎士か!」


向こうには団長と一緒に突撃した騎士2人が魔族と戦闘中、急がないと手遅れになる。俺達にとって団長という光は失う訳にはいかない。


「魔法攻撃出来る者は奥の魔獣に仕掛けろ! 戦線の維持は前衛騎士に任せろ!」


魔獣は多いが強くはない、道を塞がれても無理矢理こじ開けれる。俺一人ならまだ向こうに行ける。


光魔法 ライトステップ


最速で団長達の元へ辿り着いた。魔族の攻撃を防ぎながら2人に団長を運ぶように指示をする。


「無茶です1人で魔族の空いてをするなんて!」


「それなら私達3人で魔族を」


「いいから運べ!」


行く手を阻む魔獣は魔法攻撃で片付けられる。あとは俺がこの魔族を抑えれば団長は助かる!


「グッ! 流石の重さ、魔力が切れかかってる俺にはちと響くぜ」


団長達は無事に戻れたらしい。あとは俺がどうなるかだな。正直この状況で生きて帰れるとは思ってはいない。ルーシーには悪いと思うが俺は変えるつもりはない。ここで団長が回復するだけの時間をなるべく稼いでみせる。

数多の攻撃が俺に襲いかかる。致命傷こそ避けているが防ぎきれなかったのかかすり傷ができてきた。体力も限界、もう腕が上がらない。


「ごめん、結局俺は約束を守れない馬鹿野郎だよ」


もう体が動かない、目の前まで攻撃が来ているのにそれを眺めているだけしかできない。これは死んだな。あ、そういえばユウキの言い訳も聞いてやれないな。最後の最後で2個も約束を破るのかこれはこの後怒られるな。ごめんよ。

目を閉じてその時を待つ。

しかしその時は訪れることはなかった。目を開けるとそこには無数の花で縛られた魔族の姿があった。


「これは...いったい....」


地面には満開の花々、風に乗せられて空には花弁が舞い散る。魔族だけではなく魔獣も動きが止まっている。なんなんだこれは?

 危機に陥ったグレンを見て思わず発動してしまったがこの魔法はなんだ? お師さまからこんな魔法教えてもらってない。


「つまりこの魔法は私の...」


「ユウキちゃん!」


物思いにふけっているとアリス達が駆け寄ってきた。無事で何よりだ。


「これユウキちゃんがやったの!?」


「う、うん」


「初めてみます。あなたの特殊魔法ですか?」


「まあ、そんな感じ?」


「そんなものがあるなら先に言ってよ〜」


「ごめんなさい。私も知らなくて」


おっと、話している暇はないんだった。とりあえずこの場にいる人を回復しないと。


春の魔法 春の贈り物


「これは、魔力が戻っていく」


「傷も治ってるし」


「よーし!元気が湧いてきた!」


「じゃあグレンを助けようか」


動きを止めた魔獣達は既に花へと変わってあとは魔族一体だけだ。ただもうそろそろ拘束が破られるからグレンを避難させないと。


「グレン!」


「ユウキ! これはお前が?」


「話は後です下がりますよ!」


付き添いで来てくれた騎士さんにグレンを運んでもらい、とりあえず全員の治療が終了した。団長さんももうすぐ目を覚ますはず。

ちなみにグレンは戻ったらルーシーにすごく怒られてた。でも2人ともなんだか嬉しそうだ。


「おい、魔族が動き出したぞ!」


拘束も限界か、どれくらいの魔力を吸えただろうか、あいつはどれくらいで倒せるのだろうか?

まぁそんなの関係ないか。一撃で沈める。


春の魔法 桜花


魔法を発動すると私を中心に横に大量の花が咲くと花一つ一つで攻撃した。あっという間に魔族は蜂の巣のように撃ち抜かれてそのまま倒れた。


「やった! やったぞ!」


「勝った!」


「いよっしゃぁぁぁ!!」


様々な歓声が上がってみんな勝利を噛み締める。

私にもアリス達が抱きついてきて少し苦しい。


「ユウキちゃんすごいよ!」


「苦しいから離れて」


その後は怪我人の治療や避難民の解放など仕事もあったが怪我人はほとんどあの時治してしまったし避難民も素直に指示に従ってくれたので楽に終わった。


 北の方で莫大な魔力を感じたと思ったら魔獣達が逃げていく。


「あら、どうしたのかしら?」


「きっと終わったのですよ」


騎士団の人達と取引をして南側の魔獣を倒していたけど、ちゃんと倒してくれたようね。そしてあの子はこの国にいた事も分かった。

生きていて良かったわ。


「会いに行かないのですか?」


「いいわよ別に、それよりあなたはどうなの?」


私が質問をすると「なんのことです?」とか言いながら顔を背ける。


「わかってるでしょ? あなたの力を分けた人間がこの国にいるでしょ? 様子を見てあげなくてもいいの? ここに来てからずっとその子の眼に魔力を送ってたでしょ?」


「なっ!なんでそれを!?」


「あんたより断然長く生きているからね。そんくらい分かるさ」


「別に私はいいんだよ」


「じゃあお互い干渉せずに離れましょうか」


そうして私達はその場を離れた

後で騎士団達が呼びに来ても困るしね。

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