Crimson Echo
Ziem
Crimson Echos
港町には古い石畳が広がり、潮風が常に街中に漂っていた。遠くには青い海と船が見え、その向こうには切り立った崖がそびえている。この街は、どこか外国の港町を思わせる雰囲気を持っていたが、その美しさとは裏腹に、魔物という恐ろしい存在が人々の生活を脅かしていた。
魔物討伐隊はこの街で最も尊敬される職業だった。討伐隊員たちは街の平和を守るため、命がけで魔物に立ち向かう。そんな討伐隊を目指す若者が二人いた。男の子Aと女の子B、幼馴染の二人だ。二人は幼い頃からの付き合いで、常に一緒に行動し、互いを信頼し合っていた。
ある日、AとBはいつものように訓練場に向かっていた。ふたりが石畳の道を歩いていると、見慣れない少女が小さなバッグを持ち、街角で途方に暮れたように佇んでいるのが目に入った。
「ねえ、あの子……」Bが少し戸惑いながらAに耳打ちする。「見ない顔よね。もしかして、迷子?」
Aもその少女に気づき、軽く眉をしかめた。彼は迷うことなく少女のもとへ向かっていった。
「君、大丈夫か?」Aが優しい声で問いかけた。
少女、Cは驚いたように顔を上げた。彼女の目は疲れた様子で、どこか不安げだった。「あ……、ええと……。私は、ここの人じゃなくて……」言葉を途切れさせたCは視線を落とし、足元を見つめた。
「引っ越してきたの?」Bが優しく問いかけた。「どこか行きたい場所でもあるの?」
Cは少し躊躇しながら、小さく頷いた。「はい……でも、どこに行けばいいのか、まだよく分からなくて……」
Aはにっこり笑って言った。「なら、まずはこの街を案内してあげるよ! それから、もし君も魔物討伐隊に興味があるなら、僕たちが練習している場所にも連れて行ってあげる。どう?」
Cは驚いたように目を見開き、AとBの顔を交互に見つめた。彼女は初めて出会った優しさに戸惑っているようだったが、やがて小さく微笑んだ。「ありがとう……本当に……」
その後、三人は街中の小さなカフェに立ち寄ることにした。石畳の路地を抜けた先にあるカフェは、AとBがよく利用している場所だった。香ばしいパンの匂いが漂い、店内にはにぎやかな人々の声が響いていた。
「訓練の後は、ここに限るよな!」Aが笑いながら言った。
「そうね、あの厳しいトレーニングの後は、甘いものがないと生きていけないわ。」Bが軽く冗談を交えながらメニューを眺めた。
Cは少し照れながら、メニューをじっと見つめていた。彼女にとっては、こうした日常の楽しみは今まであまり経験がなかった。
「Cも何か頼めよ。今日は俺がおごるから!」Aがニコッと笑うと、Cは驚いたように目を見開いた。
「え、でも……そんなの悪いよ。」
「いいから、気にするなって。今日はみんな頑張ったし、ちょっとしたご褒美だ!」
Bも笑顔で同意し、「そうよ。遠慮しないで。何でも好きなものを頼んでいいのよ」とCを促した。
Cはためらいながらも、「それじゃあ……このケーキ、頼んでみようかな」と小さな声で注文を決めた。
三人は笑いながらお互いの訓練の出来事や将来の夢について話し合い、楽しいひとときを過ごした。訓練の疲れも忘れ、穏やかな時間が流れていた。
ある日、三人が魔物討伐のための訓練場へ向かう途中、Aが突然笑いながら叫んだ。
「B、なんだよその髪型!何か爆発したみたいになってるぞ!」
Bは驚いて手鏡を取り出し、自分の髪の毛がボサボサになっていることに気づいた。どうやら、風で髪が乱れたようだ。彼女は顔を赤らめ、すぐに髪を直そうとしたが、どうもうまくいかない。
「ちょっと、こんなところで言わないでよ!」Bが怒ったふりをしながらも、笑いをこらえていた。
「手伝うよ。」Cが静かに言い、Bの髪を器用に整えてくれた。
「ありがとう、C。助かったわ。」
「いや、そんな……」Cは照れくさそうに笑った。
「やっぱりCは優しいよな。俺だったら、絶対に手伝ってやらないぞ。」Aが冗談めかして言うと、Bが軽くAの腕を叩いた。
「はいはい、どうせAはそういうタイプだものね。」
三人は笑いながら、また一緒に訓練場へと歩いていった。互いをからかい、助け合う彼らの関係は、どこか温かく、そして穏やかだった。
夕日が海に沈みかける頃、三人は港のベンチに座り、疲れた体を休めていた。波の音が静かに響き、空はオレンジ色に染まっていた。
「いつか、俺たち三人で一緒に大きな任務に挑みたいよな。」Aがふと、遠くを見つめながら言った。
「そうね。でもまずは、私たち全員が討伐隊に合格しないとね。」Bが微笑んで答えた。
「……私も、強くなりたい。二人みたいに、ちゃんと戦えるようになりたい。」Cが静かに言った。
Aは大きく笑い、「Cなら絶対にできるさ!俺たちはずっと一緒だから、何があってもお前を守るよ。」
Bも頷き、「そうよ。私たち三人なら、どんな困難でも乗り越えられる。」
Cは二人の言葉に感謝しながら、小さく微笑んだ。彼らの未来は明るいものであると、誰もが信じていた。
それから数年が経ち、三人は魔物討伐隊の試験に挑む時が来た。試験は非常に厳しく、体力と知識、そして実戦での判断力が問われる。三人とも全力を尽くし、それぞれの力を発揮した。
数日後、結果発表の日が訪れた。Aは少し緊張した様子で試験結果の掲示板の前に立ち、仲間の名前を探した。掲示板に目をやると、自分とCの名前があることを確認した。
「やった!C、俺たち合格したぞ!」
Aが喜びの声を上げ、Cも満面の笑みを浮かべた。
「本当?私も合格したのね…信じられない!」Cは自分の目を疑うように喜んだ。
しかし、すぐにAの表情が曇った。彼の目はBの名前を探していたが、そこには彼女の名前が見当たらなかった。
「B…お前…。」AはBの方に視線を向けた。
Bは試験に不合格だったのだ。彼女は結果を知り、少しだけ悔しそうな表情を浮かべていたが、それでも微笑んで二人に歩み寄ってきた。
「おめでとう、二人とも。本当にすごいわ。私は…残念だったけど、次はきっと受かるわ。」Bは無理に笑顔を作り、二人の成功を祝った。
「B…お前なら絶対に次は受かるよ。一緒にまた訓練しよう。」Aは彼女を励ましたが、Bの表情にはどこか寂しさが漂っていた。
試験に落ちたBは、次第に自分に対して焦りとプレッシャーを感じ始めていた。AとCは討伐隊としての任務に忙しくなり、自然とBとの距離ができてしまった。以前は三人一緒に過ごしていたが、今ではAとCが中心となり、Bは一人で訓練に励むことが多くなっていた。
Bは自らの不合格に対して表面上は落ち着いているように振る舞っていたが、内心では自分だけが取り残されているという孤独感に苛まれていた。彼女は次第にその孤独に耐えられなくなり、自分が弱いから試験に落ちたのだと自己嫌悪に陥っていた。
「もっと強くならなければ…」
Bは誰にも告げることなく、夜中に一人で危険な地域へと足を運び始めた。彼女は魔物と戦うための実戦経験を積もうとしていたのだ。しかし、訓練で学んだだけの知識や技術では、実戦の過酷さには到底太刀打ちできなかった。Bは次第に無理を重ね、夜遅くまで帰らないことが増えていった。
そしてある日、Bは突然、街から姿を消した。彼女の行方を知る者は誰一人いなかった。AとCは彼女が行方不明になったことに気づき、必死に探し始めたが、手がかりは何も見つからなかった。Bの失踪は街中の人々にも衝撃を与え、討伐隊や管理局までもが捜索に乗り出したが、結局Bの行方は分からないままだった。
その夜、Cは宿の部屋で寝支度をしていた。窓の外には月明かりが差し込み、静寂に包まれていた。しかし、突然、その静けさを破るように窓ガラスが粉々に砕け散った。Cは反射的に振り返り、割れた窓から侵入してきた黒い影を見つけた。
「何者!?」
彼女が叫び声を上げる間もなく、侵入者が勢いよく斬りかかってきた。彼の顔はフードに隠れて見えないが、その動きは尋常ではない速さだった。Cは咄嗟に後ろに飛び退り、間一髪でその一撃を避けたが、侵入者は再び間髪を入れずに次の攻撃を繰り出してきた。
「くっ…!」
Cは自らの剣を素早く抜き、侵入者の刃を受け止めた。激しい衝撃が腕に伝わり、彼女の足元が一瞬揺らぐ。しかし、侵入者はさらに力を込め、Cを押し倒そうとする。Cは歯を食いしばり、何とか踏みとどまった。
「A!助けて!」
彼女は必死に叫んだ。侵入者はその声に動じることなく、次々と刃を繰り出してくる。剣が交差する音が狭い部屋に響き渡り、Cは必死にその攻撃をかわし続けた。彼女の動きは素早かったが、侵入者の攻撃はそれを上回るほどだった。
「なぜこんなことをするの!?」
Cは問いかけたが、侵入者は無言のまま、鋭い一撃を放ってきた。Cはそれをかろうじて避け、机を蹴って距離を取った。だが、侵入者は彼女を逃がすことなく一気に間合いを詰め、強烈な蹴りを放った。その蹴りがCの腹部に命中し、彼女は壁に叩きつけられた。
「ぐっ…!」
苦痛に顔を歪めながらも、Cは必死に立ち上がろうとする。だが、侵入者はその隙を逃さず、彼女に止めを刺そうと迫ってくる。Cは再び剣を構えたが、その攻撃を防ぎ切る余裕はなかった。絶体絶命の瞬間、廊下から激しい足音が響いてきた。
「C!」
Aの声が響く。次の瞬間、Aがドアを蹴破って飛び込み、侵入者に向かって剣を振り下ろした。侵入者はその一撃を避けようと身を翻したが、Aの剣が彼の肩を捉えた。激しい痛みで侵入者は一瞬ひるみ、その隙をついてCは立ち上がった。
「大丈夫か!?」
Aが叫びながらCに駆け寄るが、侵入者は再び二人に向かって突進してきた。AはCをかばうように前に出て、剣を振りかざして迎え撃った。二人の剣が火花を散らし、激しい衝撃が廊下に響き渡る。
「こいつ、ただの人間じゃない…!」
Aは息を切らしながら呟いた。侵入者の力は圧倒的で、普通の魔物討伐隊員では太刀打ちできないほどの技量を持っていた。しかし、Aはそれでも怯むことなく、侵入者に対して果敢に攻撃を繰り出した。
「C、逃げろ!ここは俺が…!」
「無理よ、そんなこと…!」
Cはその場を離れることを拒否し、侵入者に向かって剣を握り直した。彼女は一瞬の隙をついて侵入者の背後に回り込むと、鋭い一撃を放った。だが、侵入者は信じられない速さで身を翻し、Cの剣をかわして逆に彼女に反撃を仕掛けた。
Cは何とかその一撃をかわしたものの、刃先が彼女の腕をかすめ、血が吹き出した。だが、Cは痛みに耐えながらも再び剣を構えた。
「こいつは絶対に倒す…!」
二人は再び侵入者と対峙し、激しい剣戟を繰り広げた。AとCは連携を取りながら侵入者を攻撃し続けるが、侵入者の動きはあまりにも速く、的確だった。彼らは徐々に追い詰められていった。
だが、その時、Aは侵入者の動きにわずかな隙を見つけた。
「今だ!」
Aは全力で剣を振り下ろし、侵入者の胸を突き刺した。侵入者は一瞬動きを止め、次の瞬間、その場に崩れ落ちた。Cは息を切らしながら立ちすくんだが、襲撃者の正体を確認しようと、ゆっくりと近づいた。
Cは倒れた襲撃者のフードを掴み、ゆっくりとその顔を暴こうとした。だが、その瞬間、Cの心臓が凍りついた。
目の前に広がる顔、それはBだった。
Bが、なぜここに……なぜ襲ってきたのか? Cの頭の中で次々に疑問が沸き上がるが、それを整理する余裕はなかった。Bは激しく呼吸しながら、もうすぐにでも息絶えそうな様子で、Cを見つめていた。
そのとき、Bの唇が震えながら、かすかな声を発した。
「Aにだけは……言わないで……お願い……」
その言葉が、Cの心に重くのしかかった。Aに知られたくない——Bの最後の願い。それは、Aがこの事実を絶対に知らないでいてほしいという強い願望だった。
Cは涙をこぼしながら、手に握った短剣を見つめた。そして、Bの顔をAに知られないようにするための決断を下した。
「ごめん……B……」Cは声を震わせながら短剣を振り上げた。
その瞬間、Aが襲撃者の傍らにいたCの異様な行動に気づき、目を見開いた。
「C!何をしてるんだ!やめろ!」Aは叫びながら、Cに駆け寄った。
Cは何度も短剣をBの顔に突き刺していた。血が飛び散り、Bの顔は次第に崩れていく。それでもCの手は止まらない。AはすぐにCの腕を掴み、必死に止めようとした。
「もういい!やめろ!C!」Aは力を込めてCを引き離そうとするが、Cの手は震えながらも短剣を離さない。
「Aには……絶対に知られちゃいけない……」Cは涙を流しながら、ぼそぼそと繰り返す。
「何を言ってるんだ?誰なんだ、こいつは?なんでこんなこと……」
AはCの腕を強く引き、ようやく彼女を短剣から引き離すことができた。Cは力なくAの胸に倒れ込んだが、まだ短剣を離していなかった。Aは彼女を抱きしめ、襲撃者の無惨な姿を見ないように、Cの顔を自分の肩に押し付けた。
「もう大丈夫だ……もう終わったんだ……」
AはCを落ち着かせるように、優しく彼女の肩を撫でた。しかし、Cの心の中では、Aに真実を隠し通さなければならないという思いが渦巻いていた。CはBの顔が完全に破壊されたことを確認し、息を吐いた。
「Aには……何も知られちゃいけない……絶対に……」Cは心の中で何度もそう繰り返していた。
Aは襲撃者が誰だったのかも、なぜCがその顔をあんなにめちゃくちゃにしたのかも理解できなかった。ただ、彼はCを守ることしか頭になかった。
Cは今も港町に残り、孤独な日々を過ごしていた。かつての仲間であり、友だったAとBはもう彼女の元には戻ってこない。Bの死後、Aは深い喪失感と絶望に襲われた。彼はBの失踪と襲撃事件に対する真実を求め、姿を消したBを探しに旅に出た。
「俺が必ずBを見つける……絶対に……」
それがAの最後の言葉だった。彼はCに何も告げず、ある日突然いなくなった。Aは何も言わなかったが、その目には強い決意が宿っていた。Bを失ったことで、Aは何かを償おうとしているように見えた。
CはAが戻ってくるのを信じて待った。しかし、時が経つにつれて、Aは戻らないことが明白になっていった。Aの足取りは次第に途絶え、どこでどうしているのか誰も知らなくなった。人々は彼が死んだのではないかと噂をしたが、Cはそれを信じたくなかった。
「Aが戻ってこないのは、私が真実を隠したせいだ……」
その罪悪感は、Cをさらに深い孤独と狂気へと追い込んでいった。Bを失い、Aをも失った彼女には、もう何も残っていなかった。ただ、かつての仲間たちとの絆が、自分の罪の中で断ち切られてしまったという苦しみだけが残っていた。
「あれは……違う、Bじゃない……私は、魔物を殺したんだ……」
Cは何度も何度も自分に言い聞かせていた。あの日、Bが最期に「Aには言わないで……」と囁いた言葉が、今もCの頭の中に響き続けていた。しかし、その重さに耐えきれず、Cは自分が何をしたのかを必死に忘れようとしていた。
「そうだ……私は、魔物を殺した。あれはBじゃない……」
次第に、Cは街中を彷徨い歩くようになった。そして、Bと同じ特徴を持つ者を探し回った。Cはそれらの魔物に願望をぶつけるようにして剣を振るった。目の前に現れる魔物たちを次々に倒していく。
「やっぱり……あれは魔物だったんだ……Bじゃない、Bは殺してない……!」
魔物の死体を前に、Cは涙を流しながら笑った。彼女は確信しようとしていた。自分が殺したのは人間ではなく、魔物だと。Bではなく、ただの敵を討ったのだと。しかし、そのたびに心の奥底から冷たい声が囁いてくる。
「違う……お前が殺したのは……」
その声をかき消すように、Cは再び剣を振り上げた。目の前にいる敵が、今度は人間の姿をしているように見えたが、Cにはもう関係なかった。すでに彼女の目には、目の前に立つ者すべてが魔物に見えていた。
「また魔物が現れた……殺さなきゃ……」
Cは剣を振り下ろし、その人間を斬り裂いた。血が飛び散り、地面に倒れる音が響く。彼女は狂ったように笑い出した。
「これでまた一匹……これでいい……」
だが、その足元に倒れたのは魔物ではなく、ただの人間だった。Cはその姿を見て、一瞬だけ理性を取り戻しかけた。
「違う……私は魔物を殺したはず……!」
彼女の手に染みついた血は、どう見ても人間のものだった。Cは恐怖に目を見開き、足元の死体を見つめたが、すぐに笑い出した。
「そう……これも魔物なんだ……全部、魔物なんだ……!」
Cの理性は完全に崩壊していた。現実と妄想の境界が壊れ、彼女にはもう誰が敵で誰が味方か、誰が魔物で誰が人間か、区別がつかなくなっていた。彼女は剣を握りしめ、さらに魔物を探すために森の中をさまよい続けた。
かつての自分ではなくなっていた。罪悪感が彼女を蝕み、彼女の世界を閉ざしていた。
彼女が守りたかったAとBの存在は、もうどこにもない。Cの心は、永遠に失われた絆の痛みの中で閉じ込められた。
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