ラスト・ヴァルキリー 21話③

 今年におけるホワイトファング一の不思議。それが今この瞬間を以て更新されたことは間違い無いだろう。衝撃波だけで人間の姿勢を崩す程の大技の衝突。それでもなお、両者の得物は折れるどころかヒビ一つ入らなかったのだから。

 だがそれは、圧倒的で破壊的な2つのエネルギーが、武器の破壊という形で逃げることが出来なかったという事を意味する。代わりに巻き起こったのは、荒れ狂う不可視の大蛇。人造の嵐だ。


「うわあぁッ!?」


「ちょっ……!?初手から本気出し過ぎじゃないですかッ!?」


 それを逃げようとした瞬間に至近距離から叩きつけられて姿勢を崩していたヒオウは無論のこと、離れた場所にいた残りの隊員2人も、相当に離れているにも関わらず吹き付けてくる余波に驚愕していた。両者の力量の高さもそうだが、その力を最初から全身全霊で振るっていることも大きかったのだろう。

 だが、ミネ隊長とアオには様子見をする余裕など無かった。それは互いが相当な強者であると互いを見做していたからこそ。だからこそ、小細工抜きの真っ向勝負を両者共に選択した。もしもどちらかがそれを渋っていれば、今この瞬間に既に決着がついていただろう。

 そして、奇しくも両者は大技を撃ち放つ選択をしたが為に、決着までが長引くこととなった。


「破ああああぁぁぁぁぁッッッ!!!」


「シイィィィィィィィィィッッ!!!」



『―――丹頂白舞台にて舞う』


『―――雷鳴雷轟 赤稲妻・輪舞』


 一瞬のうちに凡ゆるものを細切れにする斬撃の嵐が顕現し、まるで舞いかダンスを踊っているかのようにくるくると互いが互いの周りを回る。剣戟と爆発と雷光が目まぐるしく入り乱れるその有様は、人間の畏怖を呼び起こす天災のようであり、そして見るものを見惚れさせる芸術のようでもあった。


「流石ですわねッ!!これ程全霊で戦えたのは殿下以来でしてよッ!!」


「それは光栄です!!そうであるなら、お礼に勝ちを譲る気は!!?」


「冗談!!なればこそ、勝利は頂いて行きますわッッ!!」


「で、しょうねぇッッ!!」


 両者勝ちを譲る気は一切無いことを改めて確認し、更に剣戟の応酬のボルテージを上げる。コンクリートの床のあちこちへと瞬く間に切り傷が刻まれ、砕かれ、そして焼かれてゆく。最早、この中に立ち入ることが出来る者はいない。それをして命が繋がる者は、隊員達の中ではシャガ位のものだろう。それ以外では生存すら許されないに違いない。


「―――ちょっとっ!!何なのアレ!?死ぬかと思ったわよッ!?」


 そして、そんな死のダンスから逃れてきた者が一人。それは、審判役を指名されていたヒオウであった。これは完全な職務放棄であるが、そんな事をしている場合ではない状況になっているのは事実なので、それを責める者はいない。


「……こっちが聞きたい。でも、あれが私達の目標なんだね」


「隊長が強いのは分かりきってたつもりだったけど、あれを見てるととんだ無茶振りね……!私達に漫画の主人公みたいになれって言うの?」


 そう言って、見る見るうちに破壊されゆく訓練スペースと、それを引き起こす大嵐の目を見やる。常人からすれば魔人とは超常の存在であるのだが、そんな魔人からして彼女達ホワイトファングは格の違う存在だ。そして今、そうした格の違う存在を眺める者達の気持ちを、白い牙自身が味わっていた。


「…………私達、あの人と一緒に仕事するんだね」


「…………そうね。私達の汚点にならないように、なんて言っちゃったけども………これは、私達の方が汚点にならないようにしないといけないわね………」


 だが、その中で生まれたる感情は、畏怖だけでなく。2人のアオ・カザマという男を見る目には、徐々に憧憬と畏敬が混ざり始めていた。

 掌を返されることには慣れている。そうアオが言った通りの状況になりつつあるのには、果たして彼女達は気が付いているのだろうか。尤も、気が付いたとしても最早撤回はしないかもしれないが。


 そして、そうで無いようである意味ではそうであるとも言える者が、ここに1人。


「…………なんで」


 なんで、とはシャガの口から思わず漏れた一言だった。ただの一言。されども、そこに込められた感情は決して軽いものではなく、むしろずしりとした重みを伴っていた。

 それは、どうして自分はあそこに居ないのだろうという嘆きの声だった。

 それは、絶望、嫉妬、憤怒、そして羨望。そういったものをごちゃ混ぜにした黒い塊だった。

 それは、彼女の内に住まう手負いの彼女が思わず上げた呻き声だった。


 だが、その一言は誰にも聞き届けられることはなく、無機質な空間を鮮やかに彩る楽器の音色に掻き消された。剣という名のタクトによって演奏される音色によって。



 千日手となった現状に焦れたのか、ミネ隊長があえて弾かれる事で大きく距離を取った。そして、そのまま刃の壁と共に追いかけてくるアオを迎撃すべく、刀を大上段に高々と構え、裂帛の気合いと地を鳴らす程の踏み込みと共に叩き下ろす。


「はっ、ぁぁあああああぁぁぁぁぁッッ!!」



『―――雷騰雲奔 雲耀の閃き』


 直後、橙の火花と青白い電撃が煌めいた。競り勝ったのは、ミネ隊長だ。

 弾き飛ばされる中で、アオは先程の感覚を思い出していた。それは、コハクによって何度か経験してきた感覚に近いもの。体の中を何か鋭いものが貫いて暴れ回るような感覚。即ち、体内を電流の百足が走り抜ける感覚だった。


「っ………分かってたけど厄介な事を………!」


 魔人といえども、電気信号によって身体を制御している事に変わりは無い。強烈な電流を浴びせかけられれば、身体が痙攣して自分の肉体が自分のものでなくなる。それ故に、電気の変換属性を持つ魔人は近接格闘戦においては多大なアドバンテージを有するとされているのだ。


 先程までとは異なり、今度は打って変わってアオが防戦一方となる。正確には、受け止めることすら出来ないが為に必死でミネ隊長の剣を回避している状態だった。素の実力と関係なく一方的な展開になり易いこの戦法がミネ隊長はあまり好きでは無かったが、選り好みをして勝てる相手ではないと今は割り切っていた。

 このままなら、何れはミネ隊長が押し切って勝利するだろう。このままならば、だが。


「調子に……乗らないで下さいよッッ!!」


 アオの身体が宙を舞い、横薙ぎの斬撃を回避する。普通であれば空中にて死に体を晒す悪手。だが、ミネ隊長は何かあるという警戒を捨てなかった。何の考えもなくこんな事をする筈が無いという一種の信頼が。そして、直ぐにそれは現実のものとなった。



『―――五爪の龍曇天を裂く』


 背より吹き出す歪んだ空気と共に、アオの身体が空中に浮いたまま独楽のように回転を始める。それと共に、先程のお返しとばかりの横薙ぎが繰り出される。ミネ隊長は当然のようにそれを力強く弾くが…………。


(―――落ちない!?)


 アオの身体が、落下する気配がない。それどころか急速に回転数は増してゆき、それに伴って二撃、三撃、四撃と、斬撃が雹か霰さながらに矢継ぎ早にミネ隊長へと降り注いでゆく。そして気が付けば、アオの身体は一種の破砕機へと変貌していた。


「落下しないで回転し続けてる!?」


「………反動と熱噴射の反作用で空中を維持してる。それに、空中なら電流は流れにくい」


 空気は非常に電気が流れ辛い絶縁体である。雷も、大気をプラズマ化させる程の超電圧があって初めて実現するものだ。故に、空中に留まり続けていれば、アオの身体に電流は殆ど流れず感電することは無い。コハクに毎度の如く身体をいいようにされて来たからこそ発想出来たことだった。


「くっ………!」


 よもやこんなにも早く対応されるとは思っていなかったのか、上からの斬撃を後退しながら捌き続けるミネ隊長の顔が歪んだものになる。弾き飛ばそうにも、あまりに斬撃の頻度が高すぎて構えを取る余裕が無い。彼女に出来る事は、同じ連撃で対抗する事だけだった。



『―――雷鳴雷轟 蒼稲妻・円舞』


 アオの回転に同調するように、ミネ隊長の身体もまた勢い良く回り始める。2つの竜巻が衝突しては僅かに離れ、また衝突するということを小刻みに繰り返し、その度に火花が空気を焦がさんばかりに舞い散る。


(力が足りない……!)


 しかし、それでもジリジリと押されているのはミネ隊長。僅かにパワー負けしている事に加えて、先手を取られた事で勢いに乗り切れていないのだ。徐々に徐々に、壁の方へと押しやられて行く。


 部下達の方から悲鳴が上がる。彼女達の目線でも、隊長が押されていることが分かったのだ。このままでは負けるのではないかと。栄えあるホワイトファング第一部隊の完全敗北という結果に終わってしまうのではないかと。


 数え切れない程の衝突と反発の末、遂に壁際まで追い詰められるミネ隊長。回転を維持出来るだけのスペースもあと半歩も下がれば無くなってしまうだろう。そうなれば、もはや抵抗の術はない。それをアオの側も理解してか、益々以て回転の勢いを強める。

 そして、最後の砦たる半歩が後ろへと踏み出される。その直後、ミネ隊長の回転が停止した。否、停止させざるを得なくなった。彼女の手に握られた刀は数秒後には弾き飛ばされてそのまま勝負ありとなるだろう。


 誰の目にもいよいよ万事休すかと思われたが、ミネ隊長の目は未だ死んではいなかった。斬れ味鋭い暴風を睨み付け、脚はその闘志を表すようにしっかりと地面を踏み締めていた。

 何かある。それを見ていたアオの心に警戒が湧き上がる。だが、やる事は変わらない。何かを企んでいるというのなら、それごとすり潰すまで。そう心の中の迷いと躊躇いを切り捨てて、止めを刺すべく一層力の籠った剣戟を放った。


 次の瞬間、硬いもの同士が衝突したとき特有の一際甲高い音が、訓練スペースにキンキンと響き渡った。遂に決着が付いたのだろうか?いや、それはミネ隊長の刀が宙へと叩き出された音ではなかった。


「何……!?」


 それは、アオの鉈剣が壁に衝突し、めり込んだ音だった。そこは先程までミネ隊長の胸部があった場所。彼は確かにその前に構えられていた刀を狙った筈だった。だがそれは、瞬きより短い時間の内に消え失せていた。目だけを素早く動かし周囲を観察しても、やはりミネ隊長の姿は無い。一体、どんな魔法を使った?彼は困惑を隠せなかった。


 ふと、アオの視界の下端に、銀色の布が見えた。彼が巻き起こす風によって巻き上げられはためくそれは、よくよく見れば布ではなく細い糸の集合体だった。それが、一般には髪の毛と呼ばれる物であることを悟った時には、アオはミネ隊長が果たして何処へ消えたのかという問いかけへの答えを得ていた。


 壁に衝突した事による回転の減速。多くの戦士にとっては慰めにならない程度のそれはしかし、ミネ隊長にとっては穿つに十分なだけの大きな隙。伏した獅子の姿勢に蓄えられた力を、その狭間を見逃さず爆発的に解き放った。



『―――電光石火 無影天上り・峡』


 いつの間にか納刀されていた刀が逆手に抜刀され、電磁加速の勢いを乗せて稲光さながらの勢いでアオへと迫った。リーチは踏み込みの分を除けば有って無いようなもの。だが、今の間合いであれば十分に過ぎるもの。そして何より、ほぼ予備動作無しで繰り出されるその斬撃は、届くのであれば回避不能の絶殺技となる。まして、空中で僅かに固まった今のアオにとっては尚更。彼には、回避の術も防御も術もない。ミネ隊長は勝利を確信した。



『―――白和邇青海を啖う』


「…………な!!?」


 しかし、確信は覆された。それも、あまりにもとんでもないやり方で


 刀が突然、何かに挟まれたように動きが鈍った。いや、実際に何かによって固定されていたのだった。

 刀を挟み込むそれは、閉じられた巨大な顎門のように刀へと喰らい付くアオの肘と膝だった。壁に食い込んだ鉈剣を抜いて防御する暇はないと判断したアオは、無手となるリスクを承知の上で得物を手放し、そして見事に受け止めてのけたのだ。


 不味い。ミネ隊長がそう直感したのと同時、彼女の手首を軸としてアオが刀をその身体ごと激しく捻る。肉を食い千切る鰐か鮫さながらに。

 受ける間も無く関節を一瞬のうちに極められたミネ隊長は、堪らず刀を手放してしまう。そしてその勢いのまま投げ上げられた刀が宙を飛んだ。


 互いに徒手空拳となったミネ隊長とアオ。しかし、それで2人の戦意が衰えることはない。アオの着地の隙を突いて、すかさずミネ隊長が蹴りを繰り出す。それに対して、アオは今度は防御ではなく迎撃を選択した。


「おおっ!!」


「でああっ!!」


 脚の先の方へと拳が叩き付けられ、拳の正面へと爪先が叩き込まれる。その反作用により、ミネ隊長とアオの身体は真反対の方向に後退していった。

 両者姿勢を立て直したのと同時、アオは空中からやってきたそれを、ミネ隊長は壁に浅く刺さっていたそれを、それぞれ手に掴み取り、そして互いに向けて勢いよく投げ付ける。


「っ……!」


「はっ……!」


 ぶうんと風を切って回転しながら迫るそれは、交差する時もぶつかり合ってその場に落ちるという事はなく、そして狙いの先にあるそれぞれに突き刺さるかと思われた。だが、刃先が触れるか否かというその瞬間に、主人の元へと飛び込んでいたそれぞれの得物は再び手元へと帰った。


「あら、態々返して下さるとは………紳士的ですわね?」


「互いに……使い慣れた武器が、いいでしょう?」


「ふふっ………よく分かっておいでで」


 側から見れば殺意に満ちた返却は、彼ら彼女らからすれば挨拶程度のものだったらしい。その口調はまるで朝ばったりと出会ったご近所同士のように和やかだった。互いに息が上がっている事を除けば、だが。何せ、スタミナ配分の事を気にしていられる相手ではなかったのだ。全力疾走に等しい死力を尽くした戦いにより、両者はスタミナを著しく消耗していた。


「………多分次が最後になる。2人とももう余裕が無い」


「どっちが………勝つの?」


「………分からない。どっちでも、可笑しくないから」


 少し前までならば隊長が勝つと迷い無く断言していたであろう隊員達。だが、アオの実力を認識した今となっては、そんな事は言っていられなくなっていた。両者の実力は拮抗している。故にほんの僅かな差が勝敗に直結しうる。恐らく勝負は一瞬のうちに決まるだろうと、そう察していた。


 その推測は正しいと言うように、2人ともゆっくりと、しかし唯ならぬ魔力と気迫を滲ませながら構えを取ってゆく。ミネ隊長は納刀しながら上体を音が聞こえてきそうな程に捻り、アオは鉈剣を逆手に握りながら深く深く腰を沈ませた。そして、その姿勢のまま、両者はピタリと静止してしまった。時が止まってしまったかのように。


「2人とも……動かないわ………」


「………下手に動けば、やられる」


「でも、2人とも………笑ってるみたいです………」


 アオもミネ隊長も、纏う空気は剣呑そのものだ。だが、その中には何処か、チャンバラごっこに興じて笑顔になる子供のような雰囲気が感じられた。過激な運動で精神が高揚しているせいなのか、2人とも死力を尽くした闘争に悦楽を覚える精神性を持っているのか、はたまたスポーツマンシップにも似た何かなのか。それは分からない。ただ言えるのは、2人の間に冷たく暗い負の感情は存在しなかった、という事だ。



「いいなぁ………」



 直後にはっと口を押さえたことで遮られたその言葉は果たして、誰が言ったものだったのか。それが合図となったように、凍っていた時間が瞬く間に砕かれた。



『―――飛熊姫を得てみ山を毀つ』


『―――雷霆万鈞 無尽無間霹靂神』



 激突。破界。破滅。砕破。全てが爆煙に包まれる。




 そして、空間そのものを割らんばかりに乱れ荒れ狂った烈火と裂空と洌風の跡には、全てを賭けて全てが尽きた2人を象徴するように、真っ二つにへし折れた2振りの剣が突き刺さって交差していた。



「―――そ、そこまで!!引き分け!!勝負は、両者引き分け!!」



 ここに、全ての戦いの終わりを告げる宣言が高らかに響き渡った。

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