ラスト・ヴァルキリー 21話①
「だあぁぁぁッッ!!」
「破ッッ!!」
最初の衝突は、互いの得物同士の散らす火花で彩られた。アオの愛用する鉈剣と、エリナ・サイトウの握るホワイトファング正式採用のマチェットが激しくぶつかり合い、訓練場にオレンジ色の小雨を齎した。競り合いは一瞬。一点に両方向から加えられた力が、両者を縮められたバネのように弾き飛ばす。
しかし、その弾きは平等ではない。より強く飛ばされたのは、エリナの方だった。
(ぐっ……思ってたよりずっと力が強い……パワー負けしてる!)
彼女が交戦経験のあるヴァルキリーは、同僚のシャガしかいない。それは当然の話で、他のヴァルキリーといえば皇女にその補佐官。そう何度も会えるものではない。だから、彼女はシャガを基準にしてアオの戦力を見積もっていた。
だが、実態はその上を行く。アオ・カザマが生み出す魔力量はミネ隊長と比較しても見劣りしない………或いは上回っている可能性もあると、彼女も一度の衝突で認めざるを得なかった。
とはいえ、確かにパワー負けしているというのは大きなディスアドバンテージだが、それだけで勝負が決まるわけではない。魔人同士の闘争は、魔力変換と操作の上手さ、戦略性、そして戦闘技術など、様々な要素が絡み合う総合競技なのだ。だからこそ、エリナの心にも絶望はない。むしろ、パワーで劣るのならそう踏まえた上で戦うのみ。
斬撃の応酬では押し切られると判断し、エリナは今度は槍術めいた刺突へと切り替えた。
ミシンで刺繍を縫うような、素早く精密な穿ちの群集がアオへと迫り来る。常人はおろか、並の魔人であれば凌ぎ切れずスポンジの如く穴だらけにさせられているだろうそれはしかし、相手が並でなかった為に悉くが空を切る結果となった。弾かれたのではない。鉈剣を添えるようにして受け流されたのだ。アオの膂力であれば跳ね飛ばすことも可能であったろうにそうしたのは、恐らくは余力を残す為なのだろう。
不意に、エリナの姿勢が崩れる。足元を見やれば、アオの足がエリナの足を柱を押して倒すように崩しているのが見えた。刺突がぶれ、その隙を見逃さずぶんと横薙ぎの一閃が振るわれる。それをエリナはマチェットを盾として防ぐと、あえて大きく弾かれる事で大きく距離を取った。
両者離れた状態で静止する中、出方を伺う姿勢を取るエリナ。先程の衝突は互いにとってジャブのようなもの。それだけで勝敗を占うには不足。なればこそ、次でより多くの情報を得る必要があるのだ。
一方で、アオの方はといえば、何の構えも取らずにだらりと腕を垂らしていた。一見してもまるで隙だらけだが、エリナは油断していなかった。ミネ隊長と何度も戦っているからこそ、彼女には分かった。隙だらけに見えて、全く隙がない。迂闊な攻め方をすればその瞬間に斬り捨てられる、と。
故に、エリナの中からは、アオ・カザマという男に対する侮りは早々に消失していた。彼は油断ならない男であり、そして確かにこの任務にアサインされるに足る実力者なのだと、この時点で早くも認めていたのだ。
先の衝突の残響が未だに残る中、両者はじっと動かずにいた。エリナは相手を警戒しての事だったが、アオの側は果たして如何なる意図からか。
だが、拮抗は長くは続かない。どちらにせよ、攻めないという選択肢は彼女には無いからだ。向こうが動かないというのなら、こちらから動くしか無いのだ。故に、手札を一つ切ることとした。
「であぁぁッ!!」
気合いの咆哮と共に、エリナの背にて唐突に爆発が起こった
彼女の魔力変換はアオと同じ熱エネルギー。それを空間の一点に集中させることで、空気の急膨張を引き起こしたのだ。その爆風に騎乗した彼女は、人工の光にマチェット煌めくマチェットを馬上槍さながらに力強く突き出す。狙いは、アオ・カザマの心臓が収まる胸部だ。
瞬く間にアオの身長が拡大してゆく。その勢いのまま、刃先が狙い通りの場所に触れるかと思われた瞬間、アオは上体を左に捻りながら倒す格好になってそれを回避した。更に、その運動エネルギーを利用し、横に回転するようにして自分の背後へと通り抜けて行ったエリナの背中を蹴り飛ばした。
防御すると思っていた所でアクロバットに回避された上、背後から予期せぬ衝撃を加えられたことで、思わず前につんのめるエリナ。しかし、姿勢を崩して倒れ込むという事はなく、むしろそれを利用して180°反転し、脚を曲げて踏ん張ることでエネルギーを地面に叩きつけられたボールのように溜め込む格好となった。
そして、先程と同じく、爆発の勢いと脚に蓄積した力の双方を利用したランスチャージ擬きが繰り出される。それも、今度は両脚を地面に付けたばかりで体勢の整っていないアオの背中目掛けて。
取った!そう確信したエリナ。完全な回避は不可能。たとえ防がれたとしても、それで今度は完全に姿勢を崩せる。そうなれば、二の太刀でまな板の上の鯉を調理するだけだ。
成る程、腕はそこそこやるようだった。だけど、やはり私達ホワイトファングには及ばない。そう評価しながら、止めとばかりに一際力強くマチェットを突き出した。無論寸止めするつもりで。
だが、彼女のいささか先走り気味の勝利の余裕は、とんでもない形で裏切られることとなった。
「なっ……!?」
エリナの顔が驚愕に染まる。刺突が防がれたからではない。その防ぎ方が普通ではなかったからだ。
彼女のマチェットの前進を阻むもの、それは鉈剣ではなく、武器を握っていなかった左手。そう、アオは所謂白刃取りの要領で、マチェットをがっちりと掴み取っていたのだ。
エリナの背筋にぞっと鳥肌が立つ。あの勢いの刺突を掴み取られた事もそうだが、自分は今、攻撃手段と身動きの双方を封じられた状態にあると気が付いたのだ。そんな絶好の機会を、目の前の男が逃す筈が無い。そう直感が告げていた。
その正しさを証明するように、アオの右手に握られた鉈剣が逆手に持ち替えられる。このまま行けば、エリナは一撃の下に斬り伏せられることとなるだろう。この状況を脱する為には、出し惜しみはしていられなかった。
「っ………ああぁぁぁあッッ!!」
アオの右腕が動いた直後、エリナを中心に指向性を伴った熱波が放たれる。その方向は当然、アオ・カザマだ。
如何に彼がヴァルキリーと言えども、この超高温をまともに浴びれば唯では済まない。そして、物理的な防御は不可能。そうなれば、彼は回避するより他にない。エリナは仕切り直しを図る事ができるだろう。
相手が尋常の者であれば、だったが。
「…………え?」
エリナの予想に反して、アオは回避すらしなかった。そして、そうであれば身を苛む高熱に苦しんでいなければならないというのに、彼にはまるで苦痛を見せる様子がなかった。
困惑しながらも、引き伸ばされた体感時間の中で彼女は何が起きていたのかを理解した。アオ・カザマに向かう筈だった熱波、それがまるで、掻き分けられるかのように彼を避けていったのだと。つまり、エリナが魔力変換で生み出した熱のベクトルを掌握し、操作したのだ。
本来他者が操作しているエネルギーのベクトル操作に介入する事は簡単な事ではない。もし出来たとしても、その操作は不完全なものとなるのが普通だ。だが、アオにとっては、その不完全な操作でも回避には十分だった。
策が予想を超える方法で破られた以上、エリナに取れる選択肢は多くはない。このまま大人しく敗れるか、後の不利を飲んででもこの状況を脱するか、その2択。そして、彼女が選んだのは後者だった。
鉈剣が自分の首元へと迫り来る中、エリナは決断した。
壁に刺さったように動かなくなったマチェットの柄から、両の手が離される。その直後、先程まで彼女の首があった場所でピタリと鉈剣が止まった。だが、エリナは既にそこにはいなかった。武器を手放し自由になった彼女は、そのまま大きく飛び退いて間一髪の所で斬撃を回避したのだった。
何とか窮地を脱したエリナ。だが、その心は落ち着きとは程遠く、むしろ焦りに満ちていた。何せ、愛用の得物を放棄せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。今使える武器は己の四肢のみ。戦えないことはないが、それでも不利は明らかだった。
嫌な汗がエリナの顔を滴るが、それを拭う時間は与えられなかった。何故なら、何かが音が聞こえるよりも先に自らの元へと飛び込んでくるのが見えたからだ。
超音速で迫り来たそれは、先程彼女が手放したマチェットだった。それをアオは、自らの鉈剣を使ってまるで杭を打ち込むような動きで以て打ち出したのだ。常人であればまず回避不能の一手だが、魔人の身体能力と動体視力であれば、決して不可能ではない。事実として、エリナはそれを反射的に回避することが出来ていた。
身体をとっさに横に逸らすことで、先程失って今飛んできたマチェットを避けたエリナ。その耳道へ、遅れて轟音が自らの身を無理矢理に捩じ込んでいった。だが、彼女にマチェットを取りに行く余裕はない。それよりも、今は攻めることを優先しなければならないのだから。その為に、自らの前方へとエリナは意識を集中させ………。
そして、異常に気が付いた。そこにあるはずのものが無かった。何かオブジェクトが消えた、という事ではない。元々そんな物はここに存在しないのだから。灰色の背景の中から消えたのは、1人分の肌色と黒色。
そう、アオ・カザマの姿が消え失せていた。
一体何処へ?周囲をぐるりと見回しながらのその疑問は、ふと足元を見てみて、妙に自分の影が大きいという事に気が付いたことで氷解した。そうして、慌てて上を向いた時には、気付くのが遅過ぎたということもまた理解した。
「っらあッッ!!」
とっさに防御が間に合ったのは、エリナにとって不幸中の幸いだったと言えるだろう。体重と重力と、頑健な脚力とが合算された隕石のごとき蹴撃。それを頭でまともに受けることだけは避けられたのだから。それと引き換えに、防御に使った両腕がビリビリと激しく痺れ、使い物にならなくなってしまったが。
結局の所、この一撃を察知するのが遅れた時点で、彼女に許された行動は延命策以外には無かったのだ。
強烈な打撃によって崩れた防御の隙間を縫い、アオの脚が膝で挟み込むような格好でエリナの首へと絡み付く。視界を塞がれた混乱したのも一瞬、エリナの頭頂に機関車が衝突したと錯覚するような脳を揺さぶる打撃が入った。それは、両の腕から繰り出された渾身の肘打ちだった。
脳が頭蓋に叩きつけられたことでパニックになったように平衡感覚を失い、首を解放されてからもエリナはバランスを崩してふらふらとしていた。そのままとん、と前に押されても、その力に逆らうことが出来ず、2歩、3歩と後ずさる事しかできない。
そして、遂にがくりと膝を付いたその瞬間、エリナのぐるぐると回転する視界は最後の瞬間。こちらへと向かって走り来るアオの姿を捉えていた。そして、それが彼女が気絶する前に見た、最後の光景となった。
「で、ああぁぁぁぁぁッッ!!」
地震の如き衝撃が頭部に襲い来た。その震源が、膝で打ち上げられた下顎だとエリナが直感で理解したその時には、彼女の意識は高々と舞い上がる身体と共に闇の向こう側へと旅立っていた。
「そこまで!勝者、アオ・カザマ!!」
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