ラスト・ヴァルキリー 19話
オオヒラ基地。それは、ヨンゴクでも屈指の大都市であると同時に港湾都市でもある戦略要衝オオヒラの郊外に存在している、ヨンゴク最大級の規模の陸軍・空軍基地だ。
ここには陸空の凡ゆる種類の兵器・兵種・訓練施設が集結しており、その多様さはショッピングモールにも喩えられる程だ。そして、それは特殊部隊とそれに関連した施設も例外ではない。
基地には一般の兵には立ち入ることの出来ない区画が多数存在しているが、特殊部隊の為の施設もそうした場所に位置しており、そこに部隊が今存在しているのか、何をしているのかは外側からは窺い知る事ができないようになっている。
その中でも特に秘匿度の高い一角の地下には、入り口すらも殆どの兵達には知らされていない秘密の空間が設けられていた。この場所こそ、皇国の特殊作戦部隊ホワイトファングの拠点の一つであった。
「隊長、どういう事ですか?」
「あら、どういう事、とは?」
そして現在、その拠点には作戦を数日後に控えたホワイトファングの面々が集結し、準備が整うのを今か今かと待っていた。
「私達で傭兵のお守りをしろ、って本当なんですか?」
「しかも、ヴァルキリーとは言ってもグレイラインでしょう。信用できるんですか」
「私達いつからベビーシッターになったの?」
口々に不満と疑問を吐き出す隊員達。その矛先は、これからやって来るという傭兵ヴァルキリー、アオ・カザマに対して向けられていた。
「そう言うものではないですわよ。これはコハク殿下直々の人選です。であれば、少なくとも使い物にならないという事は無いでしょう」
「殿下が?まあ確かにそうかもしれませんが………ウチらでは使い物になる程度じゃ困るんですよねぇ」
隊長は部下達を窘めるも、それでも不満が止む気配はない。それも無理はないだろう。彼女達は皇国軍の内でも精鋭中の精鋭。それに相応しいだけの狭き門の訓練を、修羅場を潜り抜けて来た自負がある。だからこそ、外様の傭兵を自分たちの仲間に迎え入れろという命令には反発を禁じ得なかったのだ。
「まだ見てもいない内から実力の程を決め付けても仕方ないですわよ。第一、貴女達がいつから他人の批評を出来るほど強くなったのですか?私に近接訓練ででも勝ち越した者はここにいらっしゃって?」
「うっ……それを言わないで下さいよ………大体それは隊長がバケモ……強すぎるだけですよ……イダイイダイイダイ!!」
「あらあら、失礼ですわねエリナ。私のような淑女をつかまえてバケモノとは、私も傷付きますのよ?」
「その前に私の頭が物理的に変形しますから!私が悪かったです!だから離してくださいだだだだだだ!!」
エリナと呼ばれた魔人の頭が、ギリギリと音を立てて締め付けられてゆく。それを成しているのは、隊長のアイアンクローだ。彼女は魔人としての素質はヴァルキリー水準でも上位だ。その膂力は尋常のものではない。
一応、ちゃんと謝罪した事で解放されたようだったが、持ち上げられた状態からそのまま手放されたので、エリナは地面に無様に叩きつけられる結果に終わった。
「べふっ……!?あいたたた………酷いです隊長………」
「この程度も自力で抜け出せないようではまだまだですわよ。さて、他に挑戦してみたい方はいらっしゃるかしら?」
隊長がそう言うと、皆が慌てたように目線を逸らした。うっかり目が合って目を付けられては堪らないからだ。だが、そうなる事は彼女も予想できていたのだろう、ならばと生贄を1人適当に選ぶことにした。
「………あら、貴女。なんだか自信あり気な顔をしていますわね?」
「げっ……い、いえ滅相もありません………私など壁の隅の蜘蛛のようなものでして………」
「ふふっ、蜘蛛といえば虫を狩り喰む勇敢な虫。それに自身を喩えるとは、余程自信がおありですのね」
「い、いえいえ!私など蜘蛛様に比べればへのへのもへじですよ!」
そう言いながら彼女は助けを求めるように周囲を見回すが、自分が身代わりになどなりたくないので、誰も救いの手を差し伸べる事はおろか、視線を向けようとすらしない。要するに見捨てたのだ。
このままでは自分も宙吊りアイアンクローという嬉しくないアトラクションを体感する事になる。その差し迫った危機に脂汗をびっしょりとかきながら、それでも彼女は何とか運命を回避しようと足掻いているようだ。
「そう自分を卑下する事はありませんわ。何事も挑戦。どうか私を驚かせて下さいまし」
「そ、そうは申されましても、私など何の取り柄の無い凡夫ですので……隊長のご期待には沿えないかと………」
そこまで彼女、レイネが言った辺りで、隊長はすうっとその目を細めた。
「…………成る程。では貴女は自ら非才と認める身でありながら他人の力量を上から評価したと?中々に度胸のあるお方ですわね、貴女」
「ぐっ………」
言葉に詰まる。それを指摘されては、レイネも何も言う事は出来なかった。実際、彼女は先程までアオ・カザマが指揮下に加わる事に文句を言っていた人間の一人なのだから。
「そういう事であれば私には、隊長としてそのような虚勢を矯正する義務が生じますわね?レイネ、覚悟は宜しくて?」
「は、はひ………」
終わった。これから自分はエリナと同じ目に遭うのだと、レイネは覚悟を決めるしかなかった。
そうして、ゆっくりと隊長の手がエリナの頭に伸び…………。
「………なんて、冗談ですわよ」
髪に触れるか触れないかという所で、引っ込められた。それと同時に、ぐっと身構えていたレイネもへたり込んでしまっていた。
そんな彼女の有様をにっこりと笑いながら眺めていた隊長は、続けてここにいる者達全員に目掛けて声を掛けた。戒めるように。
「皆様、ゆめお忘れなきよう?牙の抜けた吠えるばかりの駄犬はホワイトファングには必要ありませんわ。私が欲するのは、お行儀良く牙を隠す猟犬か、誰であれ恐れず噛み付く事のできる猛犬。貴方方がどちらかである事を願いますわ」
自分一人を恐れて尻尾を隠しているような人間が、他人を偉そうに評価するな。そのお叱りに、皆は肩を落としたようになって頷くしかなかった。
「………理解して下さったようで何より。それでは、そろそろ到着する頃合いですし、お客様を迎えに参りましょうか」
「え、お客様というのは………」
その疑問に対して、隊長はまさに淑女のそれと言うべき微笑を携えて返答した。
「決まっているでしょう?包丁の方々をお迎えに、ですよ」
******************
「………ねえリン」
「何?アオ」
「噂には聞いてたけど、本当に大きいよね、オオヒラ基地」
「本当にね。町何個潰したのかしら」
オオヒラ基地に設けられた滑走路。その格納庫に包丁の社用小型輸送機『イルカ』を収めてきた2人は、今は駐機場にほど近い駐車場に脚を運んでいた。何故そんな場所に居るのかといえば、ホワイトファングとの合流場所として指定されていたのがそこだったからだ。
「………それを僕達が気にしても仕方ないよ。そんな事より、早く合流して移動したいね。早速ジロジロと見られてるよ」
「そうね。ま、珍しい光景でしょうしね。グレイラインがこんな所にいるなんて」
言うまでも無い事だが、この基地は民間人の、特にグレイラインとされる原住民の立ち入りは固く禁じられている場所だ。それ故に、基地内部でグレイラインの姿を見かけるということはまず無い事だ。だからこそ、2人は道行く人々から物珍しそうに、或いは嫌なものを見たといったふうに見られていた。
「珍しさだけじゃあ無さそうだけどね。どっちにしても、あんまり良いものじゃない」
「それこそ今更でしょ。コハク殿下とかイーラン総督とかが特別なだけなのよ。一々反応してたら身が持たないわ」
尤も、2人にとってはそれも慣れたものなようで、うんざりしてはいても神経質に気に掛ける様子は無かった。リンの言う通り身が持たないだろうし、何よりトラブルは御免なのだ。差別意識があっても、多くの人間は関わりが無ければ態々絡みに行こうとはしないのだから。
だが、物事には何事も例外という物があるもので、また向こうから頼んでもいないトラブルがやって来る、という事もある。今回は不運にも、その両方が起きてしまっていた。
「………誰かこっち来てるね。アレかな?」
「………にしては安い感じね。ねえアオ、私なんだか面倒臭い予感がするんだけど」
「奇遇だねリン。僕もそんな感じがしてるよ」
数名の兵士が自分達の元へと接近しているのに、2人は気が付いた。よく見てみると、その表情は憮然としたものもあればニヤついたものもあって、明らかに穏やかな雰囲気では無かった。それでも、2人は自分達が目当てではない可能性も考えてその場を離れる事はしなかった。虚しくもその願いは届かなかったのだが。
「おい、お前。グレイラインがこんな所に突っ立ってるんじゃねぇよ」
「どっから入り込んだんだ?ほんっとにグレイラインは何処にでも湧いて来やがるよな。まるでカメムシだ」
「だっはっはっは!カメムシだってよ!いい例えだな!どっちもクッセェしよ!」
明らかにアオへと向けられた悪意。それが言葉となって吐き出される。彼女らが元よりこうした事を繰り返しているのか、それとも今日が偶々虫の居所が悪かったのかは分からない。しかし、どちらにせよ彼女らのそれは、ただ嫌味だけを言って終わるようなものでは無さそうだった。
一方で、アオは眼前に立つ兵士達に対して特段に何かをするということをしなかった。何を言っても無駄だと分かっているからだ。だが、兵士達はアオのその様子を自分達を侮っていると捉えたのか、より一層不機嫌そうになって悪意を強めてゆく。
「おい、何だよその目は。反抗的なツラしやがって、なんとか言ったらどうなんだよ」
「おいおい、あんまり言ってやんなよ。内心ビビり散らかしてんだよ。パパーこの人達怖いよーってな」
「顔も女か男か分かんないようなヤツだしな。どうせ跪いてアソコを舐め舐めするのがお仕事なんだろ?」
嘲笑という名の悪性の笑いが周囲に木霊する。アオに吠え面をかかせてやろうという意図が透けて見えるあからさまな罵倒は、しかしやはり不発に終わる。相変わらずアオは表情を変える事なく佇んで沈黙していたからだ。
そんなアオの様子に、兵士達はちっと心底面白く無さそうな舌打ちを一つして悪態を吐く。
「腰抜けめ………これだからグレイラインってのは………負け犬根性が染み付いてやがる」
「ってか、よく見たらコイツ男かよ。なあ、今日はコイツでお楽しみするか?」
「おいおい、誰かの商売野郎じゃないのか?いいのかよ、私らで貰って」
「構うもんか。こんな所に置きっぱなしにしている方が悪いっての」
アオが男だと分かった途端、彼女達の顔が急速に下卑たものとなる。恐らくはアオを何処に連れ込んで回すかという事を考えているのだろう。力尽くで引っ張って行かんと、その手をアオの肩へと伸ばし……。
「汚い手でアオに触れないで」
伸ばされた腕が、横から伸びた手によってガッチリと掴み取られた。掴まれた兵士は反射的に振り解こうとするが、まるで岩の中に埋め込まれたかのようにびくともしない。それどころか、ギリギリと音を立てて指が万力のように食い込んでゆく。
ここに来て漸く彼女達も傍に立っていたリンの正体に気が付いた。彼女が魔人だという事に。
「い、いでででッ!!な、なんでグレイラインの味方なんか……!」
「あら、よく見なさいよ。私もアンタの言うグレイラインよ」
「んなっ!?」
暗かったせいもあって彼女らには今まで見えていなかったが、よく見てみれば確かにリンの髪の色は白族の銀色ではなく、若干金色味がかったプラチナブロンドだった。しかし、それは抜けるような白い肌と同じく、白族の血が濃い事を示唆していた。それに気が付いた1人が、表情を侮蔑に変える。
「お、お前……アッシュか!」
アッシュ。白族とグレイラインの間に生まれた子を、皇国では特にこう呼んで区別していた。彼ら彼女らは、グレイラインによって穢された白族の血、その象徴と看做され、皇国においては場合によってはヨンゴクの現地民などよりも差別される存在だった。
「そうよ。で、どうするの?どこかに失せないのなら、そのアッシュに叩きのめされる屈辱を、これからアンタらに味わわせてやるけど?」
「お、前ぇぇ……!」
怨嗟の声が響くも、食ってかかろうというという者は居ない。訓練を積んだ兵士といえど、怪力無双を誇る魔人相手は分が悪すぎるからだ。
とはいえ、尻尾を巻いて逃げ出す者もいない。勇敢なのではない。単に、アッシュに脅されて逃げ出すという屈辱を味わいなくないだけだった。だから、沈黙しながらも睨む目だけは逸らさないでいた。
「あら、随分と愉快な事をしていらっしゃるのね?」
だが、それ故に彼女達は、罪に問われる事なく逃げ出せるチャンスをふいにしてしまったのだった。
「な……ぐあっ!」
「ユウリ!?あぐっ!」
「がっ!?」
背後から現れた何者かによって、瞬く間に兵士達は叩き伏せられ、地を舐める事となった。
まるで打ち上げられて干からびた魚のような有様となって散らばる兵士達を踏みつけにしながら、その下手人は闇の中から姿を現した。
「全く……気付く事すら出来ないとは、訓練が足りませんわね………エリナ、MPを呼びなさい。お客人への無礼は、その身で以て贖わなければなりませんわ」
「は、はい。了解しました隊長」
「宜しくてよ。………我が国の兵が無礼を働きました。どうかお許し下さいませ」
そう言って深々と頭を下げる彼女。アオもリンも初対面ではあったが、その顔と名前は2人とも知っていた。白い牙の軍集団を統べる眼前の女性のことを。
「いえ、こちらも気にしていませんので、頭を上げて下さい。マヤ・ミネ隊長」
「お気遣い痛み入りますわ、アオ・カザマ様」
彼女こそ、ヴァルキリーをも配下に置く女傑にして、皇国の名家の生まれでもあるブルーブラッド。皇国の最精鋭たるホワイトファング第一部隊の隊長を務める魔人、マヤ・ミネその人だった。
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