ラスト・ヴァルキリー 17話

「「大変お騒がせしました……」」


「いや本当に。儂暗殺者にでも襲われていたのかと思ったぞ?その後の勘違いは愉快じゃったが」


 海上に浮かびし方舟。その上に建つ包丁の社屋内の応接室に今、5人の魔人と4人のヴァルキリーが勢揃いしていた。

 知る者が見れば誰もが鳥肌を禁じ得ないであろうワンマン・アーミーの集会。しかし、現在の空気は物々しさとは程遠いものだった。


「全くだ……もし本当に浮気だったら、お前を殺して私も死んでいたところだ」


「いや付き合ってませんから。というか、冗談ですよねそれ……?」


「……………冗談に見えるか?」


「ひゅぅっ!?」


 目が本気な事を悟り、戦慄するアオ。もし本当にリンとよろしくやっていたとしたら、恐らく自分は愛を囁かれながら縊り殺され、その後彼女は後を追うように自刎するのだろうと、情景まで含めてありありと想像出来てしまっていた。


「殿下」


「分かっているラン。想定の話だ。怖がらせる意図は無い」


 その返答に、むしろそれが逆に怖いんだけど、とアオはかえって恐怖のレベルを引き上げていたのだが。

 ただ、同時にアオはリンが何も言わないのが気にかかっていた。普段ならコハクに対して、ウチは無理心中の依頼は受け付けていません、とでも言っている所だろうに、だ。

 だが、取り敢えずはその疑問をよそに置いて、アオは傭兵として3人の用件を聞くこととした


「………それで、今日はどのような依頼でこちらに?皇国のヴァルキリーが2人揃ってとは、尋常ではありませんね」


「ふむ、それについては儂から説明してもよいのじゃが……」


「いえ、ここは私の方から話させて頂きます」


 説明役に名乗り出たのはラン・ハナヤシキ。コハクと同じ銀色なのにどこか色合いの違う長髪が、アオには目に付いた。


「先ず確認ですがアオ・カザマさん。貴方はつい最近ヤシマの円卓会議に御出席なさっていますね?」


「…………返答出来ない、とだけ言っておきます」


 アオも守秘義務があるので素直にそうですとは言えなかったが、しかし誤魔化しても意味がないのは理解出来ていたので、回りくどい形で肯定する事とした。そして、ラン補佐官もその意図は正確に受け止めていたようで、気にした様子もなく発言を続けていた。


「承知しました。では、御出席なされたという前提で話を進めさせて頂きます。恐らくそこで、我々皇国のヤシマにおける諜報活動について多少なりとも議論があったかと。内容としては、大侵攻後にも関わらず活動が鈍い、といった所でしょうか」


 この様子だと、秘密警察が嗅ぎ回ってたのはバレてたみたいだね。口には出さなかったが、内心でそう推測を立てていた。


「それがそうだとして、依頼とどんな関わりが?」


「大いにあります。端的な結論から申しますと、これまでその余裕が無かった為です」


 "存外、皇国でも何かが起きていてそれどころじゃないのかもしれないねぇ"。

 円卓会議でミー総督が言っていたことをアオは思い出していた。彼女の憶測は的中していたという訳だ。皇国のインテリジェンスのリソースを大きく割かなければならない何かが、実際に起きていたのだ。

 そして、その詳細な説明はコハクが引き継いでいた。


「ところで、だ。ヨンゴクの抵抗組織の事情について、お前達はどれ程知識を持っている?」


「………余り詳しくはありませんが、纏まりが無いことは知っています。ヤシマ解放戦線のように、明確に主導的立ち位置にいる組織が無いので、それぞれがバラバラに活動している、といった所でしょうか」


「それと、組織腐敗や内ゲバを起こしてる所も少なからずあるみたいですね。こないだ相手した統一戦線なんかは典型ですけど」


 帝国が支配するヤシマにはヤシマ解放戦線という巨大なレジスタンス組織が存在し、それが他の中小の組織を実質的に指揮する立場にある。それ故に、帝国にとっても頭痛の種になっている。

 一方で、ヨンゴクのレジスタンスは細分化されており、かつそれぞれの間での仲間意識や協力関係は希薄な傾向にある。有り体に言えば、主導権争いにかまけているせいで纏まれていないのだ。そして、それは皇国に付け入られる隙にもなってしまっていた。


「ふむ。それだけ知っていれば十分だ。つい最近まではその認識で間違い無かったのだがな………」


「………何かあったようですね?」


 その内容こそ、皇国か或いはヨンゴクで起きていた"何か"の核心だと、アオは直感で確信していた。だからこそ、はやる気持ちを押し留めつつも、極力不自然でないよう努めてその続きを促した。


「ええ。ここ最近、レジスタンス同士が連携するような動きが見られ始めています。それも、ヨンゴク全域に渡って。今までの状況を考えればこれは異常な事です」


「我が国の支配体制はこれまで、少なからずレジスタンスの足並みが揃わない状況に依存して来た。だからこそ、それが覆り始めているというのは皇国にとっては由々しき事態という訳だ」


「…………成る程。つまりはレジスタンスの活動を抑える為、若しくは原因の調査をする為にリソースを割いていたという訳ですか」


 肯定の言葉に代えて無言で頷くラン補佐官。

 ヨンゴクのレジスタンス組織は細分化されてはいるが、一方で総数自体は決して少なくはない。これまで皇国は、それらの間の分断や対立などを利用する事でコントロールして来たが、それが通用しなくなれば一転して支配体制そのものを揺るがされかねない脅威となる事は想像に難くない事だった。


「そちらの状況は理解しましたが……結局、どういったご依頼で?」


「まあそう急かすな。ここからが本題だ。ラン、話せ」


「はい。貴方が仰られた通り、これまで我が国はレジスタンスの連携阻止、及び事態解明の為に諜報機関の力を大きく割いて来ました。しかし、ここ数週間ほどに渡って、今度はレジスタンスの活動が急激に沈静化し始めたのです。組織そのものが消失してしまったケースもあります。それも、ヨンゴク全域に渡って」


 この言葉は、アオが想像していたよりも状況が不気味なものになっている事を知らせるものだった。


「…………工作活動のせい、という訳ではなく?」


「その可能性も考慮はしたのですが………それにしては余りにも脈絡が無さ過ぎるのです。諜報機関の方からも、特に組織間の分断が再燃したといった報告は上がってきていませんでしたから………ただ、代わりに気掛かりな情報が」


「というと?」


「先程ヨンゴク全域に渡ってと言いましたが、例外的に港湾都市での活動は活発化していることが判明しています。恐らく、何らかの物資か人員の大規模な輸送を行っているものと推測されます」


 ここに来て、包丁の面々にも依頼の内容が見えてきた。それが顔に出ていたのか、コハクは不敵そうな笑みを顔に浮かべていよいよ依頼の内容を語り始めた。


「そこで、だ。ヨンゴクの港湾都市のうち、特に活動の活発な2つでレジスタンスのアジトを同時に急襲する作戦が立案された。その襲撃部隊に、私としてはお前も入れたいと考えている」


「…………情報を消される前に迅速に制圧し、それを奪取する。分かりやすいですね。問題は人員が足りないこと、ですか?」


「ああ。こちらが動かせる魔人戦力の中でも、今回の作戦に足るだけの実力を持つ者は多くはないからな。お前は制圧作戦の経験もあるからうってつけだ」


 確かに、アオはこれまでも何度か屋内制圧やそれに類する事を行って来た経験がある。戦力としては申し分無いだろう。問題があるとすれば、外様であるが故に連携が上手く行くか、という点だが……。


「指揮系統は?」


「今回の作戦では『ホワイトファング』が動きます。貴方には、その麾下にて働いて頂きたいと思っております」


「………成る程。これは贅沢な人選ですね」


 ホワイトファング。それは、ヨンゴク駐留軍の麾下にある、魔人で構成された特殊作戦部隊の名だ。皇国が保有する精鋭の中でも特に名の知れた部隊の一つであるが故に、包丁の面々も個人で連隊と同等の戦闘力を有するとも言われるその精強ぶりは聞き及んでいた。そして、そんなものを持ち出すという時点で、この事態をどれほど深刻に見ているかが窺い知れた。


「知っている事と思いますが、僕は可能なら殺さない主義です。そちらは問題ありませんか?」


「承知の上です。むしろ情報が本命である以上、ある程度は捕虜が必要ですから」


「…………分かりました。後は、リンの判断を………リン?」


「…………あっ!ああ………ごめん。考え事してたわ………」


 らしくもない。アオはリンの態度に違和感を覚えていた。彼女がこういう時にぼうっとしている人間ではない事は知っているからだ。先程から様子がおかしい事も含めて、アオの心の中に不安が渦巻き始めていた。


「どうしたの、リン?さっきから変だよ。上の空で……」


「…………何でもない!依頼に関してでしょ?私はいいと思うわ。ホワイトファングと一緒なら、危ない場面は早々ないだろうし」


 早口で捲し立てるように依頼の話をする彼女の姿は、誰の目にも何かあるのを誤魔化していると分かった。同時に、その点について少なくとも今は触れてほしくないという無言のメッセージも。だから、アオもそれ以上は突っ込むのを止めて、依頼の話に今は専念することとした。


「そっか…………分かりました、お受けします。コハクさん、ラン補佐官」


「ふふ、お前ならそう言ってくれると思っていた。エマ室長、こうして会談の機会を設けてくれた事、感謝する」


「礼には及びません殿下。これも方舟の外交努力というものですので」


 話が無事纏まって空気が和み始めてきた中、リンは相変わらず浮かない顔をしていた。まるで、憂鬱という名の雑草にそこら中を埋め尽くされたかのような。


 アオは、そんな彼女を心配そうに横目で見ていた。

 あからさまに不調のリン。それが単に体調が悪いだけではないだろうことも、それが自分に怒られたからという訳ではないことも、恐らくは対面側に座してリンからの視線を受け続けているラン・ハナヤシキが原因であろうことも、なんとなく察せた。


 そして、そこまで理解したことで、アオの中でずっと薄々気が付いていた事が確信へと至っていく。

 リンは彼に対しても自らの過去についてあまり多くを語らなかったが、多少の事情は把握していたし、興味本位から一度乗せてみた時にヴァルキリーの扱いに幾らか慣れた様子だったのを変に思ってもいた。だからこそ、リンとラン補佐官の関係に察しが付いていたのだ。

 恐らく、2人は………。


 と、思考の海を漂っていた中、アオはまるで巨大な浮きを括り付けられたようにその中から浮上させられた。

 それは、突然に覚えのある感触を与えられたからで、驚愕に目を見開けば、そこには彼の目を間近で覗き込む琥珀色の瞳があった。

 そして、脳をピリピリと焼くその感触は、彼自身の唇からやって来ていた。


 端的に言えば、アオは今、コハクに唇を奪われていた。


「んっ!?ん、ん〜っ……!!?」


 いきなり、それも人前で口吸いをされたアオは慌てて押し戻そうとするも、先んじてぎゅうっと力強く抱きしめられてしまう。そのせいで、豊満で柔らかくハリのある感触や、服の上からでは分かりづらいしなやかで筋肉質な肢体特有の弾力がアオに襲い掛かってきた。


 普段ならばこのまま暴力的に舌を嬲られ、そして息も絶え絶えの状態で愛をぶつけられる所だろうが、流石に人の目があるからか、そこまでには至ることなくアオは解放された。それでも、真っ赤に茹った顔と濡れた唇は見るものにいやらしさを覚えさせるもので。現にただ眺めるに徹していた3人も、アオ程ではないが赤面を禁じ得なかったようだった。


「ぷはっ……な、何を!?人前ですよ!」


「くくっ……なに、お前が随分と深刻そうな顔をしていたから、な」


「………だからって、他にやり方があるでしょう………」


 最早アオの脳内から先程の思考は吹き飛んでいた。今は唯、目の前に佇む天敵にどう対処するか、それだけを考えていた。

 とはいえ、今まで散々いいように抱き潰されてきた相手に、この場でいきなり妙案が思いつく訳もない。それどころか、開発されきった身体は意思に反して熱って出来上がってしまってさえいた。その兆候を目ざとく見つけたコハクは、アオの耳元へと顔を近づけ、そっと囁いた。


「……アオ、後でタワーに来い。替えの服を持ってな」


 瞬間、ビクンとアオの身体が跳ねた。それは、自分がこの後される事を理解したが為であり、そして自身がその本来なら従う道理のない命令に逆らう事が出来ないであろうことを自覚した為だった。


「………っ。だからもっと洒落た誘い方は無いんですか……!貴女、僕の事になると本当に品が無くなりますね………!」


「ふふ、心配しなくともお前以外には言わない。それに、そうは言っても正直に来るのがお前だ。待っているぞ」


 そう言って頬を撫でた後、リン!と、先程の情欲に満ちたものとは正反対の、ピンと張られた弦の如き声を応接室に響き渡らせるコハク。本人から聞かされていた以上に、コハクが1人の男に入れ込む姿をまざまざと見せられて固まっていたラン補佐官は、それに反射的にはいと応答して立ち上がった。


「タワーに帰るぞ。用事は済んだ」


「……りょ、了解しました………」


「どうした?まだやり残した事があるか?」


 自らの主からの、ある種核心を突いた質問。それにラン補佐官は、少し名残惜しそうな顔を見せてから、いいえと返答した。


「そうか。ではまたな、リン。茶は美味かったぞ」


「あ、どうも………」


「それと………偶には勇気を出す事だな。黙っているのが思いやりとは限らん。どれだけ言い出しにくい事だろうと、な」


 それだけを言い残し、コハクとラン補佐官は去って行った。未だ顔から朱色が取れないアオと、浮かない顔をより一層深めるリンと、愉快さと悩ましさとが入り混じった複雑そうな顔をするエマを残して。


 暫くそうして気不味さのある沈黙が続いた後、おずおずといった様子でアオはリンに質問を投げかけた。一聴した分には意味の分からない、この場にいる者には理解できる質問を。


「…………リン」


「…………何?アオ」


「…………話しては、まだくれないかい?」


 それに対する返答は、無かった。沈黙が未だ話すだけの心構えは整っていないのだと、そう告げてきていた。


 そして、もどかしい気持ちを吐き出すようなエマのため息が、静寂の中に溶けていった。


「………ままならぬのう」

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