ラスト・ヴァルキリー 14話③
「ぜあぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「はああぁぁぁぁぁぁッッ!!」
オレンジ色の鋭い光が、薄暗い廊下を照らす。川を鮮やかに照らす花火を思わせるようなそれは、金属同士がぶつかり合って生じる鮮烈な火花だ。
その出所は、2振りの刀剣同士の爆発的衝突という事件から。下手人は、片方はヤシマ解放戦線に所属する魔人にして総督府襲撃班の隊長。もう片方は第三地区総督にしてヴァルキリーたるニー・ミー総督だ。
一体彼女達は何をしているのか?少なくとも、新手のアート活動をしている訳では無いのは、両者から迸る殺気からして明らかだろう。
再び2度、3度と火花が舞い散る。まるで乱れ咲く美しい彼岸花のようだ。だが、それは命のやり取りで生まれる美。殺意と殺意の応酬が植えた花壇だ。
互いが互いの命を奪わんとする死の輪舞。それを主導しているのは、ニー・ミー総督だった。
「どうしたどうしたぁッ!?そんなへっぴり腰では私を産ませられないよッッ!?」
「ッく……!」
拮抗は一瞬。隊長はすぐに防戦一方に追い込まれていた。
無理もない。両者共に変換属性は運動エネルギーだが、魔力量でも操作精度でもミー総督が明らかに上。結果として、身体能力の増幅量で隊長は劣勢を強いられていた。むしろ、それでもなんとか凌いでいるという時点で、彼女が精鋭の一角である事を疑う余地は無いと言える。
「しぶとい、ねぇぇッッ!!」
だが、そんな粘りを見せる隊長に剛を煮やしたのか、一層に力の込められた大上段からの唐竹割りが叩き込まれる。下手に受ければ防御ごとかち割られかねない一撃。出鼻を挫こうにも、剣速が早過ぎて慣性だけで頭を割られてしまうだろう。回避も間に合うまい。
その、防御も迎撃も回避もまともに行えない絶死の鉄鎚に対して、隊長が選択したことは敢えて力に逆らわないことだった。
瞬間、一際大きな華が咲く。耳障りな悲鳴を上げながら、隊長の剣の腹を削り取るようにしてミー総督のマチェットが滑る。真正面から受けるのではなく、うまく力を受け流した格好だ。
それでも、その圧倒的なパワーは隊長の身体を後ろの方へと押し出すには十分に過ぎる物。このまま行けば、体勢を崩された所に第二撃が打ち込まれるだろう。
だが、結果から言えば追撃が放たれることはなかった。何故なら、ミー総督の想定以上に隊長が勢い良く吹き飛んだからだった。
「力を込めすぎた……?いや、向こうから吹っ飛んだか……いい判断だねぇ」
「クソッ………」
余裕の様子を見せるミー総督に、隊長は悪態の一つも吐きたくなるのを抑えられないようだった。それを一言に止められたのは、吐いたところで状況が好転する訳ではないことを理解しているからだ。もしも吐けば吐くほど良くなるのなら、彼女は遠慮なく罵倒をぶちまけていたことだろう。
突然、隊長の背中に寒いものが走る。その予感に従うがまま身体をずらしたのと殆ど同時に、先程まで肩があった位置を光線が1条貫いた。
まだ追撃が来る。その予感は正しく、バク転するように身体を転がした瞬間、今度は5条の光筋が空間を裂いて通り抜けた。
イーラン総督からのレーザー射撃だ。それも、魔人の身体を貫く出力の。
(このままでは、力尽きるまで踊らされる……!)
敵の武器は発射即着弾の狙撃砲。それも、魔力が続く限りは弾切れ無しのインチキだ。更に相手はヴァルキリーと来ていて、トドメにミー総督というオマケになっていないオマケ付きだ。距離を離すことは自殺行為だと嫌でも理解せざるを得ない。危険を避けるには、危険を冒さなければならなかった。
「お、おおぉぉぉぁああぁぁぁッッ!!」
裂帛の咆哮。それと同時に、大地を思い切り蹴って身体を撃ち出す。目標、前方。標的、チェン・イーラン。
面食らったのか、イーラン総督とミー総督からの迎撃の照準が甘くなる。それを好機と見た隊長は、左手を突き出して衝撃波を放った。
如何に光を捻じ曲げられるとはいえ、それはあくまで錯覚でしかない。限定された空間で広範囲攻撃を撃ち込まれれば流石に回避は難しい。横で戦っているエニシに当たらぬよう注意し、不可視にして渾身の一撃を繰り出す。それを防ぐ手段はイーラン総督には無い。イーランには、だが。
「うあっ!?」
隊長にとって聞き慣れたその声は、エニシのもの。僅かに視線を逸らして見やれば、身体をくの字に曲げて後ろへと吹き飛んでゆくのが見えた。そして、その視界の端を何か黒いものが高速で通り過ぎてゆく。それがルー総督だと気がついた時には、既に彼女はイーラン総督を庇うようにして正面に立ち、その両手を前へと突き出していた。
そして、衝撃波はルー総督の掌に触れた瞬間、力を吸い取られたかのように大きく減衰した。逆位相の振動を加えられて中和されたのだろう。決死の攻撃は、ルー総督の軍服を大きくはためかせるだけの結果に終わった。
だが、未だ隊長の身体は飛翔している。イーラン総督の射線も、ルー総督が塞いでいる。そのまま、目標を変更して剣を振りかぶる。
それに対して、ルー総督が取った対応は迎撃。抜刀術の要領で、腰の辺りに構えた斧をぶうんと轟音を立てて振るう。
けたたましい衝突。その後には、隊長の身体が跳ね飛ばされて宙を舞った。不味いと隊長が思った時には、イーラン総督からの射線が通ってしまっていた。
身体の運動エネルギーに魔力変換で上乗せをし、一気に上昇。それに僅かに遅れて、光線の槍衾が空を切る。更に、勢いのまま天井を蹴ってコマのように回転し、そのまま射線を切りつつ着地した。
三半規管を痛め付けるアクロバットから一息付く間も無く、ルー総督からの第二撃が横から迫り来る。先のぶつかり合いで、単純な膂力はミー総督のそれを凌駕していることを悟っていた隊長は、それを受け止める事はせず、下方向へのベクトルに逆らわないようにして身を屈めて回避。それと同時に、脚を回転させてルー総督の脚を取りにかかった。
ぶん、と空を切る音。捉えたと思っていた隊長だったが、ルー総督には読まれていたようだった。既にその姿は、イーラン総督を庇う位置に移動していた。
それとほぼ同時に、ミー総督と代わって交戦していたエニシが、吹き飛ばされるような勢いで隊長の隣へと飛び込んで来た。だが、追撃が行われる様子はなく、エニシは飛びかかる前の肉食獣のような姿勢を崩すことなく眼前を睨んでいた。
湯気混じりの荒い息が廊下を跳ね回る。先の攻防で、隊長の息は完全に上がってしまっていた。そしてそれは、エニシも同じ。総督達は未だ余力を残している様子だというのに、2人とも余裕などかけらも無かった。
(予想より強い……これがヴァルキリーか………しかも、イーランはまだ殺気が薄い……)
イーラン総督からの光線は、その全てが急所を外していた。彼女は、未だ襲撃班の2人を生け捕りにすることを諦めてはいないのだ。
成る程、噂に聞く通りお優しいようだ。毒混じりながら、そこには感心も混ざっていた。
とはいえ、その事実は慰めにはならない。彼女達にとっては殺されるも捕えられるも大差はない。ただ、残りの寿命が違うだけ。だから、選択肢は背後の窓からの逃走以外には無い。
(急がなければ……アオ・カザマももうじき合流するだろう。そうなったらもう、逃げ場は無い)
3人でも余裕が無いのに、この上もう1人追加されれば流石に捌き切れない。それだけでなく、ここは会議室に向かう唯一の通路である以上、アオが来るとすれば、隊長達の退路を塞ぐ格好となる。挟撃の形となれば、もはや誰の目にも明らかな詰みだ。
その前に、是が非でも作戦を実行に移さなければならなかった。隊長とエニシと、2人の緊張がより一層に強まる。
一方で、驚いていたのは総督達の方もだった。全力を出している訳ではないとはいえ、力でも能力でも数でも自分達が優っているにも関わらず、仕留めきれない。それだけの巧さを得るのにどれ程の修練を行ったのであろうか?もしも6人がかりをまともに相手にしなければならなかったら、追い詰められていたのは自分達の方だっただろうと、誰もが確信していた。
だからこそ、脅威の芽はここで摘み取る。死ぬにせよ死なぬにせよ、無力化しないという選択肢はない。
警戒と警戒の糸が絡まり合い、引っ張り合い、空気が張り詰めてゆく。ギチギチと、ギチギチと。
永遠に続くかに思われたそれを引きちぎったのは、息を整えている隊長達の方ではなく、余裕を残す総督陣の方であった。
「であぁぁッ!!」
「おぉぉッ!!」
ミー総督はエニシへと、ルー総督は隊長の方へと、それぞれ得物を片手に両側から挟み込むような格好で躍り出る。魔力変換によって殆どゼロ秒の内にトップスピードへと加速した2人の体は、最早重量の半分が水で出来た一種の砲弾だった。
衝突するだけでも大体の物体を粉砕できるエネルギーが、身体のバネを伝ってマチェットと斧へと伝達され、軽々と音速を突破した刃が標的目掛けて襲い掛かる。
その、身体そのものを真っ二つにしかねない猛威に対する2人の対応は、鏡写しにしたように同じだった。
直撃寸前、隊長とエニシと、2人の身体が全く同時に後ろへと跳ね、死神の鎌と、イーランから放たれた脚を狙った光線とを間一髪の所で回避した。
無論、ミー総督とルー総督もそのまま逃すほど愚かではない。勢いそのまま身体を高速で回転させ、更なる踏み込みを加えて今度は下側から斬り上げる。殆ど威力の減殺されぬままのそれは、轟音を伴って胸から上を魚の開きのような有様にせんと迫る。
だが、それこそ2人が望んでいた展開だった。
インパクトと同時、隊長とエニシの身体が宙に浮き上がる。遂に逃れられず、その身を無惨に切り捨てられたのだろうか?大音響の金属音が、答えは否だと教えてくる。
彼女達は自らの脚で以て浮いたのだ。自分達を圧倒する程のパワーを"逃走経路"とする為に。
そう、逃走経路だ。回避ではなく、攻撃でもない。そも、最初から2人の目的はこの場から一刻も早く逃げることなのだ。その意思に従い、敵から加えられたエネルギーと自身の脚力、そして全力の魔力変換の全てを合算した勢いで、2つのタンパク質と水分と脂肪とカルシウムの塊が、窓目掛けて冗談のように吹き飛んでゆく。
「おやおや、舐められたものだねぇ!!」
ミー総督のその言葉は、隊長にとっては言われるまでもない事だった。彼女達の脱出にとって最大の障壁は、光速の砲弾を持つ砲手、チェン・イーランに他ならないのだから。現に、イーラン総督は右手を空を飛ぶ隊長達に向け、今まさに砲撃の体勢を取ろうとしていた。
それは分かっていた事だ。言われるまでもなく。
だから、もう一手が必要だった。逃れる為のもう一手が。そのための方法は、既に隊長の手の中に用意されていた。尤も、その正体をエニシは知らなかったが。
エニシと隊長の手から何かが勢い良く射出された。鈍い銀色に光るそれは、2人が手に持っていた解放戦線の正式採用近接武器である片刃剣だ。その矛先は、イーラン総督………の、丁度足元に向かい、着弾と同時にコンクリートの床を砕いた。
エニシが聞かされていた作戦の上では、これが目眩しになる予定だったのだが…………問題が発生していた。
(…………煙が、足りない!)
エニシの想像していたよりも、視界を遮れなかった。後ろに向かって飛びながら前に投擲していた為に、運動エネルギーが足りなかったのだ。イーラン総督を怯ませることは出来たが、それも一瞬。直ぐに体勢を立て直して狙いを定めて来た。
イーラン総督の周囲に、何か光るものが発生する。それがレーザー砲撃の為の予備照射なのだとは、エニシも知識として知らされていたし、実戦の中で何度も目にしていた。故に、悟らざるを得なかった。これで、終わりなのだと。
隊長以外は。
ぱあん、と何か湿り気のあるものが弾ける音がした。それは、総督達の前方から発生していて、同時にエニシの横から生まれていた。ただ、その発生源を見届けることが出来たのは、エニシだけだった。何故なら、赤い霧によって、視界が遮られていたからだ。
一体全体、どこからこんなものが発生したのか?それは、隊長の身体が物語っていた。隊長の、欠けた左腕が。
隊長がエニシに語っていなかった真の仕上げ。それは、自らの左腕を魔力変換の運動エネルギーで破裂させ、血煙を起こすことで視界を遮るという、捨て身の策だった。
上手くいっても一生ものの欠損は免れない自爆作戦。だが、それは幸運にも無駄には終わらず、イーラン総督の追撃を逃れるという目標を見事に成し遂げていた。後は、すぐそこまで迫った窓を破って逃走するだけ。盲撃ちの光線が霧を貫くも、それらは虚しく2人を捉えることはない。
目的を達成することが勝利というのならば、間違いなくこの場の勝者は隊長だったと言えるだろう。
「………間に合った、か」
彼が、到着してしまうまでは。
「あ………」
その声。先程通信機越しから聞こえてきていた声は、タイムアップを知らせるアラートだった。
あともう少しで窓に触れる所だった2人の身体は、爆発音と共にやって来た衝撃という名の闖入者によって、横合いに吹き飛ばされた。
廊下を激しく転がる中、隊長の左肩から未だ滲み出続ける血液が、床に一本のラインを描く。敗北の、ラインを。
漸く身体の回転が収まった時、隊長の茶色の目は、やっと敵の姿を映していた。
「アオ………カザマァ……ッ!!」
憎しみと、苦痛の籠った声が、虚しく赤壁の廊下に響く。体勢を立て直して逃げ出そうにも、既に続々と総督陣が到着して来ていた。イーラン総督からのレーザー砲撃が、2人の脚を捉える。
「あぐっ!?」
「が、あっ!!」
逃げる為の道具も絶たれた。最早、2人に打つ手は無い。
勝利という栄冠は、あと僅かという所で襲撃班の手から零れ落ちた。今それを握り、リングの上で拳を振り上げているのは、征服者達。
痛みと悔しさに滲む視界の中で、刃が首元へと突き付けられた。
「王手詰み、だ」
その宣言は、全ての終局を告げる合図だった。
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