ラスト・ヴァルキリー 13話②

「では、議論に移る前に、まずは前提となる情報を改めて共有致しましょう」


 そう口火を切ったのは、やはりイーラン総督。彼女がこの会議の実質的な進行役という訳だ。


「今年一号となる第一次ヤシマ大侵攻。これは第二地区ナンキョウ湾岸より上陸したアヴァル種、総勢25体によるものでした。それぞれ1体のアルファに率いられた2つの群れに別れていたため、別々の群れが同時に侵攻していたものと推測されます」


「………二号の第二次ヤシマ大侵攻はそれから1ヶ月後。第三地区新クスバの郊外から侵攻した10体のクラグ種。そして、遅れて出現した規格外怪獣アヴァルによるものだね。多分、クラグ種はアヴァルに追い立てられてこっちに来たんだろう。引き返す様子が無かったからねぇ。そうだろう?アオくん」


「え、ええ……生き残った2体のクラグは都市を避けるようにして逃走していっていましたから、その見立てで間違いないと僕も考えています」


「………第一次は記録上最大級の規模だったな?それから1ヶ月でとは、尋常ではない」


 大侵攻からのインターバルの長さは、規模が大きい程に長くなることが古くから経験的に知られている。25体という規模ともなれば、向こう1年は大侵攻はおろか怪獣の活動そのものがぱたりと途絶えたとしても不思議な事ではないのだが、にも関わらずたった一ヶ月で規格外怪獣という絶大な脅威が活動を活性化させたことは、ルー総督の言う通り異常な事態だった。


 そして、怪獣が事件を起こすケースはこれだけには止まらなかった。


「ええ。更にこれ以外にも、小規模な怪獣被害はヤシマ各地で散見されています。ナカヤマ、チクエ、トダ……現在の所、都市部への侵入は阻止されていますが………」


「あまりにも怪獣達が現れ過ぎる。そう言いたいんだね?」


 こくりとイーラン総督の首が縦に頷く。その顔には何の表情も浮かんではいなかったが、誰もが彼女が深刻にこの事態を受け止めているのだと理解していた。


「……原因に検討は?」


「いいえ、何も。学者の皆さんにも意見を求めたのですが、『常識から余りに外れすぎている』という事しか分かることはありませんでした」


 役立たずどもめ。ルー総督の脳内にそんな罵倒と嘲笑の言葉が浮上してくる。尤も、その学者達自身もまた、この常識外れの事態に対して興奮と同時に無力を覚えていたのだが。


「………1つ、いいですか?」


「どうしましたか、アオさん?」


「皇国からは何か?」


 アオには1つ気がかりな事があった。それは、帝国の敵対国である皇国が軍事的に目立った動きを今の所見せていない、ということだった。

 第二次大侵攻で、シュヴェルトライテという帝国に3機しかない特級戦力の1つが暫く欠けてしまったことは当然帝国も把握している筈。にも関わらず動かない、というのがアオには解せなかった。


「私の知る限りでは……ルー総督、貴女の方では何か?」


「ネズミが多少は増えた程度だ」


「そうですか……ミー総督。貴女は何か掴んではいませんか?」


 イーラン総督も、ミー総督の第三地区で諜報活動に動きがあることは掴んでいた。それ故に、彼女は何かを知っているのではないかという思いがあったようだった。


「うーん……皇国はそこまで、だねぇ。スパイは増えているがそれだけ。存外、皇国でも何かが起きていてそれどころじゃないのかもしれないねぇ」


「何か、とは?」


「さあ?そこまでは………私達のような怪獣絡みでは流石にないだろうしねぇ」


 如何に皇国が情報統制を敷いたとて、怪獣案件ともなれば隠し切れるものではない。帝国人たる彼女達の耳にも必ずや入っているだろう。だが、それが無いという時点で、怪獣が原因ではないというのは容易に想像のつくことだった。


「ふうむ………アオさん、他に気になることは何かありませんか?」


「他に?そうですね………気になっていたのは、怪獣達の進行方向に迷いがなかったことですね」


「迷いがなかった?どういう事だ」


 ルー総督から要領を得ないといった感の疑問の声が上がる。彼女は大侵攻を実際にその目で見てはいないため、感覚で理解することが難しかったのだ。

 それを分かってか、アオはより具体的に語り始めた。自分が感じた違和感を。


「何と言いますか………第一次でも第二次でも、怪獣達は僕達に邪魔されるまでは脇目も振らずといったふうで都市部を目指していたように感じたんです。追い立てられていただけの筈のクラグ種でさえ。まるで、そこに何か大事なものがあるみたいに………」


「都市に惹かれるように、だね」


「それには同意します。追い詰められるまで、何がなんでも侵攻してやろうという必死さを、私も彼らから感じていましたから……」


 対して、実際に今年の大侵攻に居合わせ、対応した張本人達はその違和感に同意の声を上げていた。怪獣達は明らかに狙って都市部を目指していたと。


「………まさか腹が減っていたわけでもあるまい」


「原因については、僕にもさっぱりですね」


「そうかい?私はそれで確信が深まったことがあるよ」


 瞬間、視線がミー総督に集中する。どういう事だという赤色の視線。興味があるという青色の視線。詳しく聞かせて欲しいという緑色の視線。それらが交差して白一色となる。眩しいばかりのそれに怯むこともなく、ミー総督はこれを話したかったといった様子で口を開き始めた。


「実はねぇ、私のところで解放戦線について気掛かりな情報が上がってきていたんだ」


「解放戦線が?」


 ヤシマ解放戦線。ヤシマの原住者達によるレジスタンス組織、その最大勢力だ。総督達も彼ら解放戦線には手を焼かされており、活動の隠密性の高さという点でも警戒度の高い組織であった。

 その解放戦線について、ミー総督は何か掴んでいるという。怪獣との関連は見えないが、興味を惹かれない筈もない。


「そう。というのも、だ。最近私の所に常駐している秘密警察が領内の解放戦線の拠点を抑えたんだが……発見された記録文章を分析してみたら、中々産まれる情報が浮かんできたのさ。まあこれを見てくれたまえよ」


 そう言うなり、ミー総督はバサリとヤシマの地図を広げた。そこには、怪獣出現地点を記したマークがバツの形で描かれ、出現した時間も共に記載されていた。


「……これがどうした?」


「せっかちは嫌われるよ?まあ嫌われていたか………おっと、それでだ。解析した文章からは、最近解放戦線が活動していた場所と時間を割り出すことが出来た。それを付箋に纏めたんだが……一枚ずつ貼り付けていこうか。先ずはナンキョウ。次はナカヤマ。そしてその次が………」


 ペタリ、ペタリと一枚ずつ地図に貼り付けられていく付箋。その貼り付けられる場所が、ある場所と奇妙なまでに符合していると、それを見る皆が気付くのに時間はかからなかった。


「っとこれで最後か……どうかな?付箋を貼った場所がここ一ヶ月ほどの間に解放戦線が何かの動きをしていた場所。そして、付箋の時刻と地図に書いた時刻を見比べてみようか」


「…………これは」


 その結果は、ここにいる誰にとってもショッキングなものだった。


「そう。ピタリと一致したのさ。解放戦線が活動していた場所と時間。それと怪獣達が出現した場所と時間がね」


 それは、ここにいる誰にとっても聞き流し難い情報。それが本当ならば、ともすればオカルトじみた1つの可能性が現実になるのかもしれないのだから。


「馬鹿な。それでは解放戦線が……」「解放戦線が、怪獣を操っているかのよう、だと?」


 遮られたルー総督が遮った主であるミー総督を忌々しげに睨み付ける。だが、イーラン総督の手前である為か、それ以上はことを荒立てるつもりはないようだった。

 その様子に満足げになったミー総督は、そのオカルト的な可能性。早い話しが、大侵攻は解放戦線によって怪獣がコントロールされて起きたものである、という馬鹿げた空想の可能性を語る。真剣に。大真面目に。


「確かに、馬鹿な話をしていると思うよ?私は。だけども、一笑に付すこともできない。そういう気配を同時に感じているのさ。そして、2つの大侵攻の両方に参戦したアオくんの先の言葉。無視していいものじゃないよ」


 一瞬の沈黙。だが、それは黒が白になる程引き伸ばされて感じられた。それ程に、ミー総督が明かした情報のショックは小さくないものだったのだ。


「………これ、僕が聞いてもいい情報なんですか?それが仮に真実なら、その手段自体が戦争の火種になりかねない」


「普通なら聞かせないさ、こんな劇物。でもイーラン曰く、君は信用できるそうだからねぇ」


 常識のないミー総督にも、これが拙い代物だという自覚はあったようだった。

 何せ、怪獣を自由に操作する、などという事が本当に可能なのなら、それを握った陣営は巨大なアドバンテージを手にすることになる。それこそ、アヴァルのような規格外怪獣を数体かき集めて上陸させれば、それだけで戦力差は歴然としたものになるだろう。


 つまり、万が一これが皇国に漏れれば、それを可ならしめる方法それ自体を手に入れるために戦争が始まりかねない。ミー総督が持ってきたのは、そういう可能性を内包した情報だった。


「………疫病神め」


「ありがとう。それで、どうするかい?単なる空騒ぎなら無駄な労力を使わされたというだけだけど、もしも本当ならこれは大変な脅威だ」


 そう。もしもこれが真実ならば、解放戦線の実質的な戦力は莫大なものとなる。今現在は怪獣の活動の多くは小規模で散発的なものに終始しているが、大侵攻規模の攻撃が複数箇所で行われれば、蹂躙はまず避けられない。


 故に。


「もしも本当なら一刻も早く解放戦線を叩き、コントロール手段を暴かなければならない。そういう訳ですか。だから、秘密警察の動きを活発化させていたと」


「理解が早くて助かるねぇ。まあ、正確にはもっと確信を深めるために情報を集めてもらいたかった、と言うべきだろうがね」


 それが、第三地区における秘密警察の活発化という現象の答えだった。アオの想像を超えて劇物だったが。恐らくこの情報に関することを、アオはエマやリンにさえ話せないだろう。


「………分かりました。こちらでも解放戦線に対する捜査を強めて貰いましょう。ルー総督も、それで宜しいですか?」


「………いいだろう」


 如何にも癪だと言わんばかりの様子でルー総督は了承の言葉を不承不承口にした。だが、イーラン総督に気にした様子は無いようだった。

 そんな2人をそれを尻目に、ミー総督は改めてアオの方へと向き直った。


「有難うアオくん。お陰でスムーズに情報を出せたよ」


「いえ、折角招かれていながら大した役に立てませんでしたから……」


「そう卑下するものじゃない。君の言葉が無ければ、私もあれに対して何かあるという確信を持ちきれなかった。こうして提言出来たのは君のお陰さ」


 だから、もっと誇ってくれ。暗にそう言っているようだった。

 ルー総督への態度とはえらい違いだと思いながらも、アオは気恥ずかしい思いと共にその感謝を受け取ることとした。


「………有難うございます、ミー総督」


「ふふふ、借りに思うなら産ませてくれたまえよ」


「まだ会議は終わっていませんよ、アオさん。ミー総督。大侵攻に対しては、現状私達ヴァルキリーが即応しなければならないという問題があります。次の議題は、それへの対処です」


 そう窘めるようにイーラン総督は2人に向けて言う。直近部分だけ切り出してみれば怪しいを通り越して如何わしい会話にしか聞こえないのだが、特に何も言わない辺り、ミー総督の口癖についてはよく知っているらしい


「分かっているともイーラン。そっちの海兵でも遅滞に相当苦労したそうじゃないか」


「ええ。ヤンもアオさんの介入が無ければ死んでいたでしょう。同じ轍を踏まない為にも、対怪獣即応部隊の編成が必要なのです」


「本国には?」


「既に話は通してあります。後は、どの部隊をどこに動かすかだけ……」


 と、議題が部隊編成の話へと移り変わったその時だった。



『―――総督!イーラン総督!!会議中に失礼します!!』


 円卓に設けられた通信用電話。そこから大声で第二地区総督を呼ぶ声が轟いた。それは、この赤壁を守護する守備隊からの通信だと、イーラン総督は声色から直ぐに気が付いた。


「こちらは未だ会議中です。何事ですか?」


 そして、続いて告げられた知らせは、ミー総督からの情報を超える今日1番の、余りにも嬉しくない衝撃を齎した。



『て、敵襲です!!解放戦線が、総督府に攻撃を仕掛けて来ました!!』

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