ラスト・ヴァルキリー 13話①

 第二地区の中心都市『新ナンキョウ』。

 ヤシマ列島の交通の結節点であり、帝国の占領以前より経済の中心地として栄えていた場所だ。そして、現在では第二地区総督府が設置され、名実ともに第二地区における政治の中心ともなっている。

 元より発展していたここは帝国の再開発もあってより大きく効率的な都市へと変貌し、かつての面影は段々と消え失せていっていた。


 そんな、帝国が保有する中でも有数の一大都市となっている新ナンキョウの中心地に、真っ赤な壁面が見るに鮮やかな煉瓦壁の建物が座していた。

 建物は2つの中庭を囲む壁の如き回廊と、中央に聳え立った遠くからでもよく目立つ1本の塔で構成され、その有様はまるで統治者の権威を誇示し、強調しているかのようでもあった。


 そう、この建物こそまさにこの第二地区の行政中心部たる総督府。通称『赤壁』だ。その赤壁の地下に設けられた特別会議室にて、今まさに帝国の戦乙女は一堂に会そうとしていた。



「いやはや……君も大変だねぇアオくん。お互い病み上がりだというのに、こんな面倒の煮凝りを食べさせられるとは。確か、第一地区総督とは初めて顔を合わせるんだったかな?不味過ぎてのけぞらないように気をつけたまえよ。彼女は人でなしだからねぇ。かく言う私も……おっとここまでにしておこうか。実際に見た方が早い。不運不運」


「………あの、呼んだのは貴女なのでは?」


「あっはっは、そうだったねぇ。ならばようく味わってくれたまえ。3人で食べれば2人分でも、4人で食べれば3人分でも腹が満ちると言うように、苦い料理も他人と共になら幾分食べやすいのでねぇ。旅は道連れ世は情けだよアオくん。君と私の仲なんだから共に乗り切ろうじゃないか。ところで、こないだ新しく開発した武器なんだが……」


 光源は明るく空間も広々と取られていながら、地下にあるせいか何処か暗くそして狭苦しい印象を与えるこの特別会議室。その中央にある円卓に今、2人分の人影があった。


 相も変わらず捲し立てるように話している1人は、先の戦いにてクラグとアヴァルとの連戦を生き抜いた戦乙女。更に第三地区総督にして兵器開発者でもあるという三足の草鞋を履く女。『悪魔の手』のニー・ミー総督だ。


 そして、そんな彼女に引き気味になりながら相槌と返答を返しているのは、2人のヴァルキリーからの推挙を受けてここに席を置く、この世でただ1人の男性ヴァルキリー乗りにして傭兵戦乙女。『閃剣』のアオ・カザマであった。


「………しかし、何だな。国家財政というものを家計が何かかと勘違いしている輩が実に多い!それも、専門家の中にさえ多数だ!現代教育の敗北だよこれは。だから私の地区では経済を必修科目にしているのさ。これ以上俗説の専横を許していると私の寿命が縮んでしまうのでねぇ。それに、正しい教育を受けた子供の知識に親が敗れるというのも、それはそれで面白い光景だ。親の言う事全てが真実ではないと子供は思い知る事になる訳だからねぇ。親子関係における権力性の否定だよこれは」


「は、はぁ………」


 早口な上にあっちにふらりこっちにふらりと内容に一貫性のないミー総督の雑談に、アオは後ろを追いかけるのでやっとといった状態だった。そうした彼の様子に、ミー総督が気が付いているのかは定かではなかったが。というか明らかに分かってない。

 尤も、アオが話に付いて行ききれていないのは、また別の要因もあったようだが。


「で、でだよアオくん。私はこう思うのさ。そもそも精神の本質というものは自己観測にあるのだと。自分の量子状態を自分で観測できる。まさしく我思う、故に我ありというやつさ。だから……」


「あの、お話の途中で申し訳ないですけど一つ聞いていいですか?」


「おっとと、いけないいけない。君達と話しているとつい話が長くなるねぇ。どうしたんだい?」


「………それ、何ですか?」


 そう言ってアオが指差した先。そこには、赤い人工の雪山がでんと鎮座していた。全体からは果実のような香りが漂い、如何にも甘そうで食欲を誘った。

 まあつまりは、どでかいかき氷がそこにはあった。


「ああ、これかい?早速気がつくとは君も食い意地が張ってるねぇ」


「イヤでも目に付きますよそんなもの!なんで真剣な会議の場に食い物を持ち込んでるんですか!?というかなんでかき氷なんですか!?」


「私が好きだからだねぇ。あと気分」


「答えになってるけどなってませんよッ!」


 ツッコミの連続だが無理もあるまい。ミー総督がフリーダムな人間だというのはアオも片鱗を見てきていたが、これ程とは想像していなかったのだ。

 そんな頭を抱えているアオを尻目に、ミー総督はといえば溶けてはならぬとかき氷をもしゃもしゃし始めていた。


「うんうん。やっぱりかき氷といえばイチゴに限るねぇ。世の中には青いかき氷なるものもあるが、あんな食欲減退色の塊のような代物を口にするなどなんとも悍ましいことだ。自然な赤色に勝るものはないと確信しているだろう君も?」


「すいません。ちょっと黙っててください」


「しゅん」


 流石に今の少々余裕のない時に絡まれるのは鬱陶しかったのか、気付けば総督に言ってはいけない口調で一喝してしまっていたアオ。まあ当の総督自身はただしょげるだけで怒る様子はないのだが。あと相変わらずかき氷を食べる手は止めずにいた。


 そうして、スプーンとガラスの器がぶつかる音だけが時々響くようになってから少しの後、なあんでこんな人が総督やってるんだろう。これで第三地区が一応回ってるの帝国の七不思議の一つじゃないかな、なんて事を思いながら総督を眺めていたアオの耳に、引き込み式の自動扉が開いて擦れる音が届いた。それに続いて、コツコツと響く靴の音も。


 見やれば、そこには口元まで隠れるほど高い襟のロングコートを着た長身の女性が歩みを進めていた。どこか物々しい殺気を放ちながら。

 それを見たミー総督の顔が、腐った生ゴミを見たとでも言いたげな不愉快なものに変わった。


「おやおや、本当に来たよ。理由を付けて欠席するものと思っていたが……」


「黙れ。その不快な声を止めろ」


「怖いねぇ……そんな事だから君の自治区は『地獄』などと呼ばれるんだよ。少しは私やイーランを見習って……」


 瞬間、何か硬いものが粉々に破壊されるような破裂音が響き渡った。それは、女性がコンクリートの床を思い切り踏みつけた音だった。


「……3度は言わないぞ。黙れ、ニー・ミー」


 今度は流石にミー総督も推し黙る。が、その代わりと言わんばかりに此方からも殺気が放たれ、女性からのものと鍔迫り合いをし始める。

 今にも本気の殺し合いが始まりそうな剣呑な空気が急速に満ちてゆく。感情に温度があるのなら、先程上機嫌でミー総督が頬張っていたかき氷もすっかり溶けて煮え立っていたことだろう。


 その中心に挟まれたアオはといえば、非常に居心地が悪そうだった。槍衾の間に挟まれて熟睡の一つも出来るような人間はいまいが、アオの心境も似たようなものだった。まさか、ここまで関係が悪いとは彼にとっても想定の外だったのだから。


 そうこうしている間にも、静かな殺意の応酬は鎮まるどころか益々以て膨れ上がるばかりだ。このままでは、形容としてではなく本当の鍔迫り合いが始まってしまうだろう。アオは、そうなった時に備えて身構える。愛用の鉈剣は流石に持ち込めなかったが、素手でも闘争を制止することは出来ると。


 だが、結果から言えばアオの出番は無かった。その前に、一条の光が2人の間を貫いたからだ。


「おやめなさい、ニー・ミー総督。それとジェン・ルー総督」


 それは彼女の、この第二地区の長たるヴァルキリー。【黒い太陽】のチェン・イーランの指先から放たれた光だった。


 瞬間、室内に満ちていた殺気が本当に穴を空けられたようにして萎んでゆく。それは、2人にとってもチェン・イーランという人物は軽くは扱えない存在であるという証。

 建前としては帝と円卓の元に平等である帝国のヴァルキリーだが、それは必ずしも遵守はされていないのだと、この一幕だけで物語っていた。


「ちっ………」


「ふん………」


 とはいえ、不機嫌そうな様子は変わらずだったが。矛を収めたからといって、武器を握る兵士の圧はさほど減りはしないように、彼女達の生むこの灰色の空気もあまり弱まりはしなかった。

 そして、代わって申し訳無さそうにアオへと謝罪をしたのは、実質的な主催者であるイーラン総督だった。


「申し訳ありませんアオさん。不快な思いをさせてしまったことでしょう」


「いえ、むしろ有難うございます。僕だけでは力が足りな……」「イーラン。何故その男を連れてきた?」


 先程からの刺々しさをより一層増しながらアオを睨む彼女は、『泣き女』のジェン・ルー総督。悪名高い第一地区の総督であり、そしてヴァルキリー『ヴァルトラウテ』の担い手たる戦乙女。アオにとっては、話に聞いてこそいれども初対面の相手だった。


「私が必要だと判断致しました。アオさんは2つの大侵攻のどちらにも参戦した人物。その意見と見解は無視し難いものがあります」


「だが、方舟のヴァルキリーだ」


 つまり、ルー総督はこう言いたいのだ。アオ・カザマは傭兵故、機密情報をよそに漏らすぞと。その懸念自体は間違ってはいないが、仮にも客人であるアオの前でするには不適切な話題なのは誰の目にも明らかだった。


「心配事があるのなら然るべき対応をちらつかせればいいさ。それとも、実力に自信が無いかい?」


「貴様………」


「やめなさいと言っています」


 ぴしゃり、と遮られて再び沈黙するミー総督とルー総督。やはり、2人ともイーラン総督には強く出られないようだった。


「ルー総督。そのリスクも含めて利になると判断したまでです。責任は私が負います。何か他に言うことはありますか?」


「…………ない」


「では、進めさせていただいても宜しいですね?」


 無言。だが、それが肯定なのだということは、初めて目にするアオにも理解できた。

 そして、アオとミー総督の後からやって来た2人が改めて席に着くと、そのうちの1人であったイーラン総督は、ついに会議の開始を告げる宣言を出した。



「『円卓と帝の前に、全ての戦乙女は平等なり。故に、我らが論ずるに相応しき場は、円卓の他に在らず』。これより、円卓会議を開始します」

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