ラスト・ヴァルキリー 11話③
『は、はは……これは何とも………よもや、グリムゲルデに、そんな事が出来たとは……これは、本当に良い産みだ……』
未だ熱気残る黒い大地を側に置く場所。そこに仰向けになって倒れるシュヴェルトライテのセンサー越しに、ミー総督は堪えきれない喜びを守て"それ"を見上げていた。今なお墜落の衝撃に苦しみながらも。
それは、確かにグリムゲルデだったが、同時にグリムゲルデではなかった。
そのシルエットは、しなやかで女性性を感じさせる姿だったそれまでとは異なり、細身でこそあれども筋肉の隆起を思わせる角ばった姿へと変わっていた。
槍のようだった脚も、力強く大地を踏みしめられそうなより人間的な形に変化し、グリムゲルデとしての記号は真っ黒で顔のようなラインの浮いたのっぺらぼうの頭部にだけ残されていた。
そして、何より違うのは、担っている武装。鈍銀の双剣はその手から消え、代わって収まるのは白色長尺の火砲。同様のものは背中にも背負われ、機体の印象をより無骨で攻撃的にさせていた。
『グリムゲルデ・メテオフォーム』。仮面の戦乙女。その新たなる装いだ。
「………さて、総督に無理をさせてまでなったんだから、相応の働きはしないとね」
その呟きを掻き消すように、アヴァルがグリムゲルデへと咆哮をあげる。あと一歩の所で邪魔をされたことへの敵意と、新たな敵が現れたことへの歓喜が入り混じっているようなそれが、地鳴りとなって大気に断層を作る。
だが、最早アオがそれで怯むことはない。冷静に眼前の怪獣を睥睨し、両手両肩合わせて4門の火砲、その矛先の全てをアヴァルへと向ける。
対するアヴァルは、グリムゲルデからの攻撃の意図を読み取ってか、咄嗟に頭を地面の方へと向けて防御の姿勢を取った。
爆発が起きたのは、その直後のことだった。
アヴァルの背中の外殻が一部砕け、側面から新たな噴出口が生まれる。痛みからの唸り声が低く低く響き渡った。
爆発の下手人が誰であるのか。その疑問の答えは、熱を帯びたグリムゲルデの火砲を見れば明らかだろう。
彼女が撃ち放った矢。その正体は、『熱線砲』とでも呼称すべき代物だった。自然ではあり得ない、一方向へと指向性を持って高速移動する熱の塊。魔力によるエネルギーベクトル操作が成せる技だ。非常に高い熱密度で凝集されたその熱線は、大気を発光させながらアヴァルへと直撃し、外殻を瞬間的にプラズマ化させて爆発を引き起こしたのだ。
如何に自身の溶岩血に耐えるとはいえ、凡ゆる物体の電子を原子核から引き剥がせる程の熱を加えられては、流石にアヴァルの外殻も耐えきれない。ここまでされて着弾箇所の出血で済んでいることが異常と言えるだろう。
とはいえ、それはアヴァルにとって自らを傷付けられたことの慰めになる訳ではない。むしろ、益々以て敵意と闘志を強めているようだった。
「………分かってはいたけど、外からではコレでもまだ不足……」
相変わらず、傷口の塞がりが早い。純粋威力では通常の剣撃を凌駕する熱線の一撃だが、それでも内部にまでダメージを浸透させるには未だ足りなかった。
魔力をより多く使用すれば、つまるところ必殺技を使えば話は違うかもしれないが、魔力を過度に消費するリスクを犯すには効果が未知数に過ぎた。
つまり、最終的な狙いは当初作戦から変わらず。
「やっばり、内側を狙うしか、ないね……!」
言うが早いか、お返しとばかりにアヴァルからの高圧砲が空間を歪めるような勢いで飛んでくる。当然、それに的当てのカボチャのように当たってやる訳にはいかないので、グリムゲルデも回避に移る。
しかし、動きが重い。
格闘戦特化型として機動力に長けていた通常時に比べ、重装備のメテオフォームは機動力をスポイルされていた。
回避できないということはなかったものの、それでもそれまでに比べて際どい避け方になってしまっている。恐らく、このまま状況が長期化すれば、アヴァルの狙いがグリムゲルデにいずれは追いつくだろう。そうなった時が、アオの最後だ。
つまり、時間の余裕はない。多少強引にでも撃ち込みに行かなければならなかった。
『くっ……私がこの有様では……』
ミー総督にも、そうした状況が理解できたのだろう。口惜しそうに自身の現状を嘆いていた。羽ばたけるのなら、自分がもう一苦労して舞うというのに、と。
だが、今のまま藻搔いても事態を悪化させる結果にしかならないと分かっているが故に、彼女はじっとして見ているしかない。
そうこうしている間にも、アヴァルはグリムゲルデに猛攻を加え続けていた。先のダメージのために、これまでで一番の脅威足りうると認定されたのだろうか。2度も3度も同じ攻撃を叩き込ませはしないとばかりに、背中と口とで出力を抑えてでもつるべに撃ち続けていた。
徐々に、攻撃がグリムゲルデに掠り始めてきている。それはつまり、アヴァルの慣れがアオの操縦を捉え始めている証。もう少しすれば、腕なり脚なりが持っていかれる事になるだろう。
待っていても状況は好転しない。限りある銀の弾丸を撃つ決断が必要だった。
「やむを得ない、か……!」
アオは、リスクを犯すことに決めた。
【Warning!! Warning!!】
【The power of the heart's unleashed!!】
警告が、鳴り響く。
大気が熱で揺らめき、火砲が発光と共に内部に充填されたエネルギー量を知らしめてくる。
炎の山を穿つは極熱の鏃。全てを灼き、切り裂き、そして砕破する一矢は、或いは神たる怪獣とて等しく容赦はしない。
一発目の銀の弾丸が、ガチリと装填された。
【Gungnir's Sacrifice!!】
肩に背負われた火砲。その砲口から爆炎が生える。
魔力変換された熱エネルギーでの空気の急加熱。それによる膨張が生む反作用は、グリムゲルデの身体を急速に加速させた。
アヴァルの視界から、一瞬戦乙女の姿が掻き消える。それによって生まれた、高圧砲の合間を突いて放たれる熱線。先程の物よりもずっと太い、4条の光が切断面の如く伸びゆく。その行き着く先は、真下の傷口が真新しいアヴァルの右眼だった。
着弾。それと同時に、轟音と閃光、そして頭を抉られていた時にも劣らない絶叫じみた悲鳴が、混然となって行き渡る。
アヴァルを死に至らしめるには未だ至ってはいないが、それでも急所の一つたる目に大火力を集中されては、さしもの彼も無視し難いダメージとなったようだった。そのことは、爆炎と煙が晴れて顕になった光景からも明らかであった。
それはまるで、山体崩壊したかのような有様だった。
岩のようなゴツゴツとした表皮には似合わない美しい真紅色の瞳は既になく、瞼と周りの肉ごと消滅して白い眼窩を露出させていた。
溶岩血が、涙のように溢れ出て地面に落ちゆく。だが、彼の心境は悲しみとは程遠いものであったのは確かだ。
ここへ来て初めての取り返しの付かない損傷。それでも、アヴァルの戦意が衰えることはない。それは、首と残った左目を忙しなく動かしてグリムゲルデを探す姿からも明らかだ。
だが、見つけられない。まるで蜃気楼だったかのように、グリムゲルデの姿は見えなかった。
そうして欠けた視界で周囲を一通り見回して、それでも発見出来ない苛立ちから喉奥で篭ったような音が漏れ出てくる。
彼の求める答え。グリムゲルデの居場所。それが明らかになったのは、続く二撃目を知らせる警告が頭上から鳴り響いた時だった。上にいる。そう気が付いた時には、遅きに失していた。
銀の弾丸。その二発目が、薬室に送り込まれた。
「ホールイン、だ」
内側からの衝撃。そして、焼ける筈のない身体が燃えて焼ける感覚。アヴァルがその長い生涯で初めて経験していたのは、そういう類の苦しみだった。
それは、考えに至る者はあれども実行者は皆無であった背中の火口、つまりは開口部への攻撃だった。身体の内側と直結したそれは、アヴァルにとっての大きな武器であり、噴火という生理現象を司る部位であり、そして、急所でもあったのだ。
もがき苦しむアヴァルの姿に、アオは戦いの中で一番の手応えを感じていた。不落の具現化のようにさえ思えた怪獣に、初めて差し迫った生命の危機を覚えさせているという実感。それは、アヴァル自身にとっては災難以外の何者でもなかったろうが、敵対者たるアオにとっては光明そのものだった。
『ふふ、素敵だよアオくん………キミなら、或いは人生で最高の産みを私にくれるかもねぇ』
そして、それは未だ地から羽ばたけぬままのシュヴェルトライテ、それを駆るニー・ミーにとっても同じこと。
これまで公式な記録には一切存在していない規格外怪獣の完全討伐。それが夢物語ではなくなったのだと、目の前の光景から確信を得ることが出来たのだから。
狩る者と狩られる者。その立場の逆転を起こすか起こさせぬか。それが今、女神の天秤の上に乗せられていた。
とはいえアヴァルとて、その天秤をそうそう容易くグリムゲルデの側に傾けることを許容はしない。今もなお身の内を苛み続ける苦痛という名の蟲を精神力で押さえ込みながら、喝を入れるようにその四肢を地面に打ち据える。
そして、四股を踏むようなそれが終わるなり、何度目か忘れるほどに見続けた身震いが始まる。これが拡散高圧砲の合図だと学習していたアオは、直ぐさま火口の側から機体を退避させた。同時に、火砲を続け様に叩き込む準備をしながら。
しかし、予想とは常に裏切られるものなのだと、それを成すアヴァル自身を除いて、この場にいる者全てが仰天とともに思い知らされることとなった。
次の瞬間、グリムゲルデに影が射した。この辺りが丸ごと屋根に覆われたかのように。
よもや、巨大な雲が何かが太陽を遮ったのだろうか?答えは否。巨大な何かに遮られたという点では正解だったが。
「………それは反則でしょ……ッ!?」
それは、あまりに信じ難い光景。アヴァルの巨体が、宙を舞っていた。
正確には、強靭な四肢と副腕の筋力のみで強引に飛び上がっていただけだが、それでも余りにも衝撃的な光景に、見る者全てが一瞬固まらずにはいられなかった。
だがしかし、グリムゲルデは何時迄もそうしてはいられない。ぼうっとしていれば、空中にあって放物線の頂点から加速を始めているアヴァルの身体は回避不可能圏にあっという間に入ってしまうことだろう。そうなったら、押し花になるしかなくなる。
生存本能が、無理矢理にアオの意識を正気に立ち返らせる。惚けから帰還したアオは、今まさに叩きつけられんとするアヴァルの副腕と胴体の隙間目掛けてトップスピードで機体を滑らせた。
その直後、壁が出来上がった。
それは膨大な巻き上げられた塵が生む壁であり、それは壮絶な着弾が生む音の壁であった。
2つの壁は、形を拡大させながらシールドバッシュさながらに迫り、凡ゆるものを飲み込まんとしてゆく。視界が遮られ、一瞬の中で戦乙女に仕掛けられた、生きるか死ぬかの勝負の帰結が見えなくなる。既に立ち上がっていたシュヴェルトライテからすらも。
残響の中の静寂。
降り注ぐ土砂の塊以外には動くもののいない中、泰然として佇む火の山。その隻眼と耳は研ぎ澄まされ、己が敵の姿を探し続けていた。それは、敵の生存をまるで確信しているようで………いや、実際彼は、敵は未だ生きている、という確信を胸に持っていた。
あの瞬間、アヴァルは一つの違和感を覚えていた。それは、身体のどこにも手応えを感じなかった、ということだった。如何にアヴァルが並外れた巨体といえども、ヴァルキリーも絶対的な大きさ自体は決して小さくはない。アヴァルにも分かる程度の感覚がある筈なのだ。
だが、地面を叩き潰した以外には何の感覚も無かった。それが意味するところは一つ。土煙の中で、敵はその身を潜ませているということだ。
注意の糸が四方に張り巡らされる。喉奥で玉を転がすような音は、反響定位を意図したものだろう。持てる手段の全てで敵を探す姿は、最大限の警戒の証だ。今度こそは喰らわない。そして、仕留める。彼はそう決意していた。
時間が経つにつれて、少しずつ土煙が晴れてゆく。だが、それでも僅か先も見通しが効かない状況は未だ続く。だからこそ、緊張をより張り詰めさせることはあっても緩ませることはない。
独特の大気の揺れが、周囲の物体に跳ね返されてアヴァルの耳へと回帰する。今の所、動きがある気配はない。だがそれが余計に不気味で、そして嫌な予感を彼に感じさせていた。
こういう静けさは何か大きなことが起こる前兆だと、そのような知識と経験をアヴァルが持ち合わせているのかは分からない。ただ、確実なのは彼の本能と第六感が正体不明の警鐘を鳴らしているということだけ。それだけだが、彼にとっては危機感を覚えさせるに足るだけのものだった。
そして、それは起こった。
アヴァルの聴覚と視覚との両方が、何かが宙の内、土色の霞の壁の向こう側から韋駄天の速さでやって来るのを捉えた。その動きは、背後へと回り込む意図を感じさせた。
間違いない。敵は逃げることなく仕掛けてくる気だ。この、自分を倒すために。その確証を得たアヴァルの行動は早かった。
グリムゲルデが銀の弾丸を撃ったように、アヴァルの側にもまた銀の弾丸があった。彼がした事は、それを撃つための撃鉄を起こし、そして引き金を引くことだった。
それが何なのか。答えは、すぐに明らかにされることとなった。
歩く火の山が、アヴァルが紅蓮色を帯びてゆく。
黒い外殻が胸を中心にみるみる赤色に染め上げられ、墨を白紙の上に垂らしたかのような勢いで広がるそれは、やがて足の爪先から頭の鼻の先端まで到達して、全身をくまなく照らした。
そして、頑強だった外殻がひび割れ、そこから溶岩血が漏れ始めた。と同時に、アヴァルが身体にこれまでに無いほどに力を溜めてゆく。己が身を砕け散らせんという有様で。
それは、まさにアヴァルの切り札。
溶岩血による高圧砲。それを全身より放出し、自らの周囲にある物全てを穿ち、焼き尽くす。間合いに立ち入れば回避は不可能。絶死の一撃だ。
彼がこれを使うことは本当に久しいことだった。だが、同時に、今相対している存在は、これを切るに足るだけの敵だと認めていたのだ。
ガチリと、撃鉄が上げられた。
アヴァルが何をし始めるのか、そしてその結果が何であるのか、察したのだろう戦乙女は、慌てたように背中の火口へとその身を加速させてゆく。その様が手に取るように掴めていたアヴァルからすれば、もはやその行動は手遅れに過ぎたのだが。
そして、はち切れんばかりに蓄えられた煉獄の力は、戦乙女が背に到達したその瞬間、とうとう限界を迎えて………。
『かかった、ね』
ぞくり、と悪寒がアヴァルの背筋を駆け巡った。いや、岩漿をその身に蓄えていながら悪寒というのはおかしな表現ではあるのだが、そのようにしか形容しようのない感覚が彼を襲ったのだ。
残された左目の視線を、首を曲げながら背中へとやる。半ば確信している、そこにいる者の正体を見極める為に。
果たして、そこにいたの存在は、予想の通りグリムゲルデ……ではなかった。
それは、肩から翼のようなものをぶら下げていた。
それは、巨大な剣を左右で十も携えていた。
それは、この場にいたもう一人の戦乙女だった。
それは、シュヴェルトライテだった。
驚愕に目を見開くアヴァル。無意識のうちに脅威から除外していた、というよりもグリムゲルデというより大きそうな脅威に気を取られていたがために、彼女が復帰してきていた可能性を見落としていたのだ。
では、一体グリムゲルデはどこに行ったのか?それは、今まさに迫り来ていた。
【Warning!! Warning!!】
【The power of the heart's unleashed!!】
不意に、前方から鳴り響く電子音声。それは、つい先程に覚えたばかりで、聞き覚えのあるものだった。その後に襲い来たものも、己の身体で否が応でも覚えさせられていた。
だから、反射的にアヴァルは正面を向いた。いや、"向いてしまった"。火砲にエネルギーを集中させていたグリムゲルデ。その矛先が向くほうに。
そして、三発目の銀の弾丸。その雷管に、撃鉄が降りた。
【Gungnir's Sacrifice!!】
アヴァルがその瞬間に見たものは、己の口の中へと伸びゆく熱線と、それを放つ怨敵グリムゲルデの姿だった。
確かにアヴァルは頑強無比な怪獣だ。ヴァルキリーの必殺を以てしても、手傷は負わせられても致命には至らない。その硬さと生命力は圧倒的と言っていい。
だが、どんな鎧も、どんな盾も、内側から攻撃されることを想定した作りにはなっていない。そして、今のアヴァルは自らの力を限界まで身体の内に溜め込んでいる状態。決壊寸前の堤に等しいものだった。
そこに、最後の一押しをされてしまった。
堤が、崩れた。
『―――逃げるんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!』
瞬間、赤い紅い光が、弾けた。
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