ラスト・ヴァルキリー 10話②
「………畑を2つも掛け持ちできるなんて、やるね」
「ええ。認めたくないけど、天才っているのね」
未だ悲鳴と怒号の喧騒が途絶えぬ街の中、その男女は神話の一幕を劇でも鑑賞するかのように眺めていた。
目の前の光景に現実感を覚えていないのだろうか?否、ただ彼らに道々を走り行く人々ほどの危機感が無いだけだ。方や相方の力を信頼していて、方や己の戦乙女に信頼を寄せているからこその余裕。
「どう思う?」
「何が?」
「勝てると思うかな?そうでなければ、出るけど」
その問いは、確認というよりは我儘の互いに近かった。彼は、アオ・カザマという人間はそういう人だ。少なくとも自らは人殺しを好まず、人死にを良しとはしない。
だが、その後の事までは関知しない。例え死より恐ろしい結末が待っているかも知れなくとも、彼は生かすのだ。故に、アオは自らをある種の自己満足の集合体と定義していた。
それでも、アオはそんな在り方を肯定していた。そうでなければ、暗に"自らも出撃し、加勢させよ"とは要請しないだろう。
リンもそれは分かっている。分かっているからこそ、それに対する応答は厳しいものになった。
「………勝つでしょ。だから、タダ働きしないでよね」
「………そうか」
そうハッキリと言われては、アオも引き下がらざるを得ない。彼もまた、リンの気持ちは理解しているのだから。
再び、2人の視線はその戦いへと向けられる。漂ってくる人間のものとは違う生臭い血の匂いが、この闘争が飛び出す御伽話の絵本ではなく現実なのだと突き付けてくる。
それでも、2人は目を逸らさない。彼女らは戦わぬという選択をした。だから、せめてもとここにいる。出番が来る時。即ち、ニー・ミーの苦境という事態が来た時にまで。
戦いは未だ続く。巨大なる死と生のせめぎ合いの中で。
******************
半身を青く染め上げた戦鬼を前に、揺らぎが走る。
それは彼ら固有の鳴き声という音の波ではない。それは、戦意の揺らぎ。畏れの伝播だ。
彼らの規模は、間違いなく大侵攻といっていいそれだ。
先の第三地区で起きたものに比べれば劣るものの、そもそも怪獣が二桁の集団で共に行動するということ自体が異例ともいうべき行動なのだ。もちろん滅多に起こることではなく、これに巻き込まれることは畏怖も同時に込めてとてつもない不運の代名詞とされている。
だが、その内の3分の1に迫る数が、短時間のうちに無力化されたのだ。それも、地上を這う生物たちの多くよりは大きいとはいえ、自分たちよりずっと小さい空飛ぶ機械にだ。
思考の構造が人類とは違う軟体種のクラグ達にも、この状況が自分たちにとっての不運だという認識は出来ていた。
「……染みるねぇ。舌に染みる。恐怖の味だ。だが薄いか……」
そして、その事は今まさに現場にいてそれを作り上げたミー総督自身よく理解していた。というか、半ばそれを狙ってのことではあった。
怪獣は天災ではあれども生物。故に、感情というものがある。恐怖を煽り、撤退という名の賢そうな妥協をその頭の中に思い起こさせる。それもまた1つの勝利なのだ。
ただ、それにはまだ恐怖が足りないという事もその直感と舌が感じて取っていた。だから、これから彼女がする事は、逃げという坂道に傾き始めている背中をドンと一押しすることだった。
シュヴェルトライテが再び戮殺の双腕を広げて躍り出る。青い水滴を置き去りにして。先と違ったのは、その手を向ける相手が今は道を作ってはいない。言い換えれば走ることなく停止していたという点だ。
その事に自分自身ようやく気が付いたといった様子で、戦乙女が動き出したから遅れてやっとクラグ達の迎撃が始まる。とは言っても、彼らに許された攻撃とは後にも先にもただの1つ。
即ち、只管前進あるのみ、だ。
「やれやれ、もう少し凝った事はできないのかな?そんな事では、一生産ませられないよッ!!」
そんな愚直な……というか、進化上それしか出来ない彼らに悪態を吐きながら、ミー総督は次の犠牲者、即ちこの群れのリーダーと思わしき大型の個体目掛けて吶喊する。
確かにクラグ種の突撃はシンプルな脅威だ。純粋な質量と速度の合算による暴力は、それだけで恐るべき破壊を生む凶器と言える。だが、それは飽くまで速度が乗っていれば、の話だ。ことに、悪魔の手の前で足を止めた事は命を以て支払うべき悪手であるのだと、彼らは知らされる事となった。
次の瞬間、リーダー個体のまだゆっくりとしていた回転が、急に砂が挟まった歯車のように停止する。気まぐれでも起こしてピクニックをしたくなった訳ではない。正面から回る力をがっきと受け止める2脚2腕の物体に阻まれていたのだ。
やがて、ガリガリと鋭い金属音と共にクラグの外殻へと鋭利な物体が食い込み、中の肉にまで到達し始める。それは、シュヴェルトライテの手たる十本剣。彼は今、異掌の戦乙女に正面からその力を受け止められていたのだ。
14m超の巨人とはいえ、それでもクラグ種に比すれば遥かに小柄なそれが突進を停止させている光景はあまりに異様であった。しかし、戦乙女の力を知る者からすれば驚くには値しない。当然搭乗者たるニー・ミーにとっても。
ぶおう、ぶおう、と重く低い異音が鳴り響く。動きを止められたクラグが、自分を堰き止める戦乙女を押し切らんと漏斗から漏らしている必死の吐息だ。
人間なら額に青筋の3つか4つは出ていそうな力の込めようだが、それでも円盤状の身体はがんとして動くことはない。それどころか、力を込めるほどにナイフに果物を力一杯押し付けるような様子で益々食い込みが激しくなる。
とはいえ、この状況はシュヴェルトライテも動きを止めている状態だ。普通ならば間違いなく好機と言える状況。他のクラグ達が見逃すはずもない。現に、何体かのクラグは彼女目掛けて突進を始めていた。
仲間を巻き込むことへの躊躇いはない。そもそも、それだけで死ぬほどには柔ではないと彼ら自身が知っているのだ。
ゴロゴロ、ゴロゴロと、地鳴りがシュヴェルトライテに迫り来る中、それでも彼女は手を離そうとはしない。天を支える巨人さながらの様子で巨大なクラグの重量と力を受け止め、段々と押し返しさえしている。
それでも、このままでは目の前のクラグを完全に押し退けて横に押し倒すよりは、自身が道の一部と化する方が早いだろう。だから、彼女は何も考えなしに力比べをしようというのではない。むしろ、横槍をこそ待っていたのだ。
ニー・ミーという人間は塵を一つ一つ拾っていくような几帳面で面倒を厭わない人間ではない。そういう時、彼女は足で集めて纏めて掻っ攫う。
【シュヴェルトライテ、必殺!!】
クラグの中に寒いものが走る。それは外気からなるものではなく、己らの内側から生じるもの。人間の感情に置き換えて言えば、怖気とか悪寒と呼ばれているものに近い情動だった。
紫電が、機体より漏れ出る。
それは見る人が見れば分かる。漏洩した魔力の奔流そのもの。即ち、尋常ならざる魔力が戦乙女の内に込められ続けていることの証左であった。
そして、それに連動してクラグ達と、戦いを観察していた者達が目を疑うような事態が起きた。
一瞬、土色の壁が地面から生えたようにも見えた。それは水面のごとくゆらゆらと揺れていて、よくよく見てみれば持ち上げられた物体から垂れ下がる立ち込める土煙なのだと理解できた。
なんて事はない自然現象。よく見られる光景だ。持ち上がっているのが、クラグという怪獣であることを除けば、だが。
ニー・ミーの魔力変換は『運動エネルギー』。物体に動こうとする力を付与することが出来、かつそのベクトルも使用者の力量次第ではあるが自在だ。
幾多のライバル達を押しのけて戦乙女の座を獲得したニー・ミーの制御能力と魔力量が尋常の範疇である筈もなく、そこにヴァルキリーの増幅炉からの供給も加われば、機体の膂力を増強させる程度のことは造作もなかった。
とはいえ、そんな事情はクラグには知らぬ事。知っていたとて、自らより遥かに矮小な硬い生物が自身を持ち上げているという異常事態の前では何の意味も持たない。
【戦乙女の刃を受けよ!】
その宣言とは裏腹に、シュヴェルトライテが採った行動はより荒々しく、そして原始的な衝撃だった。
「で、ああぁぁぁおあああああああッッ!!」
ごう、という振り回される怪獣が出す唸りは、まるで大気そのものが引っ剥がされたかのような轟音で。クラグの身体という特大の団扇が生み出す突風は草木をひれ伏せさせ、離れた市街にも戦さの匂いと共に流れ込む。
怪獣そのものを棍棒として繰り出された破滅的一撃は、習性上衝突ということには慣れている筈のクラグ達にとっても大きすぎる衝撃だった。
まず直接的暴力の餌食となったのは、最も突出していた3体。
不幸な彼らは増幅炉のリソースを限界まで用いて増強されたトルクで以て振られたリーダークラグに横面を殴られ、生体ジャイロを働かせる間もなくドミノのように倒れゆくしかなかった。
クラグ達の不幸はまだ終わらない。
眼前の異常に慌てて減速したり方向を変えたりする中、それでも勢いを殺し切れず、或いは方向転換が間に合わず、勢いよく前方の倒れ込んだ仲間たちに突っ込んでしまった者もいた。それはまさに玉突きという言葉が意味する所そのままの惨状で。
そして、そんな風にして団子状に転がったクラグ達の有様こそが、ニー・ミーの理想とする状況。"掃き寄せられた塵"だった。
固められたのならば、後はどうするか。それは部屋の掃除に取り組む多くがそうするだろう行動。
即ち、"塵取りで掃き取る"だ。
見えない地面が突如隆起したかとも思えたそれは、シュヴェルトライテが推進力を全開に飛び上がった姿だ。陽光を背負った彼女は、唯でさえ大きな掌がより一層大きく見えた。
力が脈動し、胎動し、沸騰する。
死神の鎌か、或いは天上を覆い尽くす巨大な狼の牙か。そう錯覚させられるほどに振りかぶられた十本剣が、魔力と共にぎらりと凶暴な煌めきを放つ。引き絞られた弓さながらに。
そうやって、溜め込まれた力が爆発してぶちまけられそうな程膨れ上がったその時、縛り紐は解かれた。
【グングニルズ・ジャッジメント!!】
瞬間、空間が腑分けにされた。
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