ラスト・ヴァルキリー 8話

「………何、コレ?」


 実験開始を告げられた後、グリムゲルデが最初に手に取ったのは一言で言えば「訳のわからないもの」だった。見た目こそ長尺の斧に似ていたが、先端に大きな推進器付きの球体が取り付けられていて、一目で何に使うのかリンには全く想像できなかった。


『お、最初にそれを手に取るとは目が高いねぇ。それはけん玉という道具を参考に制作した試作の近接武器だ。その球は斧とワイヤーで接続されていて、柄を振るうのに合わせて振り回せるって寸法なのさ』


 けん玉。リンには聞いたことがない代物だが、説明から大体の使い方は想起できた。素人知識でも慣れない人間には取り回しにくそうだという事も。

 そんな内心を見抜いてのことか、ミーは更に言葉を続ける。


『君の考えていることは分かるよ?如何にも使いづらそう、だろ?まあそれは実際に使ってみて考えようじゃないか』


 そう言うなり、試験場の壁と一体化したようなデザインのシャッターが巻き取られるように上がってゆく。その先にあるのは、光の遮られた黒。そして、僅かな白の中浮かび上がる黒いストライダーだった。


『それは我々の滑歩機、黒美。それを私が遠隔無人機に仕上げたものさ。魔力コンデンサ頼りだから戦闘時間は実戦には耐えられないが……こういう試験のお相手にはうってつけなんだよ。やってもらう事は簡単。彼女達のお相手をそれでしてもらいたい』


 まるで試合の実況か何かのような一方的な宣言と共に、ストライダーのセンサーに光が灯る。まさか本格的な戦闘をすることになるとは思っていなかったリンは、思わず驚愕と困惑と怒りの混合液のような言葉を発してしまう。


「いやいやいや!私代理人だと言いましたよね!?というか、エマさんから聞いていないんですか!?私は普段ヴァルキリーを触っていないんですよ!?」


『え、あー………そう言えば、そんな事を言われていたような気もするが………まあ大丈夫だろうさ。オペレーター達には程々の操作をするよう言っておくから』


 何が大丈夫なのよこの下手くそなおでん!!と思わず支離滅裂な罵声を浴びせたくなる気持ちを、普段から手入れを欠かさない自慢の太ももをつねって堪えるリン。後でこれ跡にならないでしょうねと気にしながらも、ここまで来た以上やるしかないと覚悟を決める。

 ついでに、エマにはもう2度と第三地区からの依頼なんか入れないよう苦情を入れておこうとも心に決めて。


『それでは、状況を開始!』


 その宣言と共に、3機の無人ストライダーがグリムゲルデへと迫る。普段なら恐怖など感じない線を残す赤い光が、今度ばかりはやけに緊張を煽るようにリンには感じられた。


 グリムゲルデ自身の固有武器である双剣は使えない。というより、使えるけども顧客の依頼上使うわけにはいかないというのが正確だろう。つまり、使い慣れないヴァルキリーに乗って、使い慣れないけん玉モドキとやらを使って、ストライダー複数機を落とせ。そういうオーダーだ。


「同情しちゃうわね……ほんっとうに!!」


 今まで実験に付き合わされてきた者達への合掌を胸に、記憶と身体に焼きついたヴァルキリーの飛行手順が実行される。それと同時に、凄まじい勢いでグリムゲルデが弾き出された。それも、リンの予想を超える速度で。


「はっ……?んなぁぁぁっ!!」


 そのままではストライダーの1機に衝突し、頭部を潰れた空き缶にしてしまうコースをとっていたグリムゲルデ。リンは寸での所で、強烈なGに体液を引っ張られながらの鋭角的な方向転換を行うことで、アオから怒られる未来を回避したが、同時に服を冷や汗でぐっしょりと濡らしてしまっていた。


(分かってはいたけど、本っ当に暴れ馬ねこの機体……!よくアオは乗りこなせたものだわ………!)


 現在のグリムゲルデは武装構成からも分かる通り、格闘戦を最も得意とする……というか、それに特化した機体だ。もっと言えば、圧倒的な加速力を活かした一撃"必殺"離脱こそが本領と言えよう。

 故に、乗りこなすのも容易ではない。適性がなければ、間違いなくあちこちを勢い良くぶつけた廃車さながらにボロボロにしてしまう事だろう。加減は効いていないとはいえ、一応制動自体はしっかり出来ているリンは、むしろかなり才能のある方なのだ。


 そして、センサー越しに見ていたミーは、その明らかに乗り慣れてはいないが、確かな才覚がありかつしっかりと基礎は出来ている動きに違和感を覚えてもいた。

 ヴァルキリーは才能任せの無経験で満足に動かせるものではないし、サブパイロットとしてしっかり訓練されているのならもっと機体の手取り足取りを把握した動きになる。そのどちらでもないチグハグさがミーには気にかかったのだ。


(……「他のヴァルキリーには乗ったことがある」。そういう動きだね。皇国系のグレイラインのようだが……何者なんだい、キミは?)


 疑問は隅に置いて、湧き上がる好奇心にミーは身を委ねることとした。元より彼女にとっては試験ができれば誰でもよかったのだが、リンという女は思わぬ掘り出し物だったようだ。


 無論、現在進行形で機体制御に苦戦しているリンにとってはそんなことは知った事ではない。なにせ、機体推進の鋭敏さを制御するのに集中していて、武器を使いこなすどころではないのだ。

 大袈裟な、しかし確実な回避で次々と抱きついてくるペイント弾に空を切らせる姿は鳥とも飛行機とも異なる、まるで嵐の中で揉まれる凧のよう。

 普通こんな滅茶苦茶な操縦をすれば魔人といえども平衡感覚を失って墜落してもおかしくないのだが、それでも曲がりなりにも真面に飛ばせているのは流石というべきか。


「ああもう埒が開かない……!」


 しかし、このままでは試験にならないということは、誰に言われるまでもなくリン自身がよく分かっていた。たとえ段々と機体に体が慣れ始めてはいても、手に持っているものを使えるまで余裕ができるには時間がかかるということも。

 だから、リンはここで一つ、戦い方を変えることとした。


「着地した?いや、案外悪くないかもしれないね」


 丁度翼を捨てた鳥のように、あえて飛ぶことを止めたのだ。

 推進系は跳躍の補助とし、代わってその槍のような脚を地面に食い込ませて走ることで、操縦の難度を緩和しつつ機動力を担保する。それが今のリンに出来る精一杯だった。

 しかし、ミーはむしろそれに驚嘆していた。ヴァルキリー最大の強みである機動性をあえてスポイルするという思い切りもそうだが、何よりそれを短時間のうちに思いついた事自体が驚きだった。操縦のセンスのみならず、戦いに対する適応力と実行力。リンのヴァルキリーとしての才は間違いなく非凡な域にある。にも関わらず、自らは前線に立つということをしない。そこに益々以て興味が募った。


 前傾になり、野獣を思わせる敏捷さで跳ね回るグリムゲルデ。流石に先程に比べると掠る程度にはなっているが、それでもやはり直撃はしていない。無人機の方も、未熟なパイロットに有効打を与えられない事への苛立ちが動きに篭り始めていた。

 そして、手に握られた長柄斧。今まで大事そうに握られるままだったそれが、遂に振るわれる。如何に長いとはいっても彼我の距離を考えれば全く足りないリーチ。しかし、それを埋め合わせることのできるものがこの武器には備わっていた。


 裂帛の声がグリムゲルデの中より上がる。それと同期するかのように振るわれた斧の頭から球が外れ、空気の縄を掴んで手繰り寄せて加速する。

 舞いの頭さながらの様子で右に上にと不規則な軌道を取るそれは、ストライダーの一機へと迫り、その頭を叩き潰さんとする。操縦しているオペレーターもそれを黙って見過ごすほどの間抜けではなく、当然回避機動を取るのだが………。


「………ほう」


 次の瞬間には、避けたはずのストライダーから首が横向きに吹き飛んでいた。何が起こったのか?それは、千切れてひしゃげて飛んでゆく頭を追うように横向きに飛翔する球体を見れば明らかだろう。

 回避に合わせて軌道を変えた、というのは60点の解答だ。正解は回避の方向を誘導して避けられないように仕向けた、と言うべきであろう。初めて使う武器でできていい芸当ではないが、確かにリンはやってのけている。


 残った2機に動揺が走る。

 オペレーター達は今回の実験においては多少なりとも憮然としたものを抱えていた。何せ、あの包丁のヴァルキリーの戦いを見られるかと思えば、実際には扱えるだけの素人が代理人としてやってきたのだという。落胆するのも当然だろう。おまけに、実際の動きも想像していたよりはやるとはいえ、明らかに尻から殻の取れていないもののそれだったとくれば尚更だ。


 だが、リンは急速に状況に適応し、そして初めて使う武器も逃げ回っているうちに使用法を考えでもしていたのか使いこなし始めていた。その成長速度は、ここにいる誰もの想定を超えたものだった。


 さらに球体は勢いそのままに首なしストライダーの周りを公転するように回転してワイヤーを巻きつけた。

 何をする気だ。そう思う間もなく、オペレーターの視界いっぱいに黒い装甲板が映り込んだ。それが先ほどの首なしのものだということに気が付いた時には、機体は勢いよく飛んで横転させられていた。

 そして、空気を引っ張って起き上がろうとしたその瞬間には、跳躍していたグリムゲルデの鋭い脚先が本来コックピットのある位置へとまっしぐらに飛び込んで来ていた。


 これで残りは2機。いや、判定で1機のみという事になった。


 しかし、最後のストライダーを操るオペレーターも、ただ黙ってやられる気はない。せめて一太刀浴びせんと、勢いよく着地した為に未だ硬直しているグリムゲルデめがけてその手のペイント機銃を撃ち放った。


 魔力変換された運動エネルギーを付与されたペイント液は、一個の群体となって空気を切り、グリムゲルデに似合わない派手な装飾を施さんと殺到する。そして、敵対者を蛍光ピンクに染め上げんとするその望みは、半分は上手く行った。

 そう、命中したのだ。現に命中箇所は実に鮮やかで場違いな色合いに染め上げられている。オペレーターが望んだ光景だ。それがグリムゲルデだったら、の話なのだが。


「これの使い方、分かってきたわ……っ!」


 ペイント液が飛沫となって置き去りにされる。置いてけぼりにしている主は、先ほどまで首なしに糸を巻きつけていた球体。つまり、命中する直前に、リンは球体を盾にしてペイントの掃射を防いでいたのだった。


 仰天したのはオペレーターの方だ。

 球体は確かに頑丈でストライダーのフレームを歪ませられる程度には質量がある。だが、盾として使うにはいささかばかり小さい代物だ。そんなものを器用にかつ素早く動かして、命中弾を的確に防いだその技量には驚嘆せざるを得ないだろう。


 とはいえ、このあと反撃を喰らう側からしたらたまったものではない。必死になって迫り来る球体を機体を回転させて掠るに留めさせ……。


 そして、そこで最後の1機の抵抗は終わった。

 急に全動作を停止させた黒美のコックピットブロックからは、長い棒のようなものが横向きに伸びる。辿っていくと、胸部に突き刺さっていたのは工業的な意匠の斧だった。

 球体をストライダーに向かわせる途中で、繋がれた斧を予想回避方向目掛けて投げ放っていたのだ。不意を突かれた……いや、不意打ちで無かろうとも、まず回避不能だったに違いない一撃を前に、漆黒のストライダーは沈黙せざるを得なかった。


 静寂の中、一つの音がゆっくりと、そしてはっきりと聞こえる。ぱち、ぱち、ぱち、と。

 それが拍手だと誰の耳にも理解できた頃。この地の支配者からの賛辞が天井より聞こえてきた。


『………素晴らしいよリンくん。大したイレギュラーだね、キミは。思わず産んでしまうよ』


 その声色は静かだが、沸騰したような興奮が有り有りと聞いて取れるものだった。リンの潜在能力が想像以上だったからか、それとも思った以上に優秀なデータを得られたからか、あるいはその両方か。


「……昔とった杵柄というものでして………」


『だろうねぇ。私としては、キミの過去について是非とも根掘り葉掘り聞き出したい所だが……私もエマ殿を怒らせたくはないのでねぇ。いやはや残念だよ』


 恐らくは嘘偽りなく残念に思っているのだろう。先の興奮と同様に、落胆が目を閉じても見えてくるようだった。リンはむしろ密かに安堵していたようだったが。

 だが、こういう時はその安らぎも長続きはしないものだ。


『さて、おの玉くん3号の試験はその位にしておこうか。リンくん、次の得物を手にとってくれたまえ。無人機も追加しようじゃないか』


「は?」


『そうだねぇ。今度は1機追加してみようか。なあに、キミならグリムゲルデに慣れるのもすぐだろうさ。程よく苦労するくらいが一番いいデータが採れるからねぇ』


「はい?」


『それでは、気張ってくれたまえよ』


 一方的な宣告と共に、再びシャッターが開く。そこには、言われた通りに4機のストライダーの姿。闇の中で輝く赤眼が存在しない殺意を幻視させる。早い話、休みもなしにぶっ続けでやれ、という事だ。


 は、はは、と乾いた笑いがグリムゲルデの中から漏れる。普段の橙色とは違う、黒い顔に浮かんだ赤色のラインは、今回ばかりはその笑いの裏に潜んだ怒りを示しているようで。


 そうして、深い深い諦めのため息が漏れた後の一瞬。その長い一瞬ののち、踏み込みで爆ぜる偽りの地面と連動するように爆発した。



「やってやるわよこの焼き損ねた鳥の皮ーッッ!!!」



 ……彼女がすんでのところで通信を切るだけの理性が残っていたのは幸いだったと言えるだろう。

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