ラスト・ヴァルキリー 1話
神の時代、巨人の時代、そして人の時代。昔はヤシマと呼ばれ、今は開発地区と呼称されている諸島の神話では、世界の支配権は概ねこのように移り変わったと伝承されている。そして、怪獣達は巨人の時代にあの世へと逃げそびれた者達の末裔であり、この世に取り残された寂しさから暴れるのだとされていた。
無論、現代に至ってなおそれを真剣に信じるものは、征服者達はおろか現住者達にも殆どいない。だが、今この場所で起こっている出来事は、或いはそれを真実ではないかと思わせるだけのものがあった。
鳴動する歩く山脈。この光景を一言で表現するならば、実に適切な文言だと言えるだろう。
連なって蠢くは多頭の巨蟲。ガシン、ガシンと金属の柱を出鱈目に叩きつけ合っているような音は、彼らの歩行音だ。その身震いするような音は、暗闇の中あちこちから打ち鳴らされている。だが、怯えている場合ではない。その恐怖は今まさに、征服都市の只中へと歩みを進めようとしているのだから。
尋常ならざる力と能力を持つ怪獣達、だが最大の恐ろしさはその巨大で以ってただ歩き回ることにこそある。脚の一振りで建造物は木っ端微塵となり、咆哮は車をも吹き飛ばし、脱力して下ろされた尾は路面を軽々と叩き割る。生ける災害と彼ら怪獣達が呼称される所以だ。
だからこそ、人の世において怪獣とは永らく人の域を超越した存在であり、その討伐とは神殺しにも喩えられる偉業であった。そして、それが御伽話の世界のものでなくなってからも、怪獣はただ大きく頑丈で力持ちゆえに常に脅威であり続けた。
一つの絶叫が戦の熱気に紛れて海岸に密かに木霊する。訂正、たった今二つが追加された。それは怪獣達の群れを迎撃していた機械兵達、ストライダーから発せられたもの。正確には、その中身からというべきか。
彼女達は己の不幸を呪っていた。一体一体であればストライダーで倒せない相手ではない。クラス1の怪獣とて、連携を以ってすれば犠牲は出るかも知れなくとも討ち取れる。海兵部隊は精鋭揃いゆえにその自信はあった。
だが、目の前に立ち塞がるのはアルファ含め、12の怪獣達だ。
「司令部!いくら何でも数が多すぎる!ヴァルキリー到着はまだなの!?」
『イーラン総督閣下は別地域で戦闘中だ。傭兵の方へは伝達済みだが、到着まで数分はかかるだろう。済まないが持ち堪えて欲しい』
「気楽に言ってくれる……!これで死んだら、アンタも向こうに連れて行ってやる!!」
そうこう揉めている間にも、前線は悲鳴を上げていた。無理もない。ただでさえこれほどの怪獣襲来は想定外な状況、しかもアルファに統率されているせいか、互いに連携するように高圧砲を口や脚からばら撒いてきているのだから堪らない。むしろ、未だにストライダー部隊から死者だけは出ていないこと自体奇跡だった。
怪獣達も無傷ではない。何匹かは頭を1つはもぎ取られ、脚も2本は失っているものがちらほらと見受けられる。だが、痛覚が麻痺しているかのように止まらない。恐怖というものがないのか、アルファはなお勝る恐怖なのか。
今もまた1機、高圧砲の餌食となって横にスライスされた骸を晒した。直撃寸前に飛び上がった事でコックピットへの直撃は免れていたのは流石と言わざるを得ないが、怪獣の背中が見えるほどの高度から自由落下で叩きつけられたとあっては、怪力無双の魔人たる彼女達も全くの無傷とはいかない。脱出する様子がなかなか見られないあたり、気を失っているか身体を痛めているのだろう。
「まだなんですか隊長!?人身御供だなんてごめんですよ!」
「聞いてる暇があったら手を動かせ!そんなに楽がしたいなら、目の前のクソッタレにさっさと片道切符を切ってやるんだな!!」
「全く……隊長だってまだ仕留めてないくせにっ!!」
「いい返事だ!後でお前には格闘訓練を2倍くれてやる!!」
それはどういたしまして、訂正だ3倍にしてやる。そんな応酬を繰り広げながら、液体の刃と刃の隙間を縫うように飛翔する2機。とりわけ鋭いその軌道は、両者が特に腕利きであると読み取るには十分に足るものだ。死のラインの隙間を縫っては狙いを定めた怪獣へと火力を集中し続けている。
その甲斐もあって、当該の怪獣の有様は既に酷いものとなっていた。2本あった頭は片方はもげ、もう片方も口を潰されている。脚も既に3本のそれでなんとか立っている有様だ。そのままであれば近く討伐できていただろう。
「ああっもう……鬱陶しい……!!」
「慌てるな!身内にはお優しいインセストどもだ。盾にして刻め!砲兵!指示した座標へ撃て!枕元に立たれたくなければさっさとやれっ!!」
だが、まるで庇うような隣の怪獣達の射撃にまで気を配らねばならぬとあっては、戦いも思うようには進まない。接近しようにも、踏切の遮断機のように進行方向へ投射される高圧の体液が前進を阻んでくる。
だが、それでも隊長とそれに付き従う僚機は、募る苛立ちを跳ね除けて着実に前進してゆく。懐に飛び込んでさえしまえば、同士討ちの出来ない彼らは、少なくとも己らにとっては木偶の坊と化するのだと知っていたからだ。
唐突に、花火というには地味で物騒な物体がストライダー部隊のはるか背後から次々に打ち上げられ、戦場めがけて降り注ぎ始めた。砲兵の支援砲撃だった。接近戦に移行しつつある今では立派なデンジャークロース、至近砲撃だったが、むしろそれこそがストライダー部隊にとっては砂漠のオアシスだった。
その尖った砲弾達が数多の破片へと変貌したのは、怪獣達の表皮でも地面の上でもなく、落ちゆく空中であった。曳火射撃ではない。怪獣達の高圧砲によって次々と迎撃されているのだ。
砲弾としては敵を叩きのめすという大仕事を成し遂げられず不本意であっただろうが、ストライダー部隊にかかる圧力は助っ人に荷物を支えられたかのように大きく減少した。
「総員、抜剣!」
その隙を突いて、ストライダー達が怪獣へと次々と取り付き始めた。水とセラミック粒子の混合液が詰まった円筒形の柄が腰から引き抜かれ、術式に従って液体は糸のように細く収束してゆく。
裂帛の叫びと共に振り下ろされたスラリー剣が、死に体の怪獣の甲殻に叩きつけられた。水柱と共に高速回転するセラミック粒子は、脚の甲殻をやすりにかけるように削り取り、ちぎり取ってゆく。
追加で一本脚を失ったことで、その巨躯が遂にどうと倒れ込み、激しい水飛沫をあげた。いかに怪獣といえども、もはやこうなれば俎板の鯉。後方から再び打ち上げられた砲弾が頭部へと殺到する。他の怪獣達も迎撃するも、その全てが一点に集中しているとあっては撃ち落とし切ることは叶わず、狙いを定めた頭の上にて炎の華が咲き乱れる。
それが終わった時には、かの怪獣に既に生気はなく、総数は12から11へと漸く減ったのだった。
一体を狩り取った喜びも束の間のこと。それに呼応するように、群れからの攻撃の激しさが増す。さながら怒れる山嵐の様相だ。しかも、いい加減学習したということか、脚を無茶苦茶に振るって多少のフレンドリーファイアには構わなくなっていた。
「隊長!楽になるどころかヤケクソになってるんですが!?」
「今は落ちない事だけを考えろ!砲兵隊!もう一度砲撃を展開しろ!座標は……」
それは次の飽和攻撃指示を出そうとした直後に起こった。
隊長の僚機だった機体が、急に巨大なハンマーで殴られたように真横へ吹き飛んだ。否、彼女だけではない。他にも近くの何機かがその装甲をひしゃげさせて飛ばされるのが見えた。
何が起こった。そう思わず口にする隊長の頭はしかし、実際何が起こったのかを正確に理解していた。
先程まではそこに居なかったはずの怪獣が、目の前に聳えていた。今まで戦っていた怪獣、『アゼロ』に特徴はよく似ていた。だが、大きさはより上だ。加えて頸は3本に増え、脚には凶悪な剣山が増えていた。
この怪獣……『アゼロ・アルファ』がした事は至極シンプルだ。「接近して物凄い勢いで蹴り飛ばした」という、ただのそれだけ。だが、振り抜く速さも接近速度も、アゼロのそれとは一段違う。隊長は目にしていた。アゼロ・アルファの巨体が滑るようにホバー移動してきていたのを。
化け物め。孤立した隊長はそれでも闘志を揺るがす事なくそう毒づきながら突進する。対する相手は、高圧の体液を口から吐き出しながら首を縦横に振るい、空間ごと削るように逃げ場を奪ってゆく。
それを前にして隊長は、只管の回避を選択した。今の自分の手に負える相手ではないことを理解していたからだ。故に、自身がすべきことは友軍へその矛先を向けさせない事と、ヴァルキリーが到着するまでの時間稼ぎだと定めた。
だが、彼女は相手が蟲とてその頭が飾りというわけではないという事実を失念していた。そして、出し抜けに目の前に黒い壁が迫ってきて、漸くそれを思い出せたのだ。
「ああ畜生……そいつは卑怯だろうが……!」
反応は間に合っていた。もしも彼女が駆る機体がヴァルキリーであったのならば、今頃は軽々と回避できていた事だろう。だが、ストライダーでは隊長の脳神経より機体の方が大きく出遅れてしまっていた。
全高50メートルの砲弾。それは掠るだけでも装甲兵器を粉砕する恐るべき凶器だ。そんなものと接触して機体が原型を留めていたのはまさに奇跡……いや、咄嗟に完璧なダメージコントロールを行った隊長の技量の賜物というべきだろう。
しかし、たとえどれだけ綺麗に機体を保全出来ようとも、「動けない」という絶望的事実の前では何の慰めにもならない。真っ逆さまに砂浜へと叩きつけられた機体は追加で一部がひしゃげ、土左衛門を思わせるような無様な格好を晒した。
これまで撃破された機体には関心を向けてこなかったアゼロだが、アルファは逆に苛立ちをぶつけるかの如く、無抵抗となった隊長のストライダーへと黒光りする巨脚を無慈悲に叩きつけた。撃破されたと同時に咄嗟に脱出していなければ、間違いなく殉職者として隊長の名前が数えられていたことだろう。
一方で高所から砂浜に打ち付けられた隊長はというと、驚くべき事に未だ意気軒昂であった。手にはコックピット内に備え付けられていた緊急用武装が握られ、擦り傷意外に目立った怪我をしている様子は見えない。
とはいえ、目の前のアルファ相手にはまさに蟷螂の斧もいいところ。今の隊長にできることは、速やかに後方へと撤退することしかない。前線の瓦解を防ぐ目的から事前に落伍者の救助を禁じていたため、仲間の援護は期待できないのだから。
アルファをみすみす仲間の所へと行かせてしまう悔しさを噛み締めながら砂を撒き散らして疾走する隊長。それでも、無駄死にだけはする訳にはいかぬと心に言い聞かせていた。だが次の瞬間、彼女の頭上からから何かが降ってきた。黒い柱。光沢する巨木が。
しつこい!と際どい所で躱した隊長の口から毒が漏れる。それは、アルファの脚だった。同胞を殺したことへの怒りからか、単に何かが気に食わないのか、ちっぽけな1人の魔人に向かってアルファは執拗に攻撃を繰り返していた。
追撃を受け続けている隊長の方はといえば、意外にも喜び半分といった所だった。もう少しだけ仲間の負担を減らせるという事実は、彼女にとっては被撃墜という不名誉を取り戻すに足るだけのものだったのだから。
それ故に、隊長は全霊を以って躱すことに専念する。降り注ぎ、薙ぎ払われる黒柱を必死に回避し続ける。時には盛大に躓いたように倒れ込んで、時にはパルクールを思わせる軽やかな身のこなしで、迫り来る死の鎌を跳ね除ける。
そんな彼女の奮闘は決して無駄ではなく、通信機からはもう1体撃破の報告が入る。更に11が10になったという知らせだった。
唐突に、アルファが脚を止めて奇怪な唸り声を上げ始める。追撃を諦めたのか。否、ここにいる者達は、それが高圧砲の合図であることをよく知っていた。何せ、猿でも理解できると言えるほど見せられたのだから。
それに対して、隊長も同じく脚を止めた。カムからはその様子を見ていた部下達からの悲鳴が聞こえてきていたが、彼女もまた諦めたわけではなかった。地を這ってもその余波からは逃れられない。ならば、タイミングを合わせて空中で死の網をくぐり抜けるしかないと覚悟を決めていた。
アルファがわずかに首をもたげるその光景は、隊長にとってはひどくゆっくりに見えていた。自信がないわけではないが実際の所、あまり良くない賭けだというのは分かっていたのだ。何度も続くという事はないだろうとも。
それでも、目は死んでいない。さっさと撃てバケモノめ、と目線で挑発する。蛮勇、無謀。そう呼ばれても仕方のないことだが、不利な賭けだとしても生きるためにベットする様を、一体どうして笑えようか。
やがて、アルファの動きが一瞬止まった。忌々しい羽虫を今度こそ叩き潰さんと貯めた力を解き放たんとする。そして………。
【Warning!! Warning!!】
その献身は、報われた。
【The power of the heart's unleashed!!】
『貴女という人はーーー』
戦場には場違いとも思える警告の電子音声。そして、どこか呆れたようにも聞こえる若い男の声。
忘れようにも忘れられない。世は広しと言えども、この2つを取り合わせにしたコースなど、隊長もここにいるストライダー部隊の面々も、1つしか知らないのだから。
『こういう時、いつもボロボロですね。ヤン隊長』
【Gungnir's Execution!!】
瞬間、恐ろしく速いものが通り抜け、過ぎた後には代わりに何か黒くて太いものが宙を舞っていた。
1つ、2つ、3つだ。
それは、つい先程まで6本足の巨体に付いていて、今は根本から無くなったもの。
それは、アゼロ・アルファの三本首だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます