第19話
由香里はすぐには電話に出なかった。
延々と鳴り続くコール音を聞きながら、ようやく由香里の毎日に思いを巡らせた。
独り身の自分には、赤ちゃんのいる生活がどんなものなのか想像がつかない。金曜日の二十時すぎという時間帯が、とても忙しいものなのか、それとも息抜きをしている頃なのか、見当もつかない。
夕食中である可能性に思い至って切ろうとした時、由香里が電話に出た。
「ごめんね、忙しかった?」
諦め悪くかけ続けてしまったことを申し訳なく思って謝る。
『ううん、今ちょうど旦那が娘をお風呂に入れに行ったとこ。こないだは出産祝いを送ってくれてありがとね。サッちゃんがくれたスタイとかタオル、すごい助かってる。バタバタしててお礼言うのめっちゃ遅くなってごめん。お返しも、必ずするから』
由香里はひと息でそう捲したてた。
子供の頃は比較的おとなしい子だったけど、大学生になった頃から由香里は変わった。彼女のお母さんもよく喋る明るい人だから、似てきたのかもしれない。
「全然、そんなの気にしないで。アイリちゃんは元気?」
由香里の娘の名前を出して尋ねた。
『うん、元気元気。でも保育園が決まるか不安でさー。無理だったら最悪母親を召喚しようかなって思ってるんだけど』
訊いた以上のことを返してくるのも、母親にそっくりだ。
「そうなんだ。仕事に復帰するつもりなんだね」
陸のことを切り出せないまま、相槌を打った。
『そりゃそうだよ。子供は可愛いけど、何ていうか、社会から断絶されてるみたいな気持ちになってさ、こんな毎日耐えらんないよ』
言うほど声から悲痛な響きは感じられない。
「そっか。でもユカちゃんの家って、おばちゃんが通うにはちょっと遠いよね」
『もちろん召喚する場合は住みこみだよ。うちの兄ちゃんさ、まだ実家で母親にご飯作ってもらってるわけ。三十過ぎてんのにありえなくない?いい加減自立するべきだし』
同意を求められたけど、それの何が問題なのか分からなくて適当に濁した。
由香里のお兄ちゃんは美容師だ。練習台になってくれと頼みこまれて、一度ヘアカットをしてもらったことがある。小さい頃から知っている人に髪を切られるのは何だか気恥ずかしかったけど、タダなのが申し訳ないくらい、いい感じにしてくれた。
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