第16話

『俺もサチが好きだよ』

 そう耳元で囁いて、陸はわたしの肩を抱き寄せた。

『好きだし、すごく大事だ。大事だから、しばらく会えない』

 その脈絡が分からなくて、訳を尋ねた。

『親父、かなりあくどいことしてたから、いろんな人の恨みを買ってるらしくてね。変なところからの借金も膨らんでるし、倒産宣言したら何が起きるか分からないって言うんだ。それで、俺もしばらく身を隠すことにした。ほとぼりが冷めるまでサチに会わないし、連絡も取らないことにする。サチに迷惑かけたくないし、サチが俺のせいで危ない目に遭ったりなんかしたら俺、生きてられないから』

 その時やっと、陸が志望大学を教えてくれなかった理由が分かった。入試の日や合格発表の日を聞いてもはぐらかした理由が分かった。言っても仕方がないと思われていたわけではなくて、わたしを守るためだったのだ。


 別れを告げられるのよりも悲しいと思った。陸はいつもわたしのことを守ってくれたのに、わたしは陸に何もしてあげられないのだと思った。お父さんが大変なことになっていて、お父さんと縁を切って養子に行くなんて、きっと不安でいっぱいのはずなのに、わたしの前で平然としている陸に、涙が込みあげた。


『泣かないでよ、サッちゃん』

 わたしの涙に気付いた陸は、わたしをサッちゃんと呼んだ。子ども扱いする時、陸はわたしのことをそう呼んだ。それで、ますます悲しくなった。

『いつ行くの?』

 鼻声で尋ねたら、

『今夜』

と、陸は答えた。

『ごめんね、りっくん』

 陸に謝りながら、涙がぽろぽろとこぼれた。

『わたしが頼りないから、ずっと言えなかったんでしょ』

 手の平でわたしの涙を拭きながら、陸は困った顔をしていた。

『違うよ。俺が勝手だっただけだ。サチの悲しい顔を見たくなかったんだ』

 笑って見送ってほしい、と陸は言った。すぐにまた会えるから、と言った。

『絶対、ぜったい……』

 わたしが立てた震える小指を、陸が掴んだ。

『心配しなくても大丈夫だよ、サチ』

 わたしの頬に、彼の唇が軽く触れた。

『絶対にサチのところに戻ってくるから、待ってて』


 その日、わたしは最後まで、陸に笑顔を見せることができなかった。

 そして、陸の約束を胸に、わたしは十二年間、彼を待ち続けた。

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