第13話
『……わ、わたしだって、嫌だ』
やっとの思いで絞り出した声は、我ながら蚊の鳴くような声で、嫌だ、の部分だけが陸の耳に届いたみたいだった。
『そうだよな、嫌だよね、いきなりこんな』
誤解だと言おうと思って顔を上げると、陸は見たこともないくらい傷ついた顔をしていた。
『ごめんね、勝手だよね、俺。サチが俺のこと鬱陶しがってんの、分かってんのに』
陸はわたしと目を合わせないまま背中を向けて、勘違いしたまま遠ざかっていこうとした。
『ち、違う』
緊張で硬直した足がもつれて、つんのめって、陸の背中に抱きつくみたいになった。
『わたしだって、ずっと嫌だった。りっくんが他の女の子と喋ってるのとか、りっくんの前だとうまく喋れなくなる自分とか。勝手なのは、わたしの方だよ』
陸が何も言わないから不安になった。その背中から手を離すと、彼はゆらりと振り向いた。目が合いそうになって俯こうとしたら、頬を挟んで俯けなくされた。
陸の顔を正面から直視するのは、久しぶりのことだった。
『それって……』
陸の喉仏が一回上下して、彼は言葉を続けようとした。
だけど、自分で言いたくて、わたしが先に言った。
『りっくんのことが、好き』
一度言葉にしたら何度も言いたくなった。
『ずっと、ずっと、りっくんのことが好きだった。わたしの方が大好きだったの』
言い終わらないうちに抱きしめられていた。
頭に引っかかっていた陸のセーターが地面に落ちた。慌てて拾おうとしたけど、彼はわたしを強く抱きしめて、放してくれなかった。
『どうしよう。すげー嬉しい』
息を多く含んだ声で陸は言った。
わたしはその時まだ、嬉しいというよりも、夢みたいだと思っていた。
陸は受験生だったから、二人でどこかに遊びにいったりはできなかった。でも、図書館で一緒に勉強したり、帰り道に星を眺めたりする時間が、奇跡のように幸せだった。
上級生の女の子たちから陰口を叩かれることが増えたけど、気にならなかった。
陸はとにかく生徒からも先生からも人気だった。整った顔立ちをしていて、運動神経が良くて、成績も良かった。すらりと背が高くて、いつでも陸は目立っていた。
その陸に小さい頃からかわいがってもらっていたわたしは、やっかみの対象になりがちだった。地味でつまらないくせに、とよく言われた。それがつらくて陸と距離を置いていた時期もあったけど、陸と付き合い始めてからは、釣り合うように努力しようと思えた。
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