第12話

『きつねの嫁入りだな』

 束の間落ちた沈黙に、陸がそう呟いた。

『……きつねの嫁入り?』

 初めて聞く言葉をおうむ返しにすると、陸は、晴れた空から雨が降ることだと教えてくれた。

 その言葉の持つ不思議な響きに惹かれた。

『何できつねの嫁入りっていうの?』

 陸は物知りで、訊けば何でも教えてくれた。だから、わたしはいつものように何気なく尋ねた。当然のように何かしらの答えが返ってくるものだと思っていた。

 でも、陸は答えに詰まった。

『確かに、何でだろうな』

 そんな陸を見てみたくなって、わたしはセーターの隙間から彼のことを盗み見た。

 陸は空を見上げていた。それで、わたしも一緒になって空を見上げた。冷たい雨がぽつぽつと顔に当たるのが、心地よかった。


『空の上で、きつねが結婚式してるのかな』

 きつねの嫁入り、という言葉に、小さな物語を描いた。

『娘の晴れ姿が、嬉しい、嬉しいって、きつねのお母さんが泣いてる涙なのかな』

 そんなわたしの荒唐無稽な作り話を、陸は笑うことなく、そうかもな、と受け入れてくれた。

『サチもそういう、何ていうか、願望みたいなの、あるのか?』

 珍しく歯切れが悪い陸のことを見ていると、思いがけず真剣な眼差しにぶつかって、再びセーターで顔を隠した。

『そんなの被ったら暑いだろ』

 セーターを引っ張られて、抵抗した。

『被せたのそっちじゃん』

 陸はすぐに引っ張るのをやめて、そこで少し間が空いた。


『俺、サチのことが好きだ』

 俯いたままのわたしの耳に、そんな言葉が聞こえた。

『だから、嫌なんだ。サチが電車の中であんな風に無防備に寝てたり、雨に濡れて制服を透けさせてたりすんのは』

 顔を上げることができないまま、急に心臓がバクバクと早鐘を打って、顔が火を噴くように熱くなった。

『そんなサチを他の奴に見せたくない。サチは俺にとって、たった一人の、大事な女の子だから』

 それは、ずっと前から、わたしこそが言いたかった言葉だった。

 わたしの方が陸のことを好きだと思った。だから、口よ動け、口よ動け、と何度も念じた。

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