第11話
陸に対して抱く感情が、憧れから恋心へと変化したのは、いつからだったのだろう。
陸を見ると苦しくなるようになった。
陸はいつの時代も人気者で、女の子に囲まれているのをしょっちゅう見かけた。そんな陸を見ると、胸が締めつけられて、息もできないくらいだった。かといって、陸に話しかけられるのも苦痛だった。どんな顔をして、どんな声を出せば良いのか分からなくて、彼と話し終わった後は決まって落ちこんだ。
陸に告白されたのは、高校に入って最初のテスト期間中だった。
学校帰りの電車の中で、わたしは膝の上に生物の教科書を広げたまま眠ってしまった。
『サチ』
名前を呼ばれて、目を覚ました。
『もうすぐ駅だよ』
ハッと顔を上げると、わたしの目の前に陸が屈みこんできていた。
『明日、生物のテストなの?』
陸はそう尋ねたと思うけど、思いがけず陸に遭遇したことや、だらしなく寝ているところを見られてしまったことに動揺して、わたしは勢いよく立ち上がった。膝の上の教科書や鞄が、音を立てて落ちた。
『大丈夫?』
陸が教科書を拾い集めてくれたのを、礼も言わずに奪い取って、開いたドアを潜り抜けるようにして電車を降りた。一度も振り向けないままホームの階段を駆け降りて、改札を出た。
心の中は自己嫌悪でいっぱいだった。
今度こそ陸に嫌われたと思った。どうしてあんなに感じの悪い態度を取ってしまったのかと、自分を責め続けていた。
家までの十分ほどの距離を、陸を後ろに感じながら歩くのはしんどいなと思いながら駅を出ると、晴れた空から小雨が降っていた。それでも、立ち止まるわけにはいかなくて、早足で歩き続けた。
すると突然、黒っぽい何かがバサッと降ってきた。すでにいっぱいいっぱいだった私は、キャパオーバーを起こして立ちすくんだ。
『風邪ひくぞ』
背後で、少しぶっきらぼうな陸の声がした。
頭に被せられたのは彼のセーターだった。優しい石鹸の匂いがした。
『別に、寒くないし』
彼の優しさを素直に受け取れずに、さらに自己嫌悪を募らせた。
『寒くなくても濡れるだろ』
『濡れるのくらい、どうってことない』
意地を張りながらも、わたしはセーターを被ったままでいた。陸からの視線を遮るのに、都合がよかったのだ。
『濡れたら透けるだろ』
『りっくんだってそうじゃん』
『俺はいいんだよ』
どうして陸は良くてわたしはダメなのか分からなくて、でも追及して面倒くさく思われるのも嫌で、わたしは押し黙った。
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