追憶
第10話
小学三年生の夏の終わりに、お母さんが癌で死んだ。それでわたしは、母方のおばあちゃんの家に引き取られた。お父さんはお母さんを喪って心を病んでしまったのだと、おばあちゃんは言った。今どこで何をしているのか、生きているのかどうかすら知らない。
おばあちゃんは優しかった。でも、わたしは心の真ん中にぽっかりと大きな穴が空いてしまったみたいに、寂しさから抜け出すことができずにいた。
その寂しさに寄り添って、癒してくれたのが陸だった。
彼との出会いはよく覚えていない。陸はおばあちゃんの家の斜め向かいに住んでいて、わたしよりも二学年上だったけど、いつも一緒にいてくれた。
陸は、母親を亡くしたショックでわたしの目が色を認識できなくなったことに、唯一気付いてくれた。おばあちゃんを心配させたくなくて、誰にも言わないように頼んだら、その秘密を守ってくれた。色のない世界は、不便という以上に、心細かった。だから、陸がわたしの世界を知ってくれていることに、救われた。
ある日、陸がわたしに一枚の絵をくれた。
それは色鉛筆で描かれていて、わたしはそれがどんな色なのか知りたいと強く願った。そう思わせるのが狙いだったのだと後になって聞いた。陸はわたしのために、得意でもないのに絵を描いてくれたのだった。
その後すぐ、わたしの目は色を取り戻した。
近所の小高い丘の公園で、陸と夕日を眺めている時だった。空が真っ赤に燃えて、葉の落ちた木々のシルエットを、黒く浮かび上がらせていた。その夕焼けの色を今でも覚えている。それは、息をのむほど美しい光景だった。
陸は、わたしのために泣いてくれた。夕焼けのチャイムが鳴って、日が暮れて、一番星が現れても、まだ泣いていた。
そして陸はわたしに、医者になると宣言した。わたしのように苦しんでいる人を、救いたいと言った。
陸のまっすぐな心に憧れた。彼はずっと、わたしの憧れだった。
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