第5話
「本当に散らかってんな」
玄関に乱雑に置かれた資源ごみの山を見て、陸が笑う。
「だから言ったじゃん」
必要最低限の家事しかしなくなって久しい。自分のためだけに快適な空間を作り出すモチベーションが湧かない。接客業だから、清潔感を保つために埃や臭いには気を付けているけど、それ以外のことは放置だ。台所の調理台はペットボトルで埋め尽くされ、部屋の真ん中にある座卓には書類やら何やらがうず高く積み上げられている。
呆れて家に上がるのをやめるかと思いきや、陸は靴を脱いでズカズカと中に入っていった。観念してその後を追って電気をつける。ワンルームの部屋がパッと明るくなって、惨状がさらに詳らかになる。
陸は、部屋の中を見渡して、また声をあげて笑った。
「呆れたでしょ」
室内に干してあったタオルを取って、陸に手渡す。
「いや。男の気配がなくて安心した」
「男なんて」
いるわけないでしょ、と言いかけて口ごもった。陸をずっと待っていたのだと言うのは、重いと思われそうで怖かった。
「シャワー借りるぞ」
そう言って陸が洗面所へ向かう。
「え、いや……」
風呂場もあまり綺麗じゃないから見られたくない。そう思って引き留めようとした。
「一緒に浴びるか?」
さらりと訊かれた。冗談なのか分からなくて返しに困る。
「これじゃ二人入るのはキツいか」
陸が風呂場を覗きこんで呟いている。
本気だったのかと戸惑いながらも、とりあえず彼が脱ぎ落としたジャケットを拾いあげた。水を吸ってずっしりと重い。干す場所を探していると、
「すぐ出るからサチも脱いどけよ」
と、洗面所の方から声をかけられた。見ると陸は服をすっかり脱いでしまっていて、裸を隠そうともしない。
突然のことに硬直したわたしをよそに、陸はさっさと風呂場に入っていった。すぐにシャワーの音が聞こえてくる。
陸が視界から消えたことで緊張の糸が緩んで、ベッドの上に座りこんだ。自分が濡れていることを思い出して、慌てて立ち上がる。
陸はいったいどういうつもりなのだろう。
十二年前、確かにわたしたちは付き合っていた。でも、お互いまだ高校生だったし、本当に健全な関係だった。キスをしたことすら数えるほどしかなくて、もちろん陸の裸を見たことなど一度もなかった。
だけど、裸くらいで取り乱しているわたしの方がおかしいのかもしれない。もうお互いいい大人だ。わたしと離れている間、陸は女の人の家でシャワーを浴びたりしたことがあるのかもしれない。待ち続けていたのはわたしだけで、陸は他の誰かと恋愛したりしていたのかもしれない。
それでもいい。
洗面所に脱ぎ散らかされた陸の服を見て、そう思った。わたしが誰とも付き合わなかったのは、陸のせいではない。陸の他に好きになれる人がいなかったからだ。
陸が生きていて、こうして会いにきてくれただけで十分だ。
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