第31話

開けてある障子から冷たい空気が入ってくる。

夏耶はただ唇を両手で押さえた。


見間違えるはずが無い、細身で藍の小袖に袴を履き、すらりとした身体。


色白の顔を強ばらせ下を向いていた。





佐吉は耳に届いた声が信じられなかった。




ー違う、そんなはずがない…



見てはいけないと、視線を上げてはならぬと。





お互いの姿を二人は見た。






***




気がついたら佐吉は多喜屋敷に薬も買わずに帰っていた。


何かあったのかと、正澄に心配されたがただ朝早くから書に目を通し、武芸の稽古をしている。



夕方、佐吉は自室の中で寝転び天井を見上げる。



ー好きと言う言葉は何だったのだろう…俺が好きだと思ったこともよく分からない…何故、夏耶は…



近くに感じていた夏耶の存在がとても遠くに思える。


佐吉自身もよく分からない、彼女が好きだったのかそれとも女子に興味があっただけなのかー


ただ胸の奥が酷く痛い。


自分以外の男にその身を任せて喘いでいた、夏耶を許せない気持ちがあるのは確かだった。



雪が散りはじめた頃、川沿いに佇んでいる佐吉に声が掛かってきた。




「佐吉さま…」




「…」



「あたしは…妹の病を治したかっただけなの……旦那さまはそのためのお金を出してくれるから…あたし…」




「夏耶…もういい」



「本当に…あたしは佐吉さまが好きだったの…旦那さまに抱かれていても…佐吉さまにあたしは会っちゃいけないと何度も…思っても」

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