叶多の妹弟

第18話

家に帰ると、玄関に私のものではない女物の靴が置かれていた。その横に子供の靴が並んでいて、私は来客が誰なのかを理解した。

 急いで引き返そうとしたけど、「おかえり」という女の声に捕まった。リビングの方から小さな男の子が現れて、何度も後ろを振り返りながらこちらに歩いてくる。

「こんにちは、レンヤくん」

 観念して、腹違いの弟に挨拶した。

 蓮哉レンヤはモジモジして何も言わず、遅れてやってきた母親の後ろに隠れてしまった。

「大きくなったね、レンヤくん」

 恵梨香にそう声をかけた。

 昨日、叶多にも幸多のことで同じ言葉をかけたけど、そこに抱く感情は全く違う。幸多の成長は純粋に微笑ましく思えたけど、蓮哉の成長にはゾッとするものを感じてしまう。この子に罪はないと、頭では分かっているけれど。

「ホント。もうすぐ四歳だよ」

 恵梨香は母親の顔をして応じた。

「どっか行ってようか?わたし邪魔でしょ?」

 ドアを指差して尋ねる。むしろ行かせてほしいと願った。

「ううん、もう帰るところだから。ユメちゃんを待ってたの。こっち戻ってきたんだね」

「ああ、うん。大学近いから」

「今日入学式だったんでしょ?おめでとう」

 全く心の込もっていない声だ。

「ありがとう。エリカちゃんはお父さんに何か用事だったの?」

 用が済んだのならさっさと帰ってほしかった。私たちの間に交わすべき言葉など、何一つない。

「まあそんなところ。ところで、ユメちゃんってここにタダで住んでるの?」

 私の問いを受け流して、恵梨香が逆に尋ねてくる。意図が見えなくて戸惑った。

「タダで、って?」

「だって、居候してるわけでしょ?家賃を入れるべきじゃない?」

 本気で言っているのだろうか。

「ここ、わたしの家だし……」

「でもマサミさんについていったわけじゃない?マサミさんが死んだからって、のこのこ戻ってきて住まわせてもらって当然って顔するのは違くない?」

 自分の主張が正しいと信じこんでいる様子だ。そもそも、恵梨香に口を出される筋合いはない。

「何その顔。ヒロアキさんの代わりに言ってあげてるんだからね」

「お父さんがそう言ってるの?」

「あの人は何も考えてないよ。ほら、お金のこととか無頓着でしょ。でもそれじゃああたしは困るの。レンヤにこれからお金がかかるんだから」

 養育費のことを心配しているのかと納得した。

「じゃああたしは帰るけど、ただでさえヒロアキさんの稼ぎは少ないんだから、余計な買い物とかしないようにユメちゃんもしっかり見張ってよ。ここに住むんだったら、ちゃんと家賃入れなさいね。ヒロアキさんに何か買わせたりなんかしたら承知しないから。レンヤ、帰るよ」

 言いたいことだけ言って、恵梨香は蓮哉を連れて帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る