第16話

「ゆーちんさぁ、昔は仲良かったかもしんねーけど、長谷川のことはもう忘れなって」

 耳元でそう囁いてくる。

「あいつはもう俺らとは違げーんだよ。会ったのに何も教えてくんなかったんだろ?それって、向こうも仲良くする気はねーってことだろ」

 痛いところを突かれてムカッとした。

 私の身体がこわばったのが分かったのか、吉木は私の顔を覗きこんできた。

「そんなことよりさ、せっかく大学一緒だし、いっぱい楽しいことしようぜ。な。月曜はゆーちんのとこもガイダンスだろ?何時の電車乗ってく?あ、連絡先教えて。つーか、俺たち付き合っちゃう?」

 一転して軽率な口調になっている。

 怒りを通り越して心配になった。

「誰にでもそういうこと言うの、やめときなよ」

 吉木のことは苦手だけど、昔からの知り合いとしての情はある。

「そういうのは、本当に好きな子だけにしとかないとさ、いつか後悔するよ」

 自分の父親と重なった。あの人もある意味、誰にでもいい顔をした結果、家庭を壊した。

 吉木は、乾いた笑い声を漏らして、私の肩から腕をどけた。

「優しいのは変わらないね、ゆーちん」

 この男がそれを優しさだと受け取ったのは、少し意外だった。

「ゆーちんはどーなの?ホントに好きな奴に好きって言える?」

 気まずくて軽口を叩いているのかと思って吉木を見ると、思いのほか真剣な顔をしていた。

「ゆーちんは、長谷川のこと好きだった?」

 電車のアナウンスが降りる駅に到着することを告げている。

 答えないままやり過ごそうかと思ったけど、吉木のまっすぐな視線がうやむやにすることを許してくれなくて、「忘れた」と小さく答えた。

「否定しないんだ」

 吉木がニヤニヤしてくる。

「肯定もしてないよ」

 私の方が気まずくなって、俯いて言い返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る