入学式

第9話

見知った顔にぶつかったのは、学生証を受け取って帰ろうとした時だった。

 その男は、相変わらず男女混合の集団の中にいて、昔と違うところといえば、着崩しているのが制服からスーツに変わったことと、鬱陶しい髪の色が黒から金色に変わったことくらいだった。

「ゆーちん?」

 かつてこの男だけが使っていた私のあだ名だ。

「やべー、ゆーちんだろ?何?ゆーちんもここなの?てゆーか、いつ戻ってきたんよ?」

 私の顔をまじまじと見て、確証を得たように馴れ馴れしく話しかけてくる。

「うん、心理学部。つい最近戻ってきて」

 一方の私は、この男の名前をすぐには思い出せずにいる。チャラ木と影で呼んでいたから、木が付く名前だったと思うけど。

「ジュンペーの知り合い?」

 派手なメイクをした女が、チャラ木と同じ色の髪を指で弄りながら尋ねる。

「そー、小中の同級生でさー。中二ん時に転校してって、こんなとこで会うとは思わねーからびっくりしたわ」

 へぇ、と興味なさそうな相槌が周りで起きる。

「じゃあ急ぐから」

 立ち去る口実でそう言ったら、チャラ木が肩を組んできた。この遠慮のなさが昔から苦手だった。

「ゆーちん、心理学部なんだ。すげーね」

 何がだ、と心の中でツッコむ。適当なのも相変わらずだ。この男は言動の全てが軽い。

「俺、社会学部。んで、こいつとこいつも社会で、あの子が経済で、こっちが政治で、ん?お前どこだっけ?」

 訊いてもないのに紹介してきた。名前も知らない人たちの学部を聞かされたって困る。

 どうやらこの集団は、チャラ木の高校時代の同級生と、その辺で適当に声をかけたメンツで構成されているのらしい。幸いというべきか、私と同じ心理学部の人はいないようだ。

 よく分からないノリが始まって、さっさとこの場を離れたいのに、チャラ木に肩を組まれたままで身動きが取れない。恐ろしいことに、チャラ木をジュンペーと呼んでいる女にさっきから睨まれているような気がする。

「わ、わたし、本当に急ぐから」

 チャラ木の腕を強引にどけようとしたら、さらに強く組み寄せられた。

「まだいーだろ。昼、その辺で食ってこーぜ」

「友達と行けばいいじゃん」

「何だよ、つれねーな。俺、ゆーちんのこと割と好きだったんだぜ?」

 聞き流した。まともに取り合うだけ無駄だ。

「そーいやゆーちん知ってる?長谷川が高校中退したの」

「え?カナタくんが?」

 驚いてチャラ木の方を見ると、至近距離でニヤリと笑いかけられた。

「詳しく聞きてー?一緒に来たら教えてあげっけどな?」

 そんな言葉で釣られては、ついていかないわけにはいかなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る