第3話

しばらくそのコブを撫でていたけど、何の反応も返ってこないので、やっぱり失礼だったかと手を離した。

 ゆっくりと顔を上げた彼は、驚いたことに目に涙を溜めていた。

「だ、大丈夫?病院行く?」

「ううん、違う。気にしないで」

 再び手を伸ばした私を制するように硬い声を出して、彼は手の甲で乱暴に涙を拭った。

「こっち戻ってきたんだね、ユメちゃん」

 何もなかったことにするみたいだ。

「あ、うん。二週間くらい前に。大学がこっちなんだ」

「そっか。じゃあ今はお父さんと暮らしてるの?」

「うん。一人暮らしするのは家賃がもったいないし」

「ああ、生活費も馬鹿にならないよね」

 深く納得したように呟いている。

「カナタくん、わたしーー」

「兄ちゃん!」

 メールを返さなかったことを詫びようとしたら、子供の声とパタパタと駆けてくる足音に遮られた。

「動物の図鑑ないよ」

 小学校に上がるか上がらないかくらいの男の子が現れて、叶多に向かってそう訴えた。

「もしかして、コウタくん?」

 あの頃、彼の家には幸多と名付けられた赤ちゃんがいた。四年前のことだ。

 そのいがぐり頭の男の子は、大きな目で私を見上げた。

「だぁれ?」

 キョトンとした顔をして、首を傾げている。

「わたしはーー」

「俺の昔の友達だよ」

 私の声に被せるように、叶多が短く答えた。

「図鑑、あっちの本棚にもなかった?」

 追い払うみたいに後方の本棚を指差す。

 男の子は、叶多が指差した方へ軽い足音とともに駆けていってしまった。

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