第2話
「取ろうか?」
そんな男の声がしたのは、本が指を滑り抜けたのと、ほとんど同時だった。
落ちてくる、と思って咄嗟に身構えた。
でも、鈍い音と低い呻き声に続いて足の裏に振動を感じただけで、覚悟した痛みは降ってこなかった。
慌てて振り向くと、男が頭のてっぺんを押さえながら本を拾おうとしているところだった。
「すっ、すみません。大丈夫ですか?」
今いるのが図書館だということを思い出して、すんでのところで声をひそめた。
その男が顔を上げた時、私は再び声をあげそうになった。薄く愛想笑いを浮かべて、こちらに本を差し出してくる。昔は同じくらいの背丈だったのに、今は見上げるほど背が高い。
「ありがとう、ございます……」
本を受け取って、私のことが分かっていない様子の相手に名乗ろうか迷っていると、彼は不意に人懐っこい笑顔を浮かべた。
「相変わらず、アガサ・クリスティが好きなんだね」
本を目で指して私に言った。
「なんだ、わたしのこと分かってないのかと思った」
「あはは。さっきからずっと気づいてたよ」
「そうなの?だったら声かけてくれたらいいのに」
思わず責めるような口調になってしまって、「ていうか、」と話を切り替える。
「今思いっきりぶつけたよね。大丈夫?」
頭を押さえたままの彼にそう尋ねた。
「うん。たんこぶできてるかも」
「え、ちょっと見せて」
私が手を伸ばしたら、「大丈夫だよ」と言いながらも、素直に身を屈めてぶつけた場所を示してきた。
その柔らかい黒髪をかき分けて確認する。見たところ出血は無さそうだ。指を這わせてコブを探しながら、いくら昔仲が良かったとはいえ無遠慮すぎたかなと思ったけど、今さら手を引っこめるわけにもいかない。
「あ、ホントだ、たんこぶできてる。ごめんね、痛かったよね」
つむじの近くに不自然な膨らみを見つけて謝った。この本をどうしても読みたかったわけではなかったのに。
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