第12話

「あの、先生……」

 注射器をタッピングして中の気泡を入念に抜いていると、女が沈黙に耐えかねたように声を発した。勇気を出して好意を伝えたのに、俺がスルーしたものだから、返事をくれと言いたいのだろう。

「俺はロリコンじゃないんでな」

 必要以上に冷たい声が出た。

「あんたみたいなガキには惹かれない。キスしたのは、子供の腕が腫れただけで必死こいてるあんたが面白くて、揶揄いたくなっただけだ」

 女の腕を捲りあげて、俺は精一杯の強がりを口にする。

「あんた、男を知らないから俺みたいなのに引っかかったんだよ。大学行っていろんな男に会えば、俺のことなんかすぐに忘れる」

 透明の円筒ケースからアルコール綿を取り出して、さらに続けた。

「俺にかかったせいで、あんたもだいぶ男に免疫がついただろ。普通、男に急にキスされたり、男の家でエロ動画を見せられたりしないしな。だから、次はちゃんとした奴とちゃんとした恋愛をすりゃあいい」

 そんな押し付けがましい言葉を並べたてながら、女の腕を念入りに消毒した。


「先生」

 注射器を手に取った俺を、女が呼んだ。

「思いっきり、痛くしてください」

 まるでドMみたいなことを言う。

 この女じゃなかったら乗っかってやるところだけど。

「悪いな」

 女の腕に注射針を刺して、ワクチンを注入した。

「痛くする方法、知らねーんだ」

 受験生に変な打ち方して、ワクチンの効き目がなくなっても困るしな。

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