第11話

「あんた、来年から大学に行くつもりなのか」

 俺がそう尋ねたら、はぐらかされたと思ったようで、女は微かに傷ついた顔をした。それでも、俺の問いに肯定した。

「院長と何かあったか」

 続けて訊いたら、女は迷うように目を泳がせた。

「ああ、言いにくかったら無理にはーー」

「父が三年前にあの病院で死んだんです」

 俺の声に被せて、女は覚悟を決めたように話し始めた。

「簡単な手術のはずでした。多分、医療ミスがあったんです。母は病院を訴えようとしてたけど、私は、院長先生から報酬を弾むからうちで働かないかって言われて、その申し出をのみました。だって、妹はまだ中学生で、生きていくためにお金が必要だったから」

 その話を聞いて納得した。

 三年前に院長の息子が医療事故を起こして、それを院長がもみ消した、という話を聞いたことがあった。今朝、院長が車の中で俺に変な交渉を持ちかけてきたのは、勤務医の俺がこの女と結婚すれば、病院を訴えられるリスクが減ると踏んでのことだったのだろう。

 本当に、反吐が出る話だ。


「悪かったな」

「え?あ、え、もしかして手術したのって先生ーー」

「そうじゃなくて」

 たくさん傷ついて、それでも生きていこうとしているこの子に、俺は軽はずみな言葉をかけた。

「若いのに大変だな、なんて、何も知らない奴に言われたくなかったろ」

「いえ、そんな……」

「大学行くってことは、院長の家で働くのはもう辞めるのか」

「あ、はい。もう十分お金は貯まりましたし、愛香さんも小学生になるので」

「そうか」

 バイアルから注射器に、ワクチンを充填していく。

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