第19話

後藤智也ーーゴトウトモヤ

 廊下に一人取り残された咲来は、不意に彼のことを思い出した。


 MCの使用記録表に記された名前。

 一度だけ、咲来は秤量室で後藤に会ったことがあった。


 その日咲来は、飲み会の帰りに研究室に寄った。

 酔うと人に絡みたくなる咲来は、秤量室で後藤に声をかけた。

『これ、何の匂いでしたっけ』

 そんな風に。

 彼から懐かしいような匂いがしたのだ。秤量室に行くと、彼の残り香なのか、時々その匂いがした。


『金木犀だよ』

 後藤は、オレンジ色の小さな花の名前を口にした。

 秋になると、咲来の家の前で、甘い匂いを放つ花の名前を。

『本当は、飼育室に入る人間は、香水とか付けない方がいいんだろうけどね』

 彼はそう言って、苦笑いしたのだった。

 

 その追憶の後で、咲来は気づいた。

 台風の日に投与を手伝おうかと言ってくれた男が、後藤であることに。

 彼の纏う、甘い金木犀の香りとともに。

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