第15話
眞野の車の助手席で、咲来はひと言も喋らなかった。フロントガラスに打ち付ける大粒の雨と、せわしなく動くワイパーを、ぼんやりと眺めていた。
家の前でシートベルトを外した咲来を、眞野は肩を掴んで引き留めた。
「そのスカートは、ラボにはあまり履いてこない方がいい」
眞野を意識するようになってから咲来がよく履くようになったスカートを、目で指して言った。
「そんなに足を出したら、男は欲情する」
そして、咲来の方に身を乗り出して、その首筋に口づけた。
ピリッと痛みが走って、小さく肩を跳ねさせた咲来を、眞野は満足そうに見た。
「お母さんに何か言われたら俺を思い出せ。つらいなら、お母さんとは距離を置けばいい」
そんな眞野の言葉に、首振り人形になってしまったみたいに、咲来は何度も首を縦に振った。
車を降りて、咲来は横殴りの雨の中を傘も差さずに、家までの数歩の距離をゆっくりと歩いた。
玄関に出てきた母親が、悲鳴のような声で心配するのを、全部スルーして、ずぶ濡れのまま自分の部屋に向かった。
部屋に入ってドアを閉めた咲来は、その場に崩れ落ちた。
ひどく現実味のない心地の中で、ずっと欲しかったものがついに手に入ったのだと、咲来はそう自分に言い聞かせ続けていた。
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