第14話

「それにしてもすごい効いてるな。主要なパラメーターを解析したら、すぐに論文作成に取りかかれ。他のテーマは止めていいから。まあ今日のところは帰ってーー」

「先生」

 咲来の後ろからパソコンの画面を覗きこんで興奮したように捲したてる眞野を、咲来は振り向いて遮った。

 鼻と鼻が触れそうになって、眞野が少し身を引いた。

「もうちょっと、ここにいてください」

 涙がポタポタと咲来の胸元に落ちて、白いシャツに透明な染みを作っていく。

「見たでしょ、私のママ。気圧の変化のせいなのか、今朝はいつもよりももっとひどくて。私、あんなところに、帰りたくない」

 家を出る時、咲来は母親に『一人にしないで』とすがりつかれた。咲来の腕には、母親に掴まれた跡が、アザになって残っている。


「俺でいいのか」

 咲来は頷いた。何度も頷いた。

「先生にいてほしい。先生が好き。先生が欲しい」


 眞野を帰したくなかった。帰りを待っているだろう、眞野の娘の元に。

 咲来の父親は、咲来の元に帰ってこなかった。

 だから今度は自分が、奪う番だと思った。


「そうか」

 眞野は肩に提げていたビジネスバッグをゆっくりと床に下ろした。

 そして、咲来の顔を両手で引き寄せて、押しつけるようにキスをした。

 数秒ほど唇を重ねたのち、思いがけない事態に固まる咲来を、強く抱きしめた。


「すまない」

 咲来の耳元で、眞野は囁くように謝った。

「今日はこれで許してくれ。娘が一人で待ってるんだ」

 眞野の腕の中で、咲来は弾かれたように何度も頷いた。

 咲来の胸の中で、心臓が早鐘を打ち始めていた。

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