第11話

大型の台風が近づいていて、早く帰らなきゃと思いながらも、咲来はデータ解析をやめられなかった。

 胸がドキドキしていた。膨大なデータ量だから、グラフにしてみるまでは確かなことが分からないけど、咲来の直感が正しければ、その被験物質は強力な薬効を示していた。

 はやる気持ちを抑えながら、エクセル上でデータを整列させて、計算式を打ちこんで、値を算出した。各群の平均値とばらつきを求めて、棒グラフを作成した。

 果たして、咲来の直感の通りに、実験動物を使って何ヶ月も評価してきたその被験物質は、慢性腎臓病に対して素晴らしい薬効を発揮していた。


「中田さん」

 咲来は先輩のところにその結果を見せにいった。

 咲来が所属しているラボでは、学部生は先輩の下に付いて研究の指導を受けることになっている。中田は、咲来が付いている先輩だった。


「確かに効いてるけど」

 中田は興味なさそうに言った。

「マウスのモデルで効いただけで、ヒトに効くとは限らないよね」

 咲来が見せたデータを、中田はろくに見もしなかった。

「大政さんは、慢性腎臓病の動物モデルで薬効が報告されている化合物のうち、どれくらいが薬になるか知ってる?」

 冷たい声で、中田は咲来に向かってそう尋ねた。

「いえ……、知らないです。どれくらいですか?」

 咲来が萎縮しながら返すと、中田は小さくため息をついた。

「いや、俺も知らないけど」

 近くで聞いていた中田の同期の安村が、「知らないんかい」とツッコミを入れた。

「まあでも、気持ちはわかるよ?大政さんもさ、空気読みな?中田が行き詰まってんの知ってるっしょ?」

 台風やばいからもう帰ろうぜ、と彼は中田の肩を叩いた。

 パソコンを持って立ち尽くす咲来を置いて、二人は本当に帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る