第8話
咲来が雑用を片付けて研究室の自分の席に戻ると、デスクの上にA4サイズの用紙が置かれていた。
それはMC溶液の調製記録だった。金曜日に朦朧とする意識でプリントアウトだけして、どこかに落としていたのらしい。
用紙の左上に、緑色のポストイットが貼られていて、『遅くまでお疲れさま』と書かれていた。
周りを見回したけど、他の研究生はそれぞれに実験やデスクワークに没頭していて、誰がこの紙を持ってきたのか教えてくれそうな人はいなかった。
咲来は再びそのポストイットに目を落とした。
咲来が遅くまで実験していたのを知っている人。名前を書いていないのに、この調製記録を見て咲来のものだと分かった人。
心当たりは、一人しかいなかった。
咲来は、眞野のところに行こうとして、思いとどまった。
今日は一日、あのシュークリームで自分のことを思い出してもらえるはずだ。だから、お礼を伝えるのは明日以降にしよう。
そう考えた。
そのポストイットを見て、咲来は思い出したことがあった。
東西ファーマの最終面接の前日だった。実験しながらその企業に提出したエントリーシートを見返していた咲来は、それをどこかに落としてきてしまった。
落としたことに気づかないまま研究室に戻ると、デスクの上にエントリーシートが置かれていた。そこに、『がんばれ!!』と書かれたポストイットが貼られていた。
その時は、エントリーシートを見られたことが恥ずかしくて、ポストイットをすぐに捨ててしまったけど、おぼろげな記憶の中の字は、この調製記録に貼られている字と、筆跡が似ていたように咲来は思った。
咲来の胸の中で、ドクドクと心臓が音を立てて動いていた。
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